第18話

翌日。

「昨日送ってきたあれは、本気か?」

昼休み開口一番、オーウェン様はそう言った。

「ええ、本気です」

本当は朝にはすでに聞き出したかっただろうに、ぐっと堪えていたらしい。

思わず、成長したなあなんて婚約者らしくない思考をしてしまった。

「まあ、街をうろうろするというより、公爵家が運営している孤児院にいつものように視察に向かう感じですわ。学園から孤児院まですごく遠いというわけでもないので、歩いて向かいます」

その過程で街を見せようという魂胆だ。

もちろんいくら私の所有物、管理下と言ってもそうほいほい外に出せるものでもない。なので、信頼のある宮廷魔導士に一人ついてきてもらう。

その宮廷魔導士からは疑問やらなんやらがつらつらと書かれてはいたが、最終的には承諾する旨が書いてあった。

(相変わらず面倒くさいわねえ)

それを受け取ったときはそんな風に思ったが、来てくれるというのなら有難いことだ。余計なことは言うまい。

「陛下から許可はもらった。それ自体には問題ないが………」

オーウェン様は何やら不満そうだ。

「オーウェン様は目立ちすぎますし、宮廷魔導士を連れて行くとしても表向きはただの視察。そこ出身の宮廷魔導士を休暇、里帰りがてらの護衛。ブラウンを連れて行くのに無理矢理こじつけただけですし」

そもそも、オーウェン様を連れて行くのなら、まずお忍びになってしまうし、それ用に護衛やら公務の調整やらがあって大変面倒だ。

突発的にできるものでもないので、彼を連れて行くとなるといつになるかわからない。下手したらいつまで経っても叶わない。

これがただの公務、ただのお忍びデートなら、来週か再来週辺りに無理矢理調整することは可能だろう。しかし、残念ながら今回は魔女であるブラウンを連れて行く。つまり、どれほど調整したところで最終的な国王陛下からの許可が下りない可能性すらある。

「疚しいことは一切ありません。だから、来週はデートしますか?」

「!」

ぱっと彼の顔が輝く。

まあ、そういうことだろう。

(相変わらず、ユーリが私の傍にいるのが嫌なのね)

クスクスと笑ってしまう。

「むう、仕方あるまい。来週日曜は空けておけよ。君が誘ったんだからな」

「ええ、もちろん」

楽しみにしていますね、と付け加えれば、彼は物凄く嬉しそうに頷いた。


* * *


(ああ、オーウェン様のあの顔は反則というものだわ)

夜。思わず思い返してしまい、火照った頬を誤魔化すように顔を枕に押し付ける。

寮の自室で、身もだえてしまいそうなのを必死に抑える。

今はナーシャ様と相部屋でもあるのだから、気をつけなければ。

寮はそれなりに広く、元々2人部屋を想定されている。

共同スペースとなるキッチン付き(と言っても学食もあり、貴族は滅多に料理をしないためせいぜい紅茶を淹れる用の小さなコンロしかない)ダイニング、トイレとバスルーム、個室が2部屋。

個室にはそれぞれベッドと机、椅子が備え付けられている。

なので、今部屋にいる分には完全プライベートで、魔道具の実験も引き続きこの部屋で行っている。

正確には実験器具を移動させるのは大変だったので、そちらを私の部屋、元々私が寝泊まりしていた方をナーシャ様の部屋にしたのだ。

シーツやら枕やらを変えるだけでいいので、そっちの方が圧倒的に楽だった。

ただ、実験用の部屋はベッドにまで資料やら器具やらを広げていたので、慌てて片づけることにはなったけれど。

(ブラウンのおかげで、魔道具の開発は順調)

彼のおかげで魔力吸収の魔道具が完成したのである。

これまでは魔力を別の場所に移すことで容量を誤魔化していたのだが、魔道具を異空間に繋ぐことで大容量を得たのだ。

余計な知識は面倒な問題を引き起こすので、不必要な情報を得ないように気を付けてブラウンには質問した甲斐があったというもの。

(あとは人間に戻るための何かきっかけを掴めれば、この実験も完了する)

