「頼もしい誠也さんに決断力のない私から一つ提案です」
吾妻さんに告白した次の日。
放課後に図書室へ来るよう、吾妻さんからスマホで頼まれて放課後の図書室に訪れた。
図書室に入ると、吾妻さんは昼休みに通っていた時と同じく読書スペースの一席に腰掛けて文庫本を読んでいた。
俺が近づくと文庫本から顔を上げる。
「放課後にここへ来るのは初めてですか?」
吾妻さんが席から立ち上がりながら尋ねてくる。
初めてだよ、と答えると吾妻さんは微笑んだ。
「初めてって特別な感じがして嬉しくないですか?」
「まあ、嬉しい時もあるけど」
吾妻さんは何が言いたいんだろう。
告白の返事を聞きたくて来たのに、呼び出した理由は全くの別件なのか?
「私、告白されたの初めてなんです。嬉しかったです」
「えっ。それじゃあ?」
好意を受けてくれるのか、と期待して返事を先回りしそうになる。
そんな俺の逸る気持ちを宥めるように、吾妻さんは落ち着いた微笑を浮かべた。
「誠也さんが私の事を好きなのはわかりました」
「わかって、返事はどうなの?」
「諾否をはっきり答えたいですが、生憎私にはそれだけの決断力はありませんでした」
残念そうな口調で言った。
まさかそれって……
「……俺はどんな答えも覚悟してる」
フラれる用意は出来ている体で強がった。
本当はフラれたくなんかない。けど選択するのは吾妻さんだ。
否応なくフラれる覚悟もしなければならない。
身構える俺を見て吾妻さんがおかしそうに口を押さえて笑った。
「覚悟が出来てるんですか、頼もしいですね」
「それで返事は?」
俺は催促する。
吾妻さんは教壇で解説でもするように人差し指を立てた。
「頼もしい誠也さんに決断力のない私から一つ提案です」
言葉尻が完全に切れるまで間を置いてから、人差し指を立てた手を腰の後ろに引っ込めて切り出す。
「二週間だけ付き合いませんか?」
「………………はい?」
ごめんなさい、という返事は想定していたが、あれ?
「聞こえませんでしたか。二週間だけ付き合いませんか?」
俺が聞いていなかったと思ったのか提案を繰り返した。
二週間だけ?
YESでもNOでもない、期間限定の恋人関係。
「聞こえてるけど、想定外すぎて戸惑ってる」
「お試しです。よくあるじゃないですか」
「漫画ならあるかもしれないけど、えっ、現実にあるの?」
「はい。今こうして事例が出来ました」
決断力のない私から提案、とはそういうことなのか。
二週間。二週間かぁ。
「二週間だけ付き合った後はどうなるの?」
「それはその時に考えます」
「そんな無計画でいいの?」
「いいんです。今すぐに決断できないから二週間の期間を設けるんですよ」
さもありなん、と頷きながら説明してくれる。
決断できないってことは俺と恋人になることを迷っているのか?
ということはこちらの行動次第では、正式な恋人になってもいいと思っているかもしれない。どうして二週間なのか訳は知らないけど俺としては悪い条件ではない気がする。
「どうしますか。二週間ならば告白を撤回しますか?」
誠也さん次第、という委ねる目で見つめてくる。
告白を撤回なんて出来るもんじゃない。一度口から出た気持ちはもう引っ込みがつかないんだ。
「二週間だけでもいい。俺と付き合ってください」
視線を跳ね返すように吾妻さんの目を見返した。
吾妻さんが表情を緩ませ、ゆっくりと視線を床に落とす。
「そうですか」
俺の言葉を受け止めるだけの間を作るように呟いた。
上品に身体の前で両手を組む。
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
告白の受諾を伝えると腰を折ったお辞儀をした。
これで二週間だけの恋人関係が成立した。形はどうあれ恋の成就に俺は胸から込み上げる物を感じる。
「うわぁ」
感極まった気分で感嘆詞が口を突いて出た。
告白して恋人になれると、こんなにも嬉しいものなのか。
「誠也さん。嬉しそうですね」
俺を見て吾妻さんが微笑ましげに言った。
「そりゃそうだよ。二週間だけだとしても好きな人と恋人になったんだよ。嬉しくないわけないよ」
嬉しさを前面に出して答えると、吾妻さんは苦笑いを浮かべた、
「あんまり浮かれないでくださいね。二週間後には恋人ではなくなるんですから」
浮かれちゃいけないと頭ではわかっていても、感情は浮かれることを辞さない。
顔からニヤニヤが消えない。
「誠也さん。もう少しクールになってください」
吾妻さんが冷たい声音で言った。
