第19話

そうして日々は過ぎて、冬休みまであとひと月。

風の噂で、ユーリは遠い地に栄転となったようだ。

これまでもそういった話は出ていたが、彼が拒絶していたことと、私がその希望に沿うように調整していたが故に、今までは立ち消えになっていた。彼の実力に期待している人がいるということだろう。けれど、彼の夢は宮廷魔導士ではなく、孤児院で教師をやることだった。

私の勧めで宮廷魔導士となったが、3年程度勤めたら辞めて、その箔を持って孤児院に勤める予定だった。

彼はそんな自分の夢を自分自身で潰した。

彼がその夢を叶える日は来るのか、来ないのか。

(まあ、もう私には関係ないわね)

そうして、少しずつ期末試験へ向けて、みんながそわそわしている様子の中、いやでも聞こえてきた不快な噂。

曰く、高位貴族であり、いずれ国政をも担うだろう男たちが一人の女子生徒に夢中になっている。そして、それを知った彼らの婚約者たちが嫉妬に狂ってその女子生徒をいじめている。

実にくだらなかった。

何故なら、そのいじめているとされている婚約者たちは、私にとって大事な友人のトリニティ様とミア様、そしてナーシャ様なのだから。

ついに来た、というよりひどい状況に、怒り狂わずにはいられない。

彼女たちがそんなことをするわけがないし、しかもその噂の女子生徒は下級生だ。

注意することはあっても、わざわざ下級生の教室で机へ誹謗中傷の落書きをし、教科書を破り捨て、持ち物の破損し、さらには窃盗するなどできるはずもない。する必要も感じない。

そもそもそれほど目立つ行為に対して、目撃者もなくたった数日でその噂が学園全体に広がるほうに違和感を覚える。

(ああ、イライラする)

あの夢を見ていたから余計に、だった。

濡れ衣を着せて、自分の都合のいいように、なんてムカつくに決まっている。

それに3人とも明らかに気落ちしていた。

ザック様もエゼキエル様も、舞踏会などで挨拶したことはあるが、その時は本当に婚約者たちを愛おしそうに見ていたのに、いったい何をしているというのか。

(許さないわ)

心無い噂で翻弄されるのはいつも女性側だ。しかも、男たちは浮気をしているというのにそれが甲斐性などと馬鹿らしいことを告げる。

それが男の本能なのだから許せと?

許せるわけがないだろうが。

そんなことをいう猿どもは全員その急所を刻んでやる。

などと物騒なことを考えながらも私は冷静だった。

(まずはいじめていない、と立証すること)

だから私は、二つのことを強く3人に言い聞かせた。

一つは、どんなことがあっても決して一人では行動しないこと。―――ナーシャ様はなるべく私やオーウェン様と、トリニティ様とミア様は二人だと一緒にやった、やアリバイのためにとか言われそうだったので、三人以上で行動するように告げた。その相手は、少し悩んだが、Aクラスの信頼のできそうな二人を選んだ。一人は女性で少々潔癖なところのあるデイジー・ユニット・カルダー子爵令嬢、もう一人は無口なアーバン・オベイ・ディスキン侯爵令息。その二人には噂の真偽を確かめてほしい、と言った。私はトリニティ様もミア様も信じている。けれど、周りはそう簡単には信じてくれないだろう。だからこそ、彼女たちが本当に噂通りのことをしてしまったのなら、二人がその真実を広めればいい。けれど、事実無根ならその噂を流した屑を私とともに断罪してもらう。私は口約束では安心できないタイプなので、契約書を提示する。二人は最初驚いてはいたが、すぐに納得してそれにサインをしてくれた。ちなみに、ナーシャ様は私といることで自然とオーウェン様も一緒に過ごすことになる。なるべく人目にもつくようにすることで、噂の払拭、そしていじめが不可能であることを立証する。

もう一つは、記録水晶を常に起動させること。―――この分の魔力は私が担う。そのくらい私には、わけないことだ。しかも、ブラウンからも得た魔力もあって、貯蔵が溢れるほどあるのだ。これだけで権力に物言わせて誤魔化した、なんてことは有り得ない。記録水晶は改竄不可能。

