第7話

そして、入学式当日。

にこやかに式場への案内をし、ナンパをしてくる愚図共は無視する。しつこいようなら放り出すが、それだけだ。

入学式が始まったあとは終わるまで休憩だ。

ふぅ、と息をついて窓の外を見やる。

ひらひらと桃色の花が舞う。

桜だと思うが、毒草や薬草以外の植物にはあまり詳しくない。

異世界なので、ときどきよく似ているけれど、名前が違う物があったりする。

「サクラが好きなのか?」

声をかけられて、振り向く。

来ていたのには気付いていた。だが、私は窓の方を向いており、普通は気付かないので、声をかけられるまで知らないフリをした。

「御機嫌よう、殿下」

まずは挨拶をして、質問に答える。

「そうですね。綺麗なので、好きです」

改めて窓の外に目を向ける。

ひらひら、ひらひら。

舞い散る桜。

(桜は一緒なのね)

懐かしんでもいいのだと思い、口元が緩む。

「なら、サクラの花束でも、送ろうか?」

「いえ、いりませんが」

サクラの花束だなんて初めて聞いたが??

思わず確認してしまうが、ちゃんと木からひらひらと舞い落ちている。

やはり花束というのは謎だ。苗木とか、枝とか、あとはなんだ、盆栽か?それならわかるが、それともそういうものも含めて花束と称しているのか?

(謎だわ………)

断られて王太子様は目を丸くしている。

「そんなに驚くことですか」

思わず苦笑する。

「いや……そう、だな」

否定したのか肯定したのか、よくわからない答えが返ってきた。

「今年はご挨拶しないのですか?」

気になったのでついでとばかりに聞いてみた。

「しないが………?」

まあ、ここにいるので当たり前か。

「殿下は首席、だったのですよね?」

「いや?」

「あら、では去年のご挨拶は何故殿下だったのです?」

向かいの席を促すと、彼は一瞬躊躇したがそこに腰かける。

「首席の奴が風邪だかで欠席することになって……」

「まあ、前もって連絡が?」

そんなことあるのだろうか。

そう思っていると彼は苦々しく告げる。

「ああ、入学式の前日に学園に連絡があって、すぐ王城まで知らされた。次席の奴にやらせればいいと言ったんだが、急なことで準備ができないだろうと言われて……」

「殿下でも同じではないのですか?」

思わず言ってしまったが、すぐに理由はわかる。

王太子様であれば、別に問題ない、前日には知らせたのだから余裕で用意できると踏んだのだろう。

「ああ、でも、これもいい訓練になるとかなんとか言われて、仕方なく引き受けたんだ……」

「納得しました。ついでにもう一つ伺ってもよろしいですか?」

「ああ、構わないが」

「ありがとうございます。殿下の実力ならSクラスでもおかしくないかなって思うのですけど、何か理由があったりしますか?」

それは入学式の挨拶のときのように。

「ああ、それはまあ……」

「?」

ジト目で見られて、私は素知らぬ顔で首傾げる。

「王族の、習わしというか……」

「まあ、そうだったんですの。想像していたのや聞いていた噂とはやはり違うのですねぇ」

その考えは思い至らなかった。

私もまだまだだ。

「では、出過ぎたことを聞いてしまいましたね。失礼いたしました」

「何故謝る?」

「?気になったとはいえ、私はまだ候補ですもの。本来は早々教えるものではないのでしょう?」

こてんと首を傾げる。

「というか、噂になっているのか……」

「あら、当たり前ではありませんこと?優秀と謳われる次期国王陛下のことですもの」

まさか知らなかったというのだろうか。

「その、噂というのはどんな……?」

「ええと、新入生代表挨拶をしたことからにも絡むのですが、実力は確かだが、よりよい人材が育つように譲ったためだとか、学園側が気を遣ったとか……」

思い出しながら言う中、王太子様の眉間にどんどんしわが刻まれていく。

私が言ったんじゃない!

「ああ、あとは婚約者候補の中に気になる者がいて、それで………」

私の言葉はそこで途切れた。

王太子様の顔が熟れたトマトのように真っ赤になっていたから。

「あの………?」

いや、まさか。だって、先ほど彼が言っていたではないか。王族の習わしだと……。

いやいやいやいやないないないない!!!

だって、それだと私も入ってしまう!!

やめて!!!

内心悲鳴を上げていると、ようやく王太子様がハッとして首を振り始める。

「ち、違う!!違うからな!!?」

説得力が皆無である。

「あの、ただの噂ですから……」

「うぐぅ………」

墓穴を掘ったらしい、と気付いたのだろう。

「き、君はどう考えていたんだ……?噂の通りだと?」

「ああ、いえ。気になる者がいる、というのは可能性として考えたりはしましたが、私は誰も選ぶ気がないではないかと思っていたので、公務などの関係かな、と思っておりました」