声音の冷たさにハッとして落ち着きを取り戻すために深い呼吸を試みる。
スーハー、スーハー。
「落ち着きましたか?」
「落ち着いた。ごめんね、浮かれすぎて」
詫びると吾妻さんがニッコリと満面に広がる笑みを見せた。
「でもそこまで喜んでもらえると、私としても嬉しいですよ」
吾妻さんの心の広い笑顔はいつ見ても俺の気分を高揚させる。
俺は吾妻さんの笑顔に虜になっているのだろう。今もこうして吾妻さんの笑顔を前にすると。高揚のあまり空を飛べるかもしれないと思った。
レッ〇ブル、翼を授けてくれるようだ。
よし。いつもの自分に戻っている。
「誠也さんが落ち着いたところで訊きますけど、これからどうします?」
「これからって?」
吾妻さんの問いかけは具体性に欠けており僕は思わず尋ね返した。
俺の問いに答えるように吾妻さんは壁の時計を指差す。
「もう五時過ぎてます。帰りますか?」
「これからってそういうこと。そうだね帰ろうか」
そもそも図書室に用はないし、どのみちいつまでも残っていると見回りの教師に見咎められる。
図書室の出入り口に目を向けたところで吾妻さんに手首を掴まれた。
心臓がドキンと跳ね上がるのがわかる。
たちまち緊張して吾妻さんに目を戻す。
「あの吾妻さん?」
「はい。なんですか?」
何もしていないという真顔で見返してくる。
「えっと、手」
緊張のあまり単語だけになった。
降ろした状態の手を掴まれているから距離が近い。
隣を歩くことはあったけど、正面からの至近距離は初めてだ。
吾妻さんは緊張する僕の方がおかしいとでも言わんばかりに破顔する。
「私たち恋人なんですよ。手ぐらい繋ぎますよ」
「まあ、そうだけど」
告白したのは俺の方なのに、吾妻さんの方が積極的じゃないか。
二週間とはいえ恋人だから、手を繋ぐぐらいはおかしくともなんともない、という理屈なのか。
おそらく俺は吾妻さんと恋人という事実を心では受け止めて切れてないんだろう。
「そうだよね。恋人だもんね」
一応の納得を示して言葉を返した。
俺の意思表示が伝わったのか、吾妻さんは手を離す。
「帰りましょう。誠也さん」
満面の笑顔でそう言うと、隣に立って同じ手で恋人繋ぎをしてきた。
告白された側から繋いでもらって、告白した側が振り払うわけにはいかない。
極度の緊張状態のまま図書室の引戸まで近づく。
途端に繋いでいた吾妻さんの手が離れた。
横に一歩だけ移動し僕と距離を取る。
吾妻さんの顔をちらと覗くと、ほんのりと頬を染めていた。
「さすがに学校の廊下で手を繋いでるのはマズいと思います」
「うん。マズいだろうね」
俺の方まで顔が赤くなっている気がする。
「いつも通り帰りましょう。いいですね誠也さん」
言い聞かせるように告げてから吾妻さんは引き戸を開けて廊下に出た。
いつも通り。恋人になる前ってことだろう。
俺も廊下に出て、恋人だと意識しないように吾妻さんの隣を歩く。
残照が廊下の窓からまだら状に入り込んでいる。
生徒のほとんどが部活か下校なのか、生徒の姿は廊下に見えない。
鼓動を乱すこの緊張が衆人の視線のせいではないことの証左になってしまい、よけいに吾妻さんの事を意識してしまう。
普段目に入る廊下が何故か別世界のように違って見える。
「……」
「……」
どうしよう会話が出てこない。全然いつも通りじゃない。
無言のままシューズロッカーで互いに外履きに履き替え、並んで昇降口を出る。
これでは会話がない状態で分かれ道に着いてしまうんじゃないだろうか。
なんとかして話を振らないと。
「あ、吾妻さん」
「は、はい」
吾妻さんも緊張しているのか受け答えがぎこちない。
でも、このちぐはぐに不快感はない。むしろ幸福感さえ覚えるぐらいだ。
これが初めての彼女が出来るってことなんだろうか?
「言い出したなら何か喋ってください」
「そ、そうだね」
少し怒った口調で吾妻さんに言われ、幸福感に浸っている場合ではないと話題を探して頭を巡らせた。
かろうじて思いついた話題を切り出す。他愛のない授業での出来事だった。
結局、会話そのものは続いたがちぐはぐは解消されないまま分かれ道まで来てしまい、ぎこちなく別れの挨拶を交わして各々の帰路に就いた。
二週間で吾妻さんに認めてもらえるように頑張らないと。
吾妻さんと分かれ道で別々になった後、俺は自宅までの道を歩きながら誓った。
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