(ただ、これ以上ひどくなるのなら、王家の影も引っ張り出す)

これは最終手段で、しかも対象は私に絞られる。そうなると、ハッタリには使えても、私以外の証拠として使うとなると微妙だろう。せいぜい裏付けを強めるくらいだ。

(でも、大事な友人たちのためなら私はなんでも使うわ)

強く強く決意する。

絶対に許さない。

私の大事な人たちを傷つけたことを。

婚約者がいるのに誘惑するヒロインも、婚約者がいながら平気でそちらに靡く浮気男どもも。

簡単に許されると思うな。

そうして過ごすある日のこと、ナーシャ様と移動教室で共にいたときだった。

遠目で例の集団を見つけて、思わず睨みつけた。

「リア様?」

ナーシャ様の声にハッとして、慌てて視線を外した。

「なんでもないわ」

「そう、ですか?」

「ええ」

微笑んで誤魔化す。

わざわざ愛そうとしている婚約者が、他の女に纏わりついているのを見る必要はない。

こっそり魔法さえも駆使して、光の加減で彼女からは見えなくした。

オーウェン様は教師に呼ばれて別行動中だ。

「何か、見ていたのでは………?」

「ええ、まあ。良い天気だと思って。今日は外でピクニックのように食べるのもいいなあと」

「そうですわね」

そういえば、ナーシャ様は素直に頷いて、眩しそうに目を細めた。

陽の光がキラキラとナーシャ様の豊かな金髪を輝かせる。

こんなに素敵な人をどうして蔑ろにできるのだろう?

確かに、過去の彼女は傲慢だった。けれど、それは家庭環境のせいであって、彼女自身の罪ではない。そして、屑な毒親から離れた彼女はもう清らかというか、聖女もかくやというほど淑やかで素敵な淑女となった。これが本来の彼女なのだ。

それでも時折心無いやつが絡んでくることがあるが、天然なのか私が何も口を出さなくても撃退してしまう。ナーシャ様が無自覚なのがまた末恐ろしい。とはいえ、悪意を持って近付いてきた奴を許すことはできないので、私がこっそり呪う。別に命に関わるような大それたものではなく、幸運値を下げ、その日一日不運に見舞われまくるだけだ。

そんな感じで、怒りを抱えながらも、私は友人たちを守るために動く。

そうすると、ようやくヒロインの名を知った。

マリア・ブレス・セイラー。

子爵家の婚外子で、学園に入る2,3年前に引き取られたらしい。母親はセイラー子爵家で働いていたメイドで、色狂いな子爵の手つきとなり、マリアを宿したことで子爵夫人に追い出されることとなった。現在、子爵夫人は馬車の事故で亡くなり、マリアの実母もすでに亡くなっているらしい。そこでセイラー子爵がマリアを引き取ったと言う。

(何か目的があるってことよね)

それがなんなのかはわからない。

子爵と子爵夫人の間に子供はいなかった。だが、婚外子は多くいるらしく、その中でマリアだけが引き取られている。

(まあ、マリア様が交渉して取り入った可能性はあるけれど……)

ヒロインとして学園に入るために、執念を燃やしたに違いない。

他の子どもが引き取られていないことからわかるように、子爵本人に子供の面倒を見る気はないからだ。未だに娼館に通ってもいるらしいし。

そうなると自分で動かないといけなくなる。

まあ、結果としてマリアは引き取られ、学園の入学まで叶った。

しかし、問題はここからである。

まず彼女と同じクラスの高位貴族の者たちが、ある時から滅茶苦茶マリアをちやほやし始めたらしい。

まるで花に群がる蝶のようだ、と誰かが言っていた。

(花に群がる蝶、ね……)

言い得て妙だとは思ったが、イマイチしっくりこない。

(そう、たとえが綺麗すぎる……)