もちろん一人だけなので確定ではないが、これから魔女を捕獲し、同様に試すことができれば、方法としては確立するだろう。

(まあ、魔女を生み出す状況を作らないのが一番なんだけどね)

平民と貴族という隔たりが一番差別をしやすいのだろう。

まあ、その壁を取り払ったからと言って、差別がなくなるわけじゃない。事実、私の前世では貴族という階級はなかったが、それでもいじめという形で差別が存在していた。

人間とはそれほど最低で、傲慢で、強欲で、最悪な生き物だ。

そして、一人なら弱くて、どうしようもないのに、集団となるとより厄介だ。

(なんだっけ、そう、赤信号みんなで渡れば怖くない、だ)

前世のそんな言葉を思い出しながら、私はゆっくりと眠りについた。


* * *


そうして迎えた土曜日の朝。

「では、本日はよろしくお願いいたします」

「よ、よろしくお願い、します……」

私が丁寧にお辞儀すると、ブラウンもそれに倣ってぺこりと頭を下げる。

「いえ、こちらこそ………」

それに対し、お辞儀は返したもののどこか歯切れが悪いのは――――宮廷魔導士として経験を積んでいるユーリだ。

「そんなに畏まらなくても………」

「今は学園の敷地内ですよ、先輩」

彼の不満をそれで一蹴する。

「むしろ俺が畏まらないとなんじゃ………」

「お好きにどうぞ」

にこりと笑って冷静に返す。

ある種の拒絶。

ユーリもそれに気付いているのか、あからさまに不満を顔に出す。

だが、私は彼の好意を受ける気はない。言葉にされていないから、私も言葉にしていないだけ。だから、なるべく態度で示す。まあ、そのせいで言葉にしてこないのかもしれないけれど、さっさと諦めてほしいと思う。

私は貴族で、彼は平民だ。

本来交わるはずのない関係なのだから。

(まあ、こうやって利用しているのだから、あまり文句は言えないかしら)

今日、ユーリに護衛役を依頼したのは、彼が今日行く孤児院出身であることと、こうやって実績を積んでおけば、たとえ宮廷魔導士としての功績が格差のせいで劣ったとしても多少は箔がつくだろうという打算的な理由からだ。

「では、行きましょうか」

「いや、ちょっと待て。説明しろ!!」

全員が集まったので、出発しようと言ってみたが、まあ当然と言えば当然だが、ユーリが慌ててそれを止める。

「説明?魔女を人間に戻せないか実験をしていて、その一環で孤児院に連れて行きます。人間に戻れば彼はいずれあの孤児院に預ける予定ですし、要は下見ですわ」

「そうだけど、そうじゃない………」

がっくりと項垂れるユーリを無視して、スタスタと歩き出す。

「要はあなたとも兄弟になるってことですわ」

「きょうだい………?」

すると、これまで黙っていたブラウンがぱっと顔を上げて、ユーリを見る。

その瞳の奥にどこか期待しているような色がある。

「兄弟ってそんな大袈裟な………」

「あら、孤児院にいる子たちはあなたにとっても大事な兄弟でしょう?彼もその仲間入りするというだけですわ」

「まあ、そうかもだけど………」

ユーリがチラリとブラウンを見る。

ブラウンはどうやら親より兄弟に憧れがあるようだ。

当然と言えば当然だが。

(親には捨てられたのだもの。親という存在に期待なんてできるはずがない)

