第5話

 昨夜から泣きっぱなしだな、と紗夜は思った。しかし、先ほどまであった心の黒いモヤのようなものは、いつの間にか消え去っていた。悩んでばかりいるのは性に合わない。いつだってまっすぐ生きてきたのだから。紗夜はなんだかとても晴れやかな気分で、祐基に微笑みを向けた。


 「ほんっとにお人好しというか、なんと言うべきか……。馬鹿だよねぇ!」


 「おい、はっきり言うとるやないか!」


 ケタケタといつものように笑う紗夜に、祐基はひどく安心した。やっぱり、彼女はこうでなくてはと思う。暗い顔なんか紗夜には、似合わないのだから。


 「まて、今何時だ……?」


 祐基は唐突にそう叫ぶ。時刻7:30を迎える間際だった。「やっべ!」と声を荒げながら、祐基はバタバタと準備をする。彼が慌てて着替えを始めたので、紗夜はそっと寝室からリビングへと移動した。そして、準備が終わり玄関にダッシュする祐基。そんな彼に向って紗夜は「いってら~」と声をかけた。「いってくる!」と祐基も反射で返し、どたどたと出ていった。


 「なんか、今の新婚っぽかったような?」


 そんなことをふと思い、紗夜は恥ずかしくなる。まさか、死んでから夢にも見たことが叶うなんて思ってもいなかった。一方、祐基の方も似たようなことを考え、頭を抱えていたなんて知る由もない。


 祐基が仕事に向かった後、暇になった紗夜は適当に街中をふらついたり、幽霊が見えている動物(主に猫)にちょっかいをかけて遊んだ。

 希美の様子を見に行こうとも思っていたが、幽霊でも移動に時間がかかることから断念していた。あとは、子供は視える子が多いという話を思い出し、もし、自分の姿が視えてしまったら……。と思い、会えずにいた。

 そんなこんなしている間に、時間が経つ。そろそろ帰ってくるかな? と思い、紗夜は祐基の家に戻る。壁をすり抜けて入ると、そこには上半身裸の祐基が突っ立っていた。


 「……」


 「な、何見てんだよ!? スケベ!」


 なんだこのよくわからんラッキースケベは……、と紗夜は思い、鼻で笑った。「相変わらず貧相な体だな、ハハハ」と言いながらリビングに移動する。内心どぎまぎしていた。下半身が出ていなくてよかった。紗夜は心の中で発狂していた。それくらい長い片思いをこじらせているのだ。

 リビングでぐだっていると、着替え終わった祐基が入ってくる。その顔はどこかムッとしていた。何を拗ねているのだろうかと、紗夜は頭を捻る。理由は一向に分からない。


 「何怒ってんのさ?」


 「べっつにぃ!」


 なんだなんだ? と思うも、祐基はブツブツ何か言っているだけだ。よく聞くと「貧相で悪かったな……」と呟いていた。女々しいな、おい……。と紗夜は呆れる。だが、己にそう言われて拗ねているのが、なんだかとても可愛らしく感じた。


 「本当にあんた可愛いよなぁ……」


 「誰が可愛いじゃ、ボケェ!」


 ぷんぷん怒っていても、ますます可愛さを引き立てるだけだというのに。

 そんな祐基の様子が笑いのツボに入ってしまった紗夜は、ひたすらに笑い転げる。それに対し、祐基がますますキレるという悪循環が生まれた。


 ひとしきり笑い、また一方はキレ散らかし、落ち着いた。「飯食わなきゃ」と祐基が言い出し、買ってきていたコンビニ弁当を温め始める。そんな祐基に紗夜は「あんた……、まだ自炊できないの?」と言う。図星を突かれ、彼は情けない表情を浮かべた。紗夜は、生きていたら作ってあげられたのにと、残念に思う。

 ちなみに、祐基の自炊力は破滅的だ。炊飯器すら扱えないのだから困ったものだ。ギリギリ洗濯機などは扱える。何故洗濯機は使えるのに、炊飯器が無理なのかは、今だに判明していない。


 電子レンジの出来上がりの音が響き、祐基は弁当を取り出した。死んでしまってから、食べなくてよくなった紗夜だが、見ると食べたくなるのだから不思議なものだ。

 そんな紗夜の様子に気付いたのか、祐基は、憎たらしいほど笑顔で見せつけるように弁当を食べた。この時の紗夜の心境は、殴れるなら殴りたい、だった。

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