じゃあ、どうたとえるのがいいかな、と思わず思考が逸れる。

それからすぐ授業が始まっても、私は思考を止めなられなかった。

先ほどの光景が浮かぶ。

金の髪のマリアに群がる男ども。

マリアはたとえるなら可憐な花ではなく、毒花だ。

男どもは綺麗な蝶ではなく、その香りに騙される醜い蛾。

つまり、

(毒花に騙され引き寄せられる、愚かで醜い蛾たち)

ということだ。

ようやく納得して、一旦授業に集中する。


* * *


授業が終わり、昼休みになった。

ナーシャ様と食堂へ向かっていると、偶然トリニティ様とミア様たちと会った。なので、そのまま6人で食堂へ向かう。

「本日殿下は?」

トリニティ様が聞く。

「昨日急な公務が入ったらしくて、午前中はお休みです。長引かなければ、午後にはいらっしゃると思いますよ」

「あら、殿下も相変わらずお忙しそうですわね」

ミア様が心配そうに首を傾けた。

「ええ。まあ、王太子殿下ですから」

それだけ期待もあるということだ。

そして、彼はそれに一生懸命応えている。

「最近、噂の方はどうです?」

「じろじろ見られることは減りましたわ。ただ下級生となると一気に来ます………」

「正直、合同演習がとても憂鬱です………」

トリニティ様もミア様も暗い顔で言った。

「Sクラスの方はどうなのですか?」

デイジー様がナーシャ様に問いかける。

「Sクラスの方々は特に気にしていない、というか興味がないように見えますわ」

ナーシャ様がそれに苦笑して答えた。

「まあ、Sクラスに居続けるのも、そこで結果を出すことも、生半可なことではなく、自分の望む将来を手にするにはやはり他人にかまけている余裕はないのでしょう」

私がそう付け加えると、彼らは納得したように頷いた。

「まもなく冬休みなので、それだけが救いでしょうか………」

ミア様が弱々しく言った。

「現段階ではこれ以上広がらないとは思います。ですが、来年度再び噂は燃え上がる可能性があります。社交シーズンでもないので、噂は広がらないと同時に払拭もまた広がりません」

「心に留めておきます………」

トリニティ様が弱々しく微笑む。

(ああ、本当に腹が立つ)

彼女たちは婚約して間もない。

それなのに、何故こんな仕打ちを受けなければならないのか。

「兎にも角にも、ひとまずは冬休みまでの辛抱です。そして、冬休みの間に英気を養い、とことん戦います。こんなくだらない噂を流したことを後悔させます。もちろん、面白半分にそれに便乗した方々も許さない」

私は静かに怒りを語った。

「みなさんは耐えるだけでも構いません。結局私の自己満足ですもの。友人を傷つけられて、本当は今すぐにでもふざけるなと怒鳴りこみたいくらい怒り狂っているのを鎮めたいだけなのです」

今はまだ証拠が弱い。

二度とこんなことをさせないように、徹底的に潰す。

二度とこんなことをする気も起こさないくらい、徹底的に潰す。

それゆえに踏みとどまっているに過ぎない。

(確定の未来ではない。けれど、一度でも未来の王妃に選ばれた人間がどれほど恐ろしいか思い知らせてあげるわ)

その結果、捨てられても構わない。

その結果、怖がられても構わない。

オーウェン様がその程度の人間ならこっちから願い下げだから。

オーウェン様がその程度の人間ではないと知っているから。

(たかが子爵令嬢が公爵令嬢である私に適うと思うなよ?)

黒い感情が沸き上がる。

(ああ、私は悪役令嬢なんだなあ)

けれど、友人を救うことができるのなら、大切な人を守れるのなら、私は悪役で構わない。

「ありがとうございます、リア様」

ナーシャ様の声にハッと我に返る。

「その気持ちがとても嬉しいですわ。でもどうか、無理はなさらないでくださいね」

ミア様が花の綻ぶように笑った。

「私たちにできることがあれば何でも言ってくださいね。本来ならこれは私たちの問題で、自分たちで解決しなくてはならないのですから」

トリニティ様がぎゅっと私の手を握った。

「ありがとうございます」

笑みを返し、手を握り返した。

何も問題はない。

何も悪いことはしていないのだから。

だから、どうか――――

(どうか、皆が幸せになれますように………)