いずれ彼自身が親になるときが来るかもしれない。けれど、今はまだ彼は―――――

「俺とあなたは兄弟になるのですか?」

「お前が人間に戻って、うちの孤児院に来ればな」

ユーリがぶっきらぼうに言った。

あれは照れ隠しなのだが、付き合いの浅い人間が分かるかは不明なので、誤解していなければいいが。

そういった性格は再三直した方が良いと言われているはずだが、今のセリフを聞く限りあまり直ってはいないようだ。直す気すらない可能性もある。

「兄弟………」

しかし、ブラウンは気にしていないというか、他のことに気を取られているようだ。

「兄弟ってどんな感じかな」

ぽつりと零した彼の声音には、やはり期待や憧れがあるようだ。

「それは人それぞれだろ。そんで、今日はそれを知りに行くんだろ」

意外にもユーリがそれに答えた。

「そういうこと。さあ、行きましょう」

そう言って促せば、ようやく二人も頷いた。


* * *


市場を見回りながら町中を散策し、1時間ほどで孤児院に辿り着いた。

「俺、本当に大丈夫ですか………?」

しかし、いざ入ろうというときにブラウンがごね始めた。

「そんなの見てもらわなきゃわからないでしょ。さっさと来なさい」

「け、けれど………」

急に不安になったのだろう。

気持ちは分からなくもないが、

「ユーリ、引きずっていいわ」

ここでまごつかれても困る。

「え、いいのかよ………」

そう言いながらも、ユーリはブラウンの腕をつかむ。

しばらくブラウンは後ろに体重をかけるなどして抵抗していたが、やがてユーリがそれにしびれを切らして軽々持ち上げてしまった。

魔法も使えないので、そんなものだろう。

「おい、こいつ軽すぎるだろ」

そしたら驚いたようにユーリは目を見張る。

「ちゃんと食べているわよ。けど、魔女の身体だったせいか、最初はなかなか食べ物を受け付けなかったの。匂いすらだめで、最近ようやくおかゆから普通食に変わったの」

ふーん、と言いながらブラウンを降ろす。

「お前、ちゃんと食えるようになれよ。ここに住むならチビ共の食い残しとか食べさせられるからな」

その言い方は語弊があるんじゃないだろうか、と思っていると、

「残飯ってこと……?ここはそんなに苦しいのか……?」

案の定彼は不安そうにした。

違う、とめちゃくちゃ不機嫌顔をして、ユーリはあれこれ説明していく。

なんだかんだで彼は面倒見がいい。

自分が今後住むかもしれない場所の話で、興味が出たらしくブラウンも大人しくなって聞き入っている。

そして、そのまま私たちは孤児院の中に入っていった。


* * *


私たちを見とめるなり、子供たちが駆け寄ってくる。

口々に話し出す彼らの話を笑顔で聞きながら、その小さな体を抱きとめる。

「あら、大きくなったんじゃない?」

「ほんとー!?」

「やったあ」

きゃっきゃとはしゃぐ子供たち。

「おい、お前らあんまりお嬢様を困らせるんじゃねえ」

「ユーリ兄ちゃん!」

「また勉強見てー!!」

すると、今度はユーリがロックオンされる。

「分かった、分かったから!」

たくさんの子供たちにへばりつかれ面倒くさそうな顔をしながらも、振り払ったりしないのがユーリだ。

「まあ、好きに見て行けよ」

