第1話
祐基が紗夜と会ったり、連絡を取らなくなって三年ほどの月日が経っていた。
「……そういえば、三年前の今日だったな」
ポツリと零した言葉に、祐基は心にずっしりと重たい鉛がのしかかったような気持ちの悪さが満ちた。
こんな事になるのだったら、酒なんか吞むべきでは無かった。今まで何度考えただろう、今更どうしようもない後悔に苛まれる。祐基は、紗夜の事が嫌いでは無かった。だが、女性としてとか、恋人としてと言われると否としか答えられない。そんなちんけな関係では無かったと言いたいのだ。性別を超えた友情だと信じて疑っていなかったのだ。
しかし、どうだ? 一線を越えてしまうほど愚かな自分の男としての性が憎らしかった。受け入れてしまった彼女の事すら軽蔑してしまうくらいに……。
だが、あれから年月が経つほどに、祐基は紗夜が恋しくなったのだ。彼女と過ごした時間は、他のどんな楽しい時間にも匹敵するほどの物だった。紗夜といるだけで満たされた。もう取り戻せないものだからだろうか? あの時間を取り戻したくて仕方がなかった。
スマホを開いては、今だに消せていない彼女の連絡先を見つめる。本当にどうしようもなくて、馬鹿な男だと、自分で己を嘲笑う。いっその事彼女の方から連絡をくれないかな、など、他力本願な考えも過る。
「もう寝るか……」と呟き、祐基は寝室へと足を運んだ。朝から整えていないぐしゃぐしゃのシーツにボスっと体を沈ませる。心地の良い柔らかさに深いため息が漏れた。何回か布団に顔を押し付けた後、ぐるんっと体の向きを変え、いつもの天井が見える……、はずが、そこにあったのは三年前よりも少し大人びた顔をした紗夜の笑顔だった。
「う、うわぁあ!? さ、紗夜……?」
「やぁ、祐基! うらめしや! なんてね!」
元々心霊物が嫌いだった祐基は、情けない叫び声を上げていた。そんな彼の姿に、紗夜は悪戯が成功した幼子のようにケタケタと笑う。
そんな彼女に若干苛立ちを感じつつ、祐基は、何故彼女がここに居るのかと疑問に思った。鍵は閉めていた。しかも、住んでいるところは詳しく教えた覚えもない。本当に何故……?
そんな考えすらも、お見通しだとでもいう様に、紗夜は祐基に向かってにっこりとした笑みを浮かべたまま告げる。
「私、死んじゃったんだよねぇ! つ・ま・りぃ! 私、幽霊!」
「……はぁ?!」
あっけらかんと死んだことを告げる紗夜。そんな彼女に祐基は、頭を抱えた。あんなに会いたいと思っていた相手ではあるが、こんな形で会いたくなど無かった。
「祐基。会いたかったよ」
彼女のそんな言葉に、祐基は、ハッとする。紗夜の表情は少し寂しさを含んでいた。そんな彼女に心がざわつく。そして、思い出す。彼女のくれていた最後の連絡、「昨日の事は忘れて、またいつも通り過ごそう?」という言葉。それは彼女にとって最善の策だった。祐基にとっても逃げ道を作ってくれていたのに……。
何とも言えない罪悪感に祐基の表情は暗くなる。そんな祐基に気付いた紗夜は「もう、そんな顔すんなよ! 終わったことじゃん?」と笑い飛ばした。
「でも……、俺、あの日の事すっげぇ後悔して……」
「別にさ、気にすることでもないんやないのぉ?」
「いや、気にすんだろ、普通」
「祐基はお堅いなぁ~」なんて言いながら紗夜は、ふわふわと部屋の中を回った。生きた人間と違い、少し宙に浮いている彼女の動き回る姿は、どことなく妖精を思い浮かばせた。やっぱり、幽霊は足がないんだな、なんて、場違いなことを考える。一通り部屋の中を見て回ったのか、ふわふわ浮かびながら戻ってきた紗夜。
「ねぇ、エロ本とか置いてないんかい!」
突然の発言に、思わずずっこけそうになるも、『あぁ、紗夜ってこんな奴だったわ……』とフッと笑みが零れる。
「馬鹿め、今時エロ本なんか家に置かねぇよ! ネットで済ませるわ!」
「はっ……! 確かに!」
懐かしいやり取りに、なんだかあの頃に戻った気分になる。じんわりと心が温かくなる楽しい時間。失っていたあの時間。心地のよさに、無性に泣きたくなった。
紗夜が馬鹿なことを言って、己がツッコミを入れて、そんな何気ないやり取りが好きだった。
しばらくそんなやり取りをして、祐基は、「そういえば……」と紗夜に話しかけた。
「お前、なんで俺に会いに来たんだよ? さっさと成仏してクレメンス」
「うん? いやぁ、祐基ともっかい遊びたくてさぁ! それが心残りなんだよねぇ」
「そんな事を心残りにするな、安らかに眠れ」
「うっせ、ばーか、ばーか!」と言いながら、紗夜はベーッと舌を出す。本当にわからん奴だなと、祐基は苦笑いを浮かべた。正直、己が心残りになるほど、大事に思っていてくれたことが嬉しい。祐基は、どこまでも己は現金な奴だなと思った。
「んで? 成仏するにはなにしたらええのよ?」
「そうやねぇ~……。前に行こうって話しつつ行けてないとこ行こうぜ!」
「おう、しゃーねぇから連れてったるわ」
「あとは~……」
「まだあんのかよ!?」
祐基は、紗夜が心残りを解消するためにしたいことをメモをし、とりあえず、もう夜も遅いということで寝ることに決めた。
「てか、幽霊って寝るの?」
「さぁ? 寝ないんじゃね? 寝顔見てようか?」
「やだ、えっち……」
馬鹿な会話をしつつ、最終的に紗夜が外を見て回るということで落ち着いた。スーッと壁をすり抜けていく彼女に、『幽霊って便利やな』と寝ぼけた思考回路で思う。急にいろんなことが起こりすぎて、若干キャパオーバーだが、嫌な気持ちは湧いてこなかった。
明日からの日常が少し、ほんの少し、楽しみになったのはここだけの話。
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