第3話
ガチャン
「失礼します、エリス様」
「!!!!」
…心臓がドッキドキになっている私の前に姿を現したのは、この王宮で使用人をしているハーパーさんだった。
年齢は私の倍以上に当たる人で、それゆえにどんな場面でも冷静で穏やかな雰囲気を崩さない、紳士の中の紳士といったイメージの人だった。
「こ、こんにちは!」
「…?」
一応、ギリギリの場面である場所にオクトの事を隠すことに成功した私。
けれど、バレてしまったらかなりまずい状況であることに変わりはないため、私の今だ心臓は強く飛び跳ねている…。
そのためか私は動揺を隠そうとするあまり、普段とは違うような口ぶりで挨拶を行ってしまう。
…ハーパーさんはそんな私の事を少し驚きの目で見つめてくる…。
「な、何かありましたか、エリス様…?」
「い、いえ…別に何も…。そ、それより何かあったのですか?」
なんとかこの場の雰囲気を変えようと、私は話題の転換を試みる。
その意図が向こうに伝わったのかどうかは分からないものの、ハーパーさんは私の発した疑問に答え始めてくれた。
「えっとですね、シュノード様から連絡がございまして、王室会議が長引きそうだから、今日は帰りが遅くなる、とのことでした」
「そ、そう。分かりました」
「……」
「…あ、あの、他にも何か…?」
普段のハーパーさんなら、要件を済ませたなら足早にこの場から立ち去っていく。
しかし今日の彼はやはりなにか違和感を感じているのか、私に対していぶかし気な視線を送ってくる…。
「…エリス様、なにか隠し事などはされていませんか?」
「ま、まさかそんな事…。私はシュノード第一王子様の妃となる女なのですよ?そんな私が隠し事などするはずがないじゃないですか…」
「……」
…やっぱり私の様子に違和感を感じているのか、ハーパーさんはそのままきょろきょろと部屋の中を見回し始める…。
ある場所にはオクトが隠れているから、どうかそこに視線を向けないで……と祈る私の思いもむなしく、ハーパーさんはそのままオクトの隠れる場所をめがけてゆっくりと進んでいく…。
「…ではエリス様、一つよろしいですか?」
「……!?」
そして、ハーパーさんは部屋の中に置かれていた一着のドレスの方を指さしながら、私に対してそう言葉をかけた。
…そのすぐ近くにオクトが隠れているため、私は心臓をまるごと吐き出してしまいそうなほど頻脈になってしまう…。
…もしかしたら、もう気づかれているんだろうか…?
「エリス様、正直にお答えください。これは一体なんですか?」
「………?」
ハーパーさんは今まさにオクトが隠れている方を指さしながら、少し厳しい口調でそう言葉を発した。
…やっぱり、もうバレてしまっているんだろうか…?
自分の口からそれらを言えというメッセージなのだろうか…?
完全に追い詰められてしまった気でいた私。
けれどその直後にハーパーさんが口にした言葉は、私が恐れていたものではなかった。
「…このドレス、新調されたのですか?」
「へ?」
「やっぱりそうなのでしょう!今まで見たことのない種類のものですから、絶対にそうだと思いました!…それにもしかしてですが、これはまだシュノード様にはお伝えされていないのではありませんか?黙ってご購入されたのではないですか?」
「え、えっと…」
「あぁ、大丈夫ですよエリス様!シュノード様の事を喜ばせるためのサプライズとしてご用意されたのでしょう?なら私は黙っていますとも!どうぞご心配なく!」
「は、はぁ…」
私の動揺をよそに、一人で勝手に盛り上がっていくハーパーさん。
「あぁそうそう、エリス様。この後予定されていたお茶会なのですが、相手様の都合で少し時間を早めることとなりました。お手数をおかけしますが、そろそろご準備に移っていただけますと幸いでございます」
「わ、分かりました…」
「では、長居してしまって申し訳ございません、それでは私はこれで…♪」
さきほどまでとは一転、非常にうきうきとした雰囲気を発しはじめたハーパーさんは、そのまま私に挨拶を行ったのち、そそくさと部屋の中から退散していった。
…あまりに突然の出来事だった私はまだ現実の光景が受け入れられないでいるものの、ひとまずとびっきり大きな危機を脱したことが出来たことに心を安堵させた。
「あ、あぶなかったぁ……」
私はその場でほっと一息ついたのち、先ほどハーパーさんが注目していたドレスの方に視線を移す。
「もう大丈夫だよ、オクト」
「や、やれやれ…。助かったぁ…」
すると、私の声に導かれるようにそのドレスの中からオクトが姿をあらわした。
…このドレスはかなり大きめなサイズなうえに、その立てかけには中が空洞の人体骨格のようなものがつかわれていた。
だから中には人一人が隠れられるほどの小さなスペースがあり、私はとっさにそこにオクトを隠したのだった。
「ひ、ひとまず命拾い…。ありがとう、セレーナ」
「いいよ。いつも助けてもらってるのは私の方なんだし」
「そ、それはこっちのセリフだ。俺が今まで何度セレーナに…」
オクトが発しようとしたその言葉は、私もぜひとも聞いてみたかったもの。
でも、ここでそれを聞いてしまったら、私はもう戻れなくなってしまうかもしれない。
だから、聞くことはできなかった。
私は彼の言葉を途中で遮ると、こう言葉をかける。
「オクト、ごめんなさい。聞こえていたでしょう?この後お茶会の予定になっているの」
「そうか…。残念だけれど、今日はここまで」
「今日、じゃないわ。今日は偶然助かったけれど、これ以上あなたがここに着続けてしまったら、それこそいつかあなたは罰を与えられてしまうかもしれない。だから、もうここには…」
「セレーナ、聞いて」
今度はオクトが私の言葉を遮った。
その後、彼は真剣な表情を浮かべながらこう言葉を発した。
「今、君を救い出す手立てを準備している。実現はそう遠くないはずなんだ。だから、信じて待っていてほしい。俺は絶対に君をここから連れ出し、エリスなんて名前を捨てさせてやる」
「……」
「…そしたら、あの日の続きを…」
「…?」
「いや、なんでもない!!」
オクトは私にそう言い残すと、そのままこの部屋への侵入経路を逆にたどっていき、私の前から姿を消していった。
…もう来ないでと言った私だったけれど、私の心にはうれしさが残っていた。
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