ユーリは私たちにそう言い残して、子供たちと奥へ消えて行く。

「おじょーさま、この人誰―?」

「きれいなお兄ちゃん!」

女の子たちは目敏い。

「兄ちゃん?女の人じゃねーの?」

残った勉強嫌いな男の子たちが首を傾げる。

「綺麗な男の人もいるんだよ!」

「そうよそうよ!」

「ふーん」

はしゃぐ女の子たち、興味のない男の子たちを見て、ブラウンはずっと困惑している。

「彼はブラウン。ずっと田舎の方に療養……病気を治すために別の場所にいたの。それで治ったからここに来たって感じ」

「そうなの?」

「もう痛くない?」

女の子たちは心配そうに近寄っていく。

乙女だなあなんて思いながらその様子を眺める。

ブラウンの身の上話はここに来るまでに打ち合わせ済みだ。

「ただ、彼は少し世間に疎い……ええっと、人より分からないことが多いから教えてあげて」

「わかったー!」

「はーい!」

女の子たちは元気よく返事をして、ブラウンの手を引っ張っていく。

チラリと彼は私の方を窺ってきたが、手を振って大丈夫だと示す。

「あいつ何も知らねーの?」

「生活のことはよくわからないみたい。長いことベッドの上だったから」

「ふーん」

一見すると興味がなさそうな返事だが、どうにもそわそわしているようだ。なんだかんだ面倒見がいいのだろう。

「でも、元気になったから独り立ちできるように、今は少しずつ学んでいるところなの。手伝ってあげてくれる?」

「しょーがねーなー」

そう言えば、渋々といった体を取りつつ、ブラウンの元に駆け寄っていく。

「こんにちは、お嬢様。お待たせしてしまって申し訳ありません」

とそこへリーヌさんがやってきた。

きっと誰かが知らせてくれたのだろう。

「いえいえ。みんなとお話しできましたから、大丈夫ですわ」

「良かったですわ。ところで、今日仰っていた子は……」

「さっき女の子たちに連れて行かれちゃったの」

クスクスと笑って彼らが行った方を示す。

「では、そちらに行きましょうか。ぜひ紹介してください」

「ええ、もちろん」

そうして、リーヌさんから報告を聞きながら、一緒に彼らの後を追った。


* * *


その後は穏やかな時間が流れた。

ユーリが子供たちに勉強を教え、ブラウンはそれに他の子供たちと混ざったり、洗濯物を干してみたり、昼食の下準備を手伝ったあとは一緒にご飯を食べた。もちろん、皿洗いも子供たちに教わりながらやっていた。

(危うく落としかけたときの慌て様はちょっと面白かったわね)

笑ってはいけないと思うのだが、あまりの必死さ―――その人間らしさに頬が緩んでしまった。

それでも皿を割らなかったのはさすがというかなんというか。子供たちから歓声が上がって、照れながらも嬉しそうな顔を見せていた。

(いい兆候ね)

そんな彼の様子を遠目に眺めながら、今後の計画を考える。

今回、孤児院に来て分かったことがあった。

今の彼はどこからどう見ても人間だが、幼い子供―――特に赤子は敏感らしく、ブラウンの魔女の気配に気付いてしまったのだろう。少し近付いただけで大泣きされてしまったのだ。

少しだけ寂しそうにしながらも、その後は距離を取って過ごしていた。

他の子たちは人見知りだろうと思ったらしく、あまり大騒ぎにはならなかった。

(きっと人間に戻れたら減るわよ)