そう祈らずにはいられなかった。


* * *


冬休みまであと2週間。

噂の払拭は残念ながら遅々として進まない。

こればかりはどうしようもなく、ひとまず広がっていないことで良しとしよう。

イジメていない、という証拠集めは問題ないとして、次は噂の出所だ。私は前世の記憶があるためにヒロインだろうと踏んではいるが、何か別の悪意というか、違和感を覚える。

何故この時期だったのか。

春先に突撃してきた割にはそれ以降の動きがここまでなかったのは何故なのか。

そして、

(何故か、私は含まれていない)

それが不思議だった。

あの突撃無礼娘の言動から察するに、メインの悪役令嬢は私だったのだろう。

だが、この世界の知識はなくとも、私に前世の記憶があることで、ズレが生じた。

そこにカギがあるのかもしれない。

「ねえ、ブラウン」

「はい、お嬢様」

本当は話を聞ける後輩がいればいいのだが、残念ながら数は多くないし、余計な疑いをもたれないようにするには合同授業時に限られてしまう。

そこで、私は魔法を使えないかと考えた。

「分身、もしくは自分の代わりに見聞きできる使い魔的な魔法はないかしら」

「分身、使い魔、ですか………」

いつもの昼下がり。

オーウェン様は今日一日公務で不在だ。

あの無礼な伯爵令息の襲撃以降は、何も問題はないため場所は変えていない。

あまりに酷いなら場所を変える必要が出ただろうが、何やら遠巻きにされることはあっても、手を出す者はいない。

それなら、堂々としていた方が問題にならないだろう。

「何か、物を媒体にして、映像に収める、ような魔法はあります。記録水晶みたいな感じですね」

「それは設置するのにどうしたらいいのかしら?」

「うーん、直接置くしかないと思いますけれど………」

正直それなら記録水晶を置けばいい、という話になってしまうし、疑いの元になってしまいそうだ。

「映像に納めなくても、私が見聞きできればいいのだけれど………」

「うーん………?」

正直こういうとき、ブラウンの知識不足だったり、私の説明下手だったりで、彼の中の必要な知識に辿り着けないことがある。

「要は、誰にも気付かれずに、見聞きできるようにしたい。媒体を通して見える的な……うーん………遠見?って言うのかしら?」

「ああ、望遠鏡、みたいな感じですか?」

「あー、そうかも」

その場合は、思った言葉を互いに出しながら、すり合わせていく。

「遠くのが見えると言うと………」

「ズームする感じで、別の場所を見るって感じかしら」

くるくると指で弧を描いてみる。

「分かった、要は視覚や聴覚だけを転移させる的な!」

「あーーー、分かった気がします」

あれこれ話し合ってようやく答えに近付いたようだ。

「記録しなくていいのなら、割と簡単だと思います。お嬢様なら、ですけど」

「結構魔力使う感じかしら?」

「起動するまでが大変かもです。起動した後も魔力は消費しますが、微々たるもの……記録水晶並なので、問題ないと思います」

「なるほどね」

この日はそれで昼休みが終了となる。

「とりあえず、試しで起動するのは放課後かしら」

「じゃあ、ここでやりますか?」

「ええ、そうするわ」

午後は魔法の実戦演習が多いので、そちらに集中することはできないだろう。

慣れていれば問題ないかもしれないが、さすがに初めて使う魔法だし、学園の図書室でもすぐに見つけられなかった。

転移魔法に関する考察ならあったが、それをブラウンに見せたところ、これでは発動しないどころか、下手に発動したら、身体がバラバラになるという。

「…………という感じです」

「うん、理論は分かった気がするわ」

あとは反芻して理解を深めれば、放課後に実践できるだろう。

「じゃあ、またあとでね」

「はい、お嬢様」

ブラウンにひらひらと手を振って、私は教室に戻った。


* * *


今日の魔法実戦演習の授業は、1年生との合同演習だ。

冬休み直前なのもあって、最後の対戦形式で総ざらいとのこと。

(ということは………)

