人の温かさ

第2話

「到着!」


突然担がれたと思えば、勝手に知らない場所に連れてきた彼は本当に頭がおかしいと思う。


朝も感じたが普通の人ではない何かを持っているように感じる。


「警察が人、拉致るとかありえないんだけど」


「その件については謝る。本当に申し訳ない。だけどどうしても君に相棒になって欲しくて」


頭を深々と下げるその人から悪意は感じなかった。


「何で?相棒なんて柄じゃないしそもそも私達お互いに名前も知らないんだけど」


相棒が欲しいなら警察になるために一緒に勉強した同期や、友達に務めてもらえばいい。


まともな経歴を持つ人間に背中を預ける方が安心できるはずなのにこの人は何を考えているのだろう。


「これをどうぞ」


突然渡された一枚の紙切れに私は首を傾げた。


「最近この近くの部署に配属された新田です」


紙に書いてあったのはこの人の名前だとやっと理解した。


「私はヒナ。名前はしんって読むの?」


「ヒナちゃんか!よろしく。ちなみに俺の名前はまことって読むよ」


一瞬のためらいもなく私に名前を教えてくれた彼は本当に安全な場所で育ったのだろう。


人に簡単に名前を教えてしまったら何が起こるかを知らないのだろう。


「ヒナちゃん、俺はヒーローになるために警察になったんだ。勇敢で誠実なかっこいい警察はまさしくヒーローそのもの」


どこまでお気楽な大人なのだろう。


私達は夢を語ることさえ出来ないというのに、心底腹が立つ。


「興味ないし私にメリットがない。警察の友達に相棒になってもらえばいいじゃん」


「君が良いんだ、ヒナちゃん。俺が見たい景色にはヒナちゃんの存在が必要らしいし。メリットならあるよ。ヒナちゃん、一緒に住もうよ」


何を言い出すかと思えば普通に笑っているその人に私の感覚がおかしいのかと頭が痛くなった。


「知らない人を家に招くのはどうかと思うけど」


警察という立場の人間がそんなにも警戒心がない集団だとは思わなかった。


「一緒に住むって何?家を提供してくれるって事?馬鹿にするのも大概にしなよ。私はあんたの救いを求めてなんかない」


同情されるのが一番嫌いだった。


そうして人の心に取り入って、最終的に用済みの印を貼られて捨てられる。


そんなお決まりのパターンで私の人生を終わらすことはしたくなかった。


私はその人から離れるように自分の街へと帰って行った。


私とあの人は住む場所が違う。


同じ地球という惑星なのに生きている環境も違う。


人類に平等なんてものは存在しない。


ずる賢く生きている人が得をして、馬鹿真面目に生きようとしている人が損をする。


それが社会という名の地獄。


「見つけた。昼間は面倒なことしてくれたな」


突然、後ろから声が聞こえたので振り返るとそこには朝、財布を盗まれたと嘘をついた男が立っていた。


その男は何人か仲間を引き連れてここに来ているようで、私は追い詰められたと感じた。


「今ここで謝ったらそこまで痛くしない。ここで土下座しろ。俺に詫びろ」


朝、あの人を助けなければ私は今こんな状況になっていないと思うと後悔でいっぱいになった。


「やっぱり人のために自分を犠牲にするのは柄じゃないか」


昔、母が読んでくれたおとぎ話は物語の中で作られたもの。


だからこそ彼女たちは強く、たくましい。


絶対に諦めない信念に心が動かされたあの日の私はあまりに子供過ぎたらしい。


いや、今でも子供だ。


見返りを求めているわけでは無いが、これはあまりにもひどいのではないだろうか。


世界は平等だと綺麗ごとを言ったやつには目が付いているのか。


この世界を見て、私を見てもなおそれが言えるのならば良い医者に診てもらった方が良いだろう。


「謝らない」


多分、謝っても謝らなくても、悪い状況が変わるとは思えなかった。


「聞き分けの悪いガキだ。逃がさないからな」


最後の最後まであきらめずに抗えば、物語の最後に自分の命を犠牲にしてまで他人を守ったすごい人として載るかもしれない。


僅かな展開に賭けるしか私の人生は続かないと思うと皮肉だが、悪くないと思う。


走って、走って、息がもうできない。


どこまで走ったのか分からない。


ここがどこなのかもわからない。


それでも私は前だけを見て走った。


「うわっ」


走り続けた私の体はもうとっくに限界を迎えていたらしい。