言語化が難しい子たちだけなら今のところ大きな問題にはならない。

何度も訪問して同じ反応のままだと違和感を覚えられるかもしれないが、期間を空ければそこまで浮き彫りになることはないだろう。

それよりブラウンが再びここに来るときはきっと――――――

「リア」

そこで、呼ばれて思考が中断される。

「何?」

気配からユーリであるのも、近付いてきたのも気付いていたので、振り返らないまま答える。

「話がある」

「今じゃなきゃダメ?」

ユーリが不機嫌に顔をしかめるのが気配でわかった。

正直ここでは誰に聞かれるか分からない。

子供だからいいかと思うかもしれないが、余計によくない。

子供にとって秘密とは、何よりも甘美な果実だ。言わないようにしなければ、と思えば思うほど、誰かに言いたくてたまらなくなる。つまり口止めは無意味。

内容の理解ができなければ余計に口が滑るだろう。知りたいと考えるから。

「送り届けたらすぐ帰る気のくせに」

「話があると言うならちゃんと聞くわよ」

「はっ、どうだか」

しかし、とりあえずここで話すのはまずいと一応は理解しているのだろう。それ以上食い下がることはなかった。


* * *


そうして、夕方になり、子供たちとブラウンは互いに惜しみながらも手を振って別れた。

予定より長居してしまったので、帰りは馬車を呼んだ。

朝の不安そうな顔と打って変わって、馬車に乗り込んだブラウンはとても晴れやかな顔をしていた。

「僕、今日ここに来てよかったです」

馬車が走り出すなり、ブラウンはそう言った。

「そう。ならよかったわ」

「僕、人間に戻れたら、あそこに住む、んですよね……」

「ええ。でも、残念ながら、ずっとじゃないわ。本当はあなたを引き取った私がちゃんと独り立ちするまで見ることができれば良かったのだけど」

「いえ、十分です。じゃあ、人間に戻ったら、僕はあそこで将来を考えればいいんですね……」

きっと今の彼に人間に戻った後のことまで考えるのは難しいだろう。

知らなければ、答えを得られない。

彼は今日、ようやく人間として生活する日々の一端を知ったにすぎないのだから。

「急ぐ必要はないけれど、時間は有限だから、いつかは答えを出さなければならないわ」

「はい、お嬢様」

「ひとまず、私が卒業するまでにできる限りのことはしてあげる。その過程で、少しでも興味が出たこと知りたいと思ったことがあればすぐに言いなさい」

「はい」

ブラウンは顔を綻ばせる。

(ああ、表情が増えたなあ)

以前はどこか緊張した様子で、どの表情もぎこちなかった。けれど、今はもう自然に笑い、泣いて、怒って、本当に―――本当に楽しそうで。

そして、

(靄が薄くなったわ)

彼の心臓に巣食う黒い靄。それが明らかに薄くなった。

彼の人間に戻りたいという願いが強くなったからだろう。

だが、やはり根強く、今はまだ引っこ抜くには至らないだろう。

「じゃあ、ユーリが話あるみたいだから、ブラウンは先に帰っていいわ。慣れないことばかりで疲れているでしょうし、今日は早めに休みなさい」

「は、はい」

ブラウンが馬車を降りるなり、私はそう告げた。

彼は頷いたものの、不安そうにユーリを見ている。

まあ、それもそうだろう。帰りの馬車の中、ユーリはずっと不機嫌な顔をしていたのだから。

「大丈夫よ」

「分かりました……」

私が微笑んでそう言えば、ブラウンはようやく寮に向かって歩き出した。

「さあ、行くわよ」

ブラウンの姿が見えなくなってから私も馬車を降りる。

「ここでいいじゃないか」

「馬鹿なの?そんな密室で男性と二人きりなんて問題しかないでしょうが」

馬車から降りないまま言ったユーリを一刀両断する。

「それに、私は今、オーウェン様―――王太子殿下の婚約者よ。あなた、不敬で死にたいの?」

さらに冷ややかに言い募れば、渋々彼は馬車を降りる。

「本当はブラウンがいればいいかと思ったけれど、どうせ彼も絡むのでしょう?」

「じゃあどうするんだ」

「第三者がいればいいの、信頼できる、ね」

そして私たちは、学園の女子寮に向かった。

「一旦ここで待っていて」

私はそう言って、伝言蝶を飛ばす。

彼から話がある、と言われたあと、馬車を呼ぶついでにその人に伝言蝶を送り、了承を得ていた。

今送ったのは女子寮の前に着いたことを知らせるためのものだ。

「お待たせしましたわ」

「ありがとうございます、トリニティ様。助かりますわ」

しばらくして、やってきてくれたのはトリニティ様だ。

ミア様にも声をかけたが、残念ながら今日は婚約者と出かけているらしく、今日は王都にある屋敷に帰るらしい。

この機会に婚約者の様子が分かればいいが。

「いえいえ。このくらいお安い御用ですわ」

「では、ユーリ。話しましょうか」

にこりと微笑むトリニティ様に微笑み返して、私はユーリに視線をやる。

「え、あ、ああ………」

ぽかんとしていたユーリがハッと我に返る。

「あの、俺………」

「却下に決まっているでしょう」

彼の言わんとしていることを理解して、先に封じる。

(大方、誰にも聞かれたくないとか、二人きりが良いとかそんなところでしょ)

だが、何度も言うように二人きりなど許されない。

ブラウンを含めた三人でいたのだってギリギリだ。

彼は平民だからその辺りの貴族の事情というか噂話がどうなのかは詳しくないだろう。けれど、恋人でもない男女が二人きりでいるのはあらぬ誤解を招くことくらいは理解できるはずだ。

「けど………」

「トリニティ様はあれこれ言いふらす方ではないわ。それに、どんな理由であれこれ以上は譲れないわよ。それでも尚、二人がいいとかぬかすのなら、あなたの話を聞くことはないわ、永遠にね」

「…………」

じろりと睨むと、ユーリはようやく諦めたようで、肩を落とした。

「まず、あの魔女の話だ」

「話すことはないわ」

「なんでだよ!?」

しかし、次の瞬間私は彼の話を拒絶した。

ユーリは訳が分からないとばかりに声を上げたが、それが余計に私を苛立たせた。

「彼の名は言ったはずよ。そして、彼が人間に戻ったらあの孤児院に入る。別に名称はなんでもいいけれど、要はいずれ家族になる人に対して、いつまでそうしているつもり?」

「で、でも!!今はまだ魔女だろ!!」

「だから?」

「………っ」

確かに彼はまだ魔女だ。けれど、もうほとんど人間なのだ。そして、今日一日孤児院で過ごした彼を見て、何をもって人間ではないと断じるのか。

正直、彼は体が魔女寄りであるだけで、最後の一手をどうにかできればもう人間に戻るのだ。あれほど、楽しそうに笑い、初めてのことに戸惑い、他の子供たちと同じように皿を落としそうになって慌てる様子だって、周囲と何一つ変わらないのに。

「あなたみたいな人のせいで魔女が生まれるのよ」

ぼそりと零した言葉に、ユーリは固まっていた。

「ねえ、どうして魔女が生まれると思う?」

「それ、は………」

「学園でも習ったでしょう?今のあなたは宮廷魔導士なのだから、魔女になりやすい人がどういう人なのかもよく知っているはず」

魔女は負の感情が膨れ上がると、なりやすくなる。

魔に魅入られやすくなる。

そして、

「本人の意思とは無関係なのよ」

魔力を持たない平民が多くなりやすい。

「……………」

「人を殺すことを許すという話じゃない。けれど、だからと言って魔女になってしまうのは本人のせいじゃない。周りのせいなのよ」

ぐっと拳を握る。

腹立たしい。

ユーリなら、彼なら、と思った私が間違いだった。

貴族の多い宮廷魔導士の世界で、平民の彼は虐げられやすい。

ある種、宮廷魔導士団にいる平民たちは魔女に堕ちやすい。未だに宮廷魔導士から魔女が出たという話がないのは魔力があるからだ。魔力が魔を自然に撃退する。正確には、すでにある魔力と魔の持つ魔力は相容れないのだ。

「もうあなたに期待はしないわ」

「っ違くて!!俺はただ――――」

「私を心配して、なんてぬかす気?余計なお世話だし、あなたには関係ないわ」

彼の伸ばしかけの手を叩き落とす。

「お前は知らないんだ!!魔女がどれだけ残虐かを!!!」

「知っているわ」

「は………?」

「知っている、と言ったの。どうして知らないと思うのかわからないわ。学園で出た魔女を殺したのも、ブラウンを捕まえたのも私なのに?」

はく、とユーリの口から空気が漏れる。

「言っておくけど、学園で出た魔女よりも前に、私は何度も魔女と対峙し、倒しているわ」

「!!?」

ユーリの瞳が動揺に揺れる。

「本当にただ、心配だったんだ………」

辛うじて絞り出された声。

「心配される謂れはないと言っているでしょう。まあ、勝手に心配するのは構わないけれど、だからと言ってあなたが私にあれこれ口を出す権利はないわ」

「ぐ………」

「あなたと私の関係は、ほぼ他人なのよ。公爵家が経営する孤児院の一つを私が主体となって経営していて、そこにあなたがいただけ。特別でもなんでもないのよ」

彼は顔を伏せて、拳を握り締めている。

それを冷ややかに見て、私は彼の言葉を待つ。

「俺、は………」

ぐ、と一度唇を引き結んで、目を上げたユーリには一つの決意があった。

(無駄なことを)

けれど、やはりというか、私の心は余計に冷え込んだ。

「俺はお前のことが好きだから、だから心配なんだ。何かしてやりたいって思うんだ………!!!」

「そう、迷惑な話ね」

「…………っ」

想定通りの言葉に私は一刀両断、切り捨てた。

「ハッキリ言っておくわ。私はあなたの気持ちには応えられない。あなたのことは好きじゃないし、今の話でむしろ嫌いになったから」

そして、キッパリと拒絶する。

「そんなに、あの王子様がいいのかよ………っ!」

「なんてことを………!!!」

ぼそりと言ったユーリの言葉に、流石にこれまでずっと黙っていたトリニティ様が怒りの声を上げる。

きっとここまでずっと耐えてくれていたのだろう。彼の態度も言葉も到底平民が貴族に対するものとしては許されるものではないからだ。

「あなた、不敬罪で捕まりたいの?今すぐ言わなかったことにするのならこの1回限り、見逃してあげるけれど」

今ここには私たち三人しかいない。

だから、昔から面倒を見ているという情からなんとか怒りを抑えてはいるが、正直先にトリニティ様が声を上げていなければ、とっくに彼を殴り飛ばしている。

「…………」

「さっきの言葉に答えてあげるわ。あの王子様じゃなきゃダメなのよ」

私の言葉に、ユーリはゆっくりと顔を青くしていく。

彼への想いは真っ先に彼に伝えると決めている。こんなところで、言葉にするわけにはいかない。けれど、完膚なきまでに振らなければならない。

「そして、簡単に人の期待を裏切り、自分のことしか考えていないような人は、この先何があってもお断りよ」

「…………っ」

「さ、宮廷魔導士様。不敬罪で捕まりますか?それとも謝罪しますか?」

「…………っ軽率な発言でした。申し訳ありませんでした」

彼は耐えるように、けれどしっかり深く頭を下げた。

「謝罪を受け入れます。トリニティ様もよろしいですか?」

「私は何も聞いていませんわ」

彼女は不満そうではあったが、ここは引き下がってくれた。

「では、ユーリさん、さようなら」

「え」

にこりと笑って言うと、ユーリは面食らって固まった。

「二度と会うことはないでしょう。あ、それは言い過ぎかもしれませんが、しばらくは顔を見せないでくださいます?」

笑顔のままそう告げれば、彼の表情は絶望に染まる。

「あなたは私の信頼を失った。残念ですわ、あなた優秀だったのに」

冷ややかに、厳しく告げる。

「あなたの夢、叶うといいわね」

皮肉気に言えば、彼はばっと顔を上げた。

サファイアの瞳とかち合う。

これが最後だ。

「関係、ないだろ………」

ようやく絞り出された声。

しかし、何もかも遅すぎた。彼は選択を誤った。

「関係はあるわ。きっとね」

そう言い残して、私はトリニティ様に「行きましょう」と言って寮へと向かう。

トリニティ様はただ黙ってついてきてくれた。

ユーリが何やら喚いているが、もう何も私には届かない。

(残念よ、本当に)

私の脳内リストから、ユーリのあらゆるフォローが抹消される。

彼の夢は今、遠退いた。いや、完全に零れ落ちた可能性もある。零れ落ちるか、遠退いただけでいつか掴めるかは彼次第だろう。

寮の扉が閉まったとき、私の中にユーリという青年の存在は完全に消えた。


* * *


翌日、日曜日。

昨日は最後まで付き添えなかったため、念のためブラウンの顔を見に行く。

「そう、ですか………」

そこで気になっていたであろう、昨日のユーリとの顛末を包み隠さず伝えた。口止めは必要だが、ある種当事者なのだから問題ないだろう。

ブラウンはしばらく申し訳なさそうに俯いていたが、最後まで聞くと今度は怒りに眉を吊り上げていた。

「ユーリさん自業自得じゃないですか!!王太子殿下に対しても、お嬢様に対しても失礼です!!!」

きっと、彼は身近で私たちの仲を見てきたからこそ怒りが抑えられないのだろう。

「僕のことを魔女って呼んだのは別にもういいです。事実ですし、お嬢様が怒ってくれたのなら、僕はむしろ嬉しいくらいです」

「当然のことよ。自分の所有物だもの」

私がお道化て言うと、ブラウンは本当にうれしそうに笑った。

「けれど、何も知らないのに王太子殿下のことをひどく言ったのは許せないです。きっと良いお兄ちゃんになると……いえ、実際に孤児院の子供たちにとっては良いお兄ちゃんだったのでしょうけれど、僕にとってもそうなると信じていたのに………」

自分はまだその中に入れなかったのだと寂しそうに彼は視線を逸らす。

「ブラウンのせいじゃないわ。あなたを必ず人間に戻すと約束した。それを違える気はない。馬車の中でもそう説明したのに、アイツはそもそも聞く気がなかったのよ」

だから、ブラウンは何も悪くないとキッパリと伝える。

「あそこの孤児院はもう嫌かしら………?」

「いえ、彼一人のせいであそこじゃなくなるのは嫌です。他の場所が同じように受け入れてくれるとは限らないから」

「そう、分かったわ。まあ、彼は当分孤児院には戻れないでしょうね」

私の言葉に彼はきょとんとした。

「何故なのか、聞いても大丈夫ですか?」

そして、恐る恐ると言った様子で確認してくる。

思わずクスリと笑ってしまったが、細かくは言わないでおくがぼんやりと分かれば彼には十分だろう。

「私の―――正確には公爵家の庇護がなくなったからよ」

昨日あのあとすぐ、彼の仕事ぶりについて報告を上げている。

途中までは問題なかったが、最後で私情を挟んできた、と。

要するに彼は公爵令嬢が直々に指名を受けて行った任務にも関わらず、私情を挟んでまともにこなせなかった問題児という烙印を押されたわけだ。

どうなるか、なんて容易に想像がつく。実績どころの話ではない。

そして、きっともう公爵家の庇護がない彼など、何の価値もない。

「ああ、なるほど。でも、自業自得ですね」

ブラウンはそれだけでなんとなく理解したらしい。彼自身も今、私の庇護下にいるからだろう。

「まあ、もう終わったことだからあまり気にしないでね」

「元からそんなに気にしていませんけれど、分かりました」

ブラウンの様子に少しだけホッとする。

伝えない方が良かったかもしれない。

けれど、こういうことは今後もあるだろう。どれほど隠したって秘密というものは暴かれるものだから。

だから、一つの事実として伝えた。

それでも、彼が傷ついた様子を見せなかったことに安堵する。全く傷つかない、というわけではないだろう。

けれど、それを乗り越えることができるなら、大きなダメージとしないのなら、彼は再び魔に魅入られるということにはならない。

人間とはそういうものだ。

どれほど悲しいことや辛いことがあったとしても乗り越えなければならない。

そのための術を、あり方を教えたい。

(少なくとも私はそうありたいと思うし、親しい人にはそうあってほしいと思う)

家族にも、友人にも、そして――――婚約者の彼にも。

「これからも教えられることは全部教えるわ」

「はい、よろしくお願いします」

私たちは互いに微笑み合った。

こうして、波乱の週末が過ぎていった。

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