きょろりと辺りを見渡す。

「誰か探していますの?」

「対戦形式のときはいつも同じ方がペアなので、その方を探しているのですわ」

「ああ、確かに1年生のSクラスはトップ者が変わらないですものね」

隣にいたナーシャ様とそんな会話をしながらそのまま辺りに視線を飛ばす。

しかし、なかなか見つけられない。

(今日は、お休みかしら………)

いつもなら、向こうもこちらを探していてすぐ駆け寄ってくるのだが………。

じわじわと嫌な予感が強まっていく。

「ナーシャ様、まだ離れないでくださいまし」

「は、はい………」

ピリリとした緊張感をナーシャ様も感じ取ったのだろう。

震える手で私の袖をきゅっと握り締める。

「私の傍にいれば大丈夫ですよ」

その手に私の手を優しく重ねる。

(この淀んだ気配は、きっと“そういうこと”なんでしょうね)

防御魔法の展開を静かに行う。

念のため、授業中に行われるとなると離れざるを得ないので、ナーシャ様に丁寧に防御魔法を重ね掛けていく。

(ええっと、対精神汚染と、物理攻撃無効と魔法攻撃無効と………)

授業という場で良くないだろうが、今は人命を優先させる。

正直、正常な判断が出来ていない人間に手加減ができるとは思えない。いくら当人の意思ではないとはいえ、それを事故と片づけるのも厳しいだろう。

(精神汚染解除もつけておかなきゃ………)

これは触れなければ効果を発揮しないがないよりはマシだろう。

以前、オーウェン様にやってもらった解除魔法は魔法陣を描く人と魔法を起動する人が別であることで確実な効果を発揮し、その上多少距離が離れていても問題なく発動するのだ。

「ナーシャ様、何かあればすぐ知らせてくださいな」

「は、はい……っ。リア様……っ、リア様もお気を付けくださいね……っ」

ぎゅっと手を握り返されて、名残惜しそうに彼女は私の手を放していく。

きっと自分に多重の防御魔法がかけられたことに彼女も気付いているだろう。

それだけ危険に遭う可能性が高いということにも。

(ナーシャ様が言いたかった言葉はきっともっと別なのでしょうね………)

きっと自分では何もできないとそう思ってしまった。本当は彼女だって私のために何かしたいと願ってくれているのに。

言わせてあげられないのが申し訳なくて、でも安全なところにいてほしくて。

(結局これは私のエゴだ)

自嘲を口元に浮かべて、私はその攻撃を受け止めた。

周囲から悲鳴が上がる。

「どういうつもりかしら」

ぐ、と彼―――サム・キル・アーロンの手首をつかんだ手を強く握りしめる。

「おまえ、を、ころす………」

「そう、誰に言われたの?」

「かのじょ、彼女に、彼女ののぞみは、叶えなきゃ……」

虚ろな目でぼそぼそと喋るが、残念ながら核心にはたどり着けそうにない。

(彼女、ねえ………)

