普通の幸せ

第4話

「ならまず服を買いに行こう?俺のでも可愛いけど不自然だし」


子供が父親の背を見て歩くように、私も新田さんの背中を見て歩き始めた。


外に出ると自分が見ていた景色がどれだけ小さなところだったのかを感じさせる。


「街から出たことある?」


首を横に振れば私の手を引いて楽しそうに歩き始めた。


これではどちらが子供か分からないくらいだ。


「これは電車。歩かなくても遠くまで行ける優れもの」


目の前を大きな音を立てながら進むものを人々は電車と呼ぶそうだ。


何かを触って紙が出てくるとそれを私に渡した。


「無くすなよ。じゃないと駅に閉じ込められる」


無くすなと言われたその紙きれは大切なものらしい。


新田さんがやったように真似しながら中に入って行った。


「…まだ笑ってるんですか?」


肩を小刻みに揺らす新田さんに声をかけると首をブンブンと振って見せた。


「だって…笑えるって!切符無くしたかと思って慌ててるの…死ぬ」


私の行動がおかしかったようでさっきからずっとこの調子だ。


「はや…」


思わず開いた口が塞がらない。


窓の外から見える景色が本当に現実に見えているものなのかと錯覚するほどに感心していた。


電車から降りると新田さんは私に手を離さないようにと忠告をした。


ここから先は人が多くなるため、見失う可能性が高くなるそうだ。


「どんな感じの服が好き?ふわふわしたの?パンツスタイル?」


「これ、ものすごく動きにくそうですね」


新田さんが右手に持っていたワンピースという服は運動に適していない気がした。


「動きやすさ重視なの?おしゃれに興味ない?」


「服は着れるだけありがたいんで」


おしゃれという概念を持ち合わせていないが故に欲しい服というのが良く分からない。


「なら俺セレクトでいい?」


少し驚いた表情を見せてからそう言った新田さん。


「いいけど私、お金がない」


「そんなの気にするな。俺が出すし」


無料より怖いものはないと教えられてきたが新田さんになら貸を作っても問題がないような気がしてしまう。


新田真は不思議な人だ。


何着か持ってきた服を実際に着てみるとサイズが合わなかったり、いまいちピンとこなかったりで新田さんは悩んでいた。


色々なお店に顔を出して、服を着せられた。


「人形じゃないんだけど」


「えー、可愛くて迷うんだよ。全部買っちゃうか?」


手を口元に運び、考える姿勢を取っている新田さんは少しカッコよく見えた。


「私も選ぶ」


たくさん購入されて後でお金を返せと言われても困る。


それなら新田さんが選んだ中から私が一番動きやすいと思った服を選ぶ方が安く済む。


「ありがとうございます」


お金を払ってもらうと大きな袋が渡された。


「こんなに大金、本当に良かったんですか?」


結局、私が選んだものにさらに付け足して何着かかごに入れた新田さん。


私が始めて見るお金の桁に驚いているとお会計は終わっていた。


「いいよ。相棒になってくれたお礼。それよりちょっと休憩しよ」


良い匂いがするお店に入ると見たことのない食べ物がずらりと並んでいた。


「可愛い。これっ!全部食べれるの?」


小声で新田さんに聞くと笑顔で頷かれた。


「甘いの好き?…コーヒーに結構砂糖入れたの飲んでたけどあれは美味しかった?」


「朝飲んだの好き」


そういうといくつか食べ物を注文してくれた。


席に座って少し経つと可愛い食べ物が運ばれてきた。


「これはカップケーキ。こっちはマカロン。これはプリン。全部甘いよ」


人生で初めて自分が甘いものが好きだと知った。


どれもキラキラ輝いていて、まるでそれはプリンセスが身に着けている宝石のように思えた。


本当に食べられるものなのかと疑う私をずっと見つめている新田さん。


「何ですか?」


新田さんがあまりにも私を見つめているので思わず聞いてしまった。


「俺、絶対にあんたを笑顔にさせる。あんたが笑える世界にしてやる」


突然、真剣な眼差しで発言するので驚きが隠せなかった。


私の今の行動に何を感じたのかは分からないが、その真剣な表情は私の鼓動を速めた。


新田さんに出会ってから感じることが変わってきた。


長い間一人の世界で生きてきた私の世界に一人加わった。


たった一人だけなのに世界は大きく変わった。


「新田さんと出会ってから新しい気持ちが増えた」


真剣な表情から少し間抜けな表情になった新田さんに私はつい笑った。


こんなにも本音を出せる日が来るとは想像もしなかった。


いつかお母さんの言ったあの言葉の意味が今ならわかるかもしれない。


「なら私が新田さんを笑わす」


人生で初めて相棒と笑った日。


私はこの日のことを一生忘れないと思う。

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