恐る恐るといった風に聞かれたので、素直に答える。

「何故?」

「何故、とは?」

「何故、俺が誰も選ばないと、そう思うんだ……?」

「何故と言われましても……」

問われても説明できるわけではない。

うーん、と首を傾げる。

「何故でしょうねぇ……」

どこか他人事のように言った。

「なんだそれは………」

思わずと言った感じで彼は笑う。

「ああ、分かりました」

うまく答えられないとつい考えてしまう私は、もう王太子様が答えを求めていないことに気付かなかった。

彼は目をパチクリとさせて私を見ていた。

「殿下が誰にも興味がなさそうだからです」

「え?」

私の答えに彼はぽかんと口を開けた。

「あ、申し訳ありません。興味がない、は言い方が良くなかったですね」

彼の表情を見て、私は慌てて頭を下げた。

「君としては悪い意味で言ったわけではない、と……?」

「ええ、うまく言えず申し訳ありません」

器用に片眉をあげた殿下に、私は眉尻を下げた。

「そうですね、殿下は平等だから、ですね」

「平等?」

言い直した私の言葉に、彼は再び目を瞬かせた。

「殿下は誰であっても平等です。興味がない、というのは誰も特別がない、ということです」

彼は目を丸くして固まった。

「そうですね、ご家族以外の女性に対して、と付け加えておきます。男性にはそれなりに重用したい、信頼している方がいらっしゃるようなので」

要するに未来の側近候補様ということ。

確か、アルお兄様かギルお兄様のどちらかが選ばれていた気がする。2人ともではない。派閥の問題もあるし、あまり偏るのも良くないだろう。そもそも私が婚約者候補であり、殿下が誰も選ばなかった場合、私が婚約者になるというのは内定している。

現公爵であるお父様の信頼があってこそだが、だからと言ってなんでも通るものでもない。

「俺は………」

「殿下にとって国は大事なのでしょう。もちろんご家族も。信頼している家臣だって大事にする」

そして、と私は窓の外を見ながら続けた。

「殿下はすべての人を慈しんでいます。けれど、全て平等に、です。王太子としては正しいのでしょう。別に人間味がないわけでもありませんし……」

問題はない。

けれど、きっと一生の伴侶を得たいと願ったとき、難しいような気がした。

誰も選ぶ気がない、と感じたのも常々平等に婚約者候補たちに接しているからだ。

まあ、愛なんて要らない、政略結婚でも国政に滞りがなければ良い、というのであればそれでも良いかもしれない。

前世では様々な恋愛の形、性志向があり、徐々に認められていったのだから。

まあ、私もそれなりに恋愛に憧れている自覚はあるので、結婚する相手がそういう人だと困ってはしまうかもしれない。

(まあ、互いに信頼関係を築けるのなら別に問題はないけれど)

私も人のことを言えないような気がしてきた。

いや、悪役令嬢の可能性があるせいだな、と思い直すことにして、ふと部屋の時計を見やる。

もうすぐ入学式が終わるだろう。

迷う人がいないよう案内をしに行く必要がある。

「そろそろ時間ですね。お先に失礼いたします」

私はそう言って礼をし、その場を辞した。

言うだけ言って去ってしまったことに、私は自分の持ち場に着いたときにようやく気付く。

(まあ、いいか)

無礼な奴と思って関わりを減らしてくれれば良し、一理あると考えて他の候補者との交流をしてくれるならなお良し。何も問題はない。

(なんて、前向き過ぎかしら?)

興味を持たれる可能性はあるが、元々他の候補者より興味があるようだったので今更かもしれない。

(でも、まだ自分は特別だと思ってはいけない)

あくまで候補だ。決定的な言葉をもらったわけでもない。

(それに………)

帰りがけも目が合った。

服装からして、貴族令嬢のようだったが、どこか垢抜けない雰囲気があった。もしかしたら、元は平民だったのかもしれない。

そして、

(私を見て少し驚いた顔をしていた)

校門を潜るとき、彼女は私を見て、一瞬目を瞬かせた。そのときはすぐに視線を逸らされたが、そのあと穴が空きそうなくらいの視線を感じた。なので、顔は校門の方に向けたまま、チラリと視線をやれば同じ人物だった。

向こうは気付かなかったらしく、一瞬見た後も見続けてきた。

流石に時間が近付いて人がまばらになると会場へ消えて行ったが。

帰りは見られ続けることはなかったが、確実に私という存在を確認していた。

(答えはもうすぐかな)

彼女のあの様子で、幼い頃からの予想であった私が悪役令嬢説はぐんと可能性が上がってしまった。

お茶会と称したお見合い、王太子様の入学、と2度の機会に現れなかった。だからこそ、可能性が下がってきたと思っていた。

(やっぱり気が緩んでくると来るのかしら)

私の幸福が脅かされそうな気配に、知らず私は身震いした。


* * *


入学式にやってきた人たちを見送り、寮に帰ろうかというところで会場の片づけを手伝ってほしいと声をかけられる。

確か、生徒会の書記を担当している人だ。

それなりに時間も経っていたので、迷うことなく頷く。

けれど、行ってみたら驚いてしまった。

王太子様が進んで片付け作業をしているではないか!

(ど、どういうこと!?)

驚きのまま、私を呼んできた生徒に目配せすると、彼も困ったように眉尻を下げるだけだ。

つまり、王太子というこの国のトップに最も近い御方が率先して動かれていることに戸惑い、止めてほしい、ということなのだろう。

(まあ、言ってやめる人でもないか)

ならば、妥協案だ。

「殿下!御身で重いものはおやめください!魔法を使うとしても、です!!周りが萎縮してしまいます!!」

殿下がちょうど物を下したところを見計らって声をかける。

「だが………」

彼はムッとして振り返る。

「ダメです」

キッパリと告げる。

「俺は大丈夫だ」

「周りが大丈夫ではありません」

「けれど」

「殿下はこちらを」

布や書類などを指し示す。

「俺は………!」

「オーウェン王太子殿下?」

私が名前を強く呼ぶと、彼はようