いなくなった幼馴染の身代わり婚約者となった私。でも今になってその幼馴染が見つかったそうです

大舟

第1話

「会いたかったよ、エリス」

「おかえりなさいませ、シュノード第一王子様」

「……」


私の言葉を聞いたシュノード様は、それまでの穏やかな表情を一転させ、途端に不機嫌そうな表情を浮かべる。


「…違うんだよ。本物のエリスは、シュノードと第一王子様の間にほんの少しだけ間を空けるんだよ。だからこそお互いの言葉が際立ち、僕の心を心地よくしてくれ運じゃないか。…まだそんなことも分からないのか?」

「は、はい…。ごめんなさい…」


シュノード様は、彼の中に生きるエリスという女性を私に演じさせようとしている。

エリスというのはシュノード様と幼馴染の関係にある人物で、シュノード様は彼女の事を相当に好きだったらしい。

それこそ、第一王子たる彼の次期妃候補とも言われもてはやされるほどに。


「それじゃあ、僕への思いを込めてもう一度言ってくれ。今度は間違えるなよ?」

「はい…。おかえりなさいませ、シュノード様第一王子様」

「…まぁ、最初よりはマシになっただろうか。エリス、もう次に同じミスをするんじゃないぞ?」

「か、かしこまりました…」


そんなエリスがシュノード様の前から忽然と姿を消したのが、今からもう半年ほど前の事。

最初はただの喧嘩だとか、恋愛のもつれだとか言われていて、その行方はすぐに見つかるだろうって言われていた。

けれど、どれだけ時間が経ってもエリスがシュノード様の元に戻ってくることはなかった。


「それじゃあエリス、さっそくこのまま食事に移ろうじゃないか。今日一日、僕は君と過ごすこの時間を楽しみにして仕事を頑張ってきたんだ。二人で食べれば味も一段とおいしく感じられることだろう。きっといい時間になるよ」

「もう、シュノード様ったら。そんなことを言っても、私の機嫌がよくなるわけではありませんよ?」

「機嫌を取りたくて言っているわけじゃないさ。本心から言っているんだ。エリス、僕は本当に君の事を愛しているよ」

「私もです、シュノード様…。って、いまからこんなんじゃお食事がいつまでたっても進みませんよ?」

「あぁ、つい熱くなってしまったよ。すまないすまない」


エリスの存在を失ったシュノード様は、それはそれは非常に大きな傷をその心に負ってしまった。

彼の周りの人たちが、あの手この手を尽くしてその傷を癒そうと手を尽くした。

けれど、そのどれもシュノード様を立ち直らせるには至らなかった。

そして、私の事をシュノード様が知ったのは、ちょうどその時だった。


「エリス、覚えているかい?君がすっごくおなかが空いていたからか、このパンをたくさん口に入れてしまって、倒れてしまったことがあっただろう?」

「そ、そうでしたね…。さすがシュノード様、私の事なら何でも覚えてくださっておられるのですね」

「当然だよ。エリス、僕は君が思っている以上に、君の事を思っているんだから。あ、ほら、冷める前にスープも」


彼女がいなくなったその時、私は第一王宮に仕える一貴族の娘に過ぎなかった。

当然私とシュノード様との立場は天と地ほどの差があり、私はシュノード様と話をしたことおろか直接お会いしたこともなかった。

そんな時、たまたま偶然シュノード様は第一王宮の廊下を歩く私の姿を目にしたのだという。


「王宮の奴ら、僕たちの事をうらやんでたまらないらしい。まぁ無理もないよね、こんなかわいくて素敵な相手とつながることが出来たんだ。誰に自慢したってしきれないほどの幸せなのだから」

「私も同じ思いですよ、シュノード様。けれど、ご自慢もほどほどになさってくださいね?あまり幸せを振りまくのもかえって申し訳ないような気がするので…」

「そういう謙虚なところ、昔から変わらないね。それもそうだな、君の言うとおりにするとしよう。…まぁ、我慢が出来ればの話だけれど…♪」


シュノード様は私を見た瞬間、それまで暗かったその表情を一気に明るいものとした。

それはもう、なんというか本当に、生き別れていた親に再会した子どものような、純粋でいてオーラを感じるような、そんな雰囲気を醸し出していた。

一方の私は、なにがなんだか全然分からなかった。

それまで話さえしたことのないシュノード様と目が合ったかと思ったら、シュノード様がそれほどまでにうれしそうな表情を浮かべるのだから、何が起こっているのか理解できるはずもなかった。

でも、その時シュノード様が最初に発した言葉を聞いて、私は全てを察した。


「うむうむ、今日のエリスはなかなかに上出来で楽しませてくれる…。容姿も声も完璧なほどにそっくりなのだから、もう後は性格と言動だけなのだ…。エリス、君には必ずやこの僕の心の中に生き続けるエリスと重なってもらわなければならない。それが君の生まれてきた理由だと心得てくれたまえ」

「はい…」


私とエリスの容姿が、瓜二つだったのだ。

私はその日を境にして、元の名前を捨てることとなり、完全にエリスとして生まれ変わることを決められた。


…それまでの思い出や記憶のすべてと、別れる事を命じられて…。

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