小さな段差につまずいて勢いよく地面に倒れこんだ。


コンクリートが私の皮膚をえぐると痛みは増し、血が溢れてきた。


「可哀想だな。来世はもっとまともな親から生まれることを願っておけ」


お母さん、ごめんなさい。


最後の最後まで不甲斐ない娘でごめんなさい。


私がもし天国に行けたとしても合わせる顔がないほどダサい最期になりそうだ。


「本当に殺しちゃっていいんですか?」


意識がもうろうとする中、誰かがそう言った。


「いいんだよ。この街の犯罪は全部隠ぺいしてくれる。そうだろ?」


この時、やっぱり朝の警察もグルだったんだと顔を見て分かった。


「勇敢で誠実な警察がいるはずないんだよ。…ましてやヒーローなんてこの世界にはいないよ」


死の間際にさっき出会ったばかりの男のことを考えさせるなんて出来の悪い脳みそだ。


「あいつを犯人にすれば俺は事件解決数トップになれるはずだったのに。誰かさんが邪魔するからねぇ」


私の方に歩いてくる警察はとても楽しそうだった。


「自分の欲望のためなら他人の人生が壊れてもいい、それは否定しないな」


私だってこのくだらない世界を変えることが出来るなら政府の人間の人生を何とも思わない。


結局、人間の汚さはどこに住んでいても同じらしい。


「否定しないからさ、ここで殺されるのは癪に障るかも」


最後の力を振り絞り、瞬時に体を起こしその警察を道ずれに川に身を投げた。


浅いか、深いかなんて知らない。


私だけ死んで、意味のない行動になるかもしれない。


それでも何もしないまま死んでいくのは嫌だった。


鼻と口に水が大量に入ってきて、苦しかった。


誰の助けも借りることが出来ないこの世界で生まれたことを後悔した。


しかし冷たい水とは反対に温かいものが私を地上へと引きずり出した。


「ゲホッゲホっ…」


「呼吸整えろー。吸って吐け。あれなら人工呼吸してあげようか?」


何が起きているのか全く理解が出来なかった。


「もう大丈夫」


この世界にもヒーローはいたのかもしれない。


私の目に映る新田さんにマントが見えてしまった。


幻覚であって欲しいと少し願った。


新田さんは私を抱えながら岸の方に泳いでいった。


私を岸に上げていると叫び声が聞こえた。


「新田君!助けるのは俺だろ!」


一緒に川に落ちた警察は細い枝に掴まり、なんとか生きているように見えた。


「助けたい気持ちは山々ですけど…先輩が教えてくれたことを破るわけにはいかないんで」


「な、何を言っているんだ」


「先輩が教えてくれたんじゃないですか。あの街で何か起きても目を瞑れって。そこ、まだ法律が通用しない街なんで」


どうやらこの川の途中で街の境界線が引かれているらしい。


「もう少しこっち側に来てもらえたら…」


勢い良く枝から手を離し川の流れに沿って進んできた。


例え、悪事を働いた人間でも助けなくてはいけないとは面倒な職業だ。


そう思っていたのに新田さんの行動に私は目を疑った。


その人を助ける気配は全くせず、むしろ笑みを浮かべている。


まるで映画に出てくる悪役が正義の味方を懲らしめたときのような余裕のある笑顔に驚いた。


「何してるんだ!早く助けてくれ!」


「すみません、ヒナちゃん助けたときに怪我したっぽくて。誰か助けてあげてください!」


さっきまで散々態度の大きかったあの集団は誰も助けようとする気配がなかった。


「早くしないとその先は水の勢いが増すんで助けられませんよ」


挑発のような言葉に誰も突っかかってこなかった。


結局、誰も手を差し伸べることなくその人の姿は見えなくなった。


「ヒナちゃん、怖かったよね。とりあえず俺ん家おいで。温かいお風呂に入ろう!」


抱きかかえられると新田さんの心臓の音が良く聞こえる。


新田さんの温かさも感じられる。


「あり…がと」


知らない人にこんな無防備になるなど有り得ない話だった。


それなのに私は新田さんに安心してしまった。


「寝てもいいよ。ちゃんと後で起こすから」


信じられるはずがないのに、なぜか安心しきってしまった。


人というのはこうも温かい存在なのだろうか。


それとも新田真という人間が温かいのだろうか。

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