恐らく洗脳魔法をかけられているのだろう。

焦点は定まっておらず、ブツブツと同じ単語を繰り返している。

「彼女って誰?」

念のため、聞いてみる。

「だれ……だれ……?だれだ………?」

が、やはり重要なところは伝えられていないか、うまく誤魔化されているらしい。

「ルーン嬢!!!」

「問題ありません。ですが、彼は洗脳魔法をかけられているようです。彼は寮生ですよね?であれば、至急学園内の点検をお願いします」

「は、はい………っ」

駆け寄ってきた教師にすぐさまそう指示を出すと、教師は大慌てで、校舎の方へ駆けていく。

「生徒の皆さんは全員その場で待機願います。座っていても問題ありませんが、移動はしませんよう」

声を張り上げて、生徒たちの動きを制限する。

その後、私の周りに結界を張り、サムにかけられていた洗脳魔法を解除する。

軽くゆすって、サム様を起こす。

「サム様、サム様?」

「ぁ、う………?」

混濁した意識から浮上してきたのか、ようやく焦点が合う。

「御機嫌よう」

「ご……?えっ?あ………!?」

朗らかに挨拶をしたら、ぼんやりとしていたサム様だったが、じわじわと脳が覚醒してきたらしく、顔を真っ青にしてガバリと起き上がる。

「あ、あの、あの俺、俺ちが、おれ………っ」

「大丈夫ですわ、落ち着いて」

「う、はい………」

あまりの狼狽えっぷりに思わずクスクスと笑ってしまうと、少し安堵したらしく、彼は肩から力を抜いた。

「あの、本当に申し訳ありませんでした……」

「何も気にする必要はありませんわ。洗脳魔法をかけられてしまっていたのですし、この通り怪我もありませんので」

にっこりと笑顔でそう言えば、サム様はホッとしつつもどこか複雑そうな表情をした。

「洗脳魔法をかけられたときのことは覚えていますか?」

「いえ、あんまり……誰か、女子生徒がいた気がしますけど……制服からそう見えただけで他は全く………」

申し訳なさそうに眉尻を下げるサム様。

「とんでもありません。こればかりは仕方ないことですから。けれど、もし何か思い出したことがあれば遠慮なくおっしゃってくださいね」

「はい!俺に協力できることがあれば遠慮なく言ってください!!」

ぐ、と前のめり気味に言うサム様だったが、やはり洗脳魔法の影響か、ぐらりと倒れそうになる。

「今は安静に、ですわね」

「申し訳ありません………!」

倒れかけた彼を咄嗟に支えつつ、苦笑して言えば、サム様は大慌てで体を離す。

「では、しばらく安静になさってくださいね」

「は、はいっ」

彼が大人しく横になったところで、ばたばたと教師たちが戻ってきたようだ。

「洗脳魔法は解けています。ですが、体調が良くないようです。今日はこのまま寮に帰した方が良いかと」

「よ、養護教諭がすぐ来ます!彼に任せれば問題ないでしょう」

「分かりました。では、このままにしておきましょう」

どうやら学園長に知らせるだけでなく、養護教諭にも連絡を入れてくれたらしい。

「そ、それから、他の教師も間もなく来るかと………」

「良かったです。他の生徒にも同じように洗脳魔法がかけられていないか確認しましょう」

私の言葉に教師は頷いて、生徒たちに指示を出しにまた駆け出していく。

「リア様!!!」

「ナーシャ様」

すると、様子を見計らっていたらしいナーシャ様が駆け寄ってくる。

「お怪我は!?」

「ありませんわ」

にこりと笑顔で答えれば、鬼気迫る勢いが少しだけ落ちる。

「無事で、良かったですわ………」

「心配してくださってありがとうございます」

安堵してそのままへたり込んでしまった彼女をぎゅっと抱き締める。

「リア様といると、心臓がいくつあっても足りませんわ………」

「ふふふ、そうかしら?」

「そうですわ!!」

ぷんぷんと怒るナーシャ様が可愛らしくて思わず笑みがこぼれる。

「何を笑っていますの!?」

「いえ、ナーシャ様がお可愛らしいと思いまして」

「な………な………!?」

真っ赤になって狼狽えるナーシャ様も可愛らしいわ。

とはいえ、あまりからかうのはよろしくないだろう。

「ふざけないでくださいませ!!」

「本当のことですわよ?」

「もう……っ、もう!!!」

何か文句を言いたかっただろうに、結局言葉にならなかったらしい。

それから、ナーシャ様とのやり取りを訝しげに見てくる1年生はかなりの数いたが、もちろんわざわざそれを告げてくる者はいない。

そして、今はもうあの嫌な雰囲気は感じない。教師たちが確認しているのを見る限りも、問題ないだろう。

(1年生の間ではあの噂がかなり広まっていると見た方がいいわね)

不愉快で仕方がないが、今は堪えるしかない。

多くの情報を集め、正しく状況を見極めなければならないのだから。

ひとまず、この日の授業は中止となり、生徒たちは教室で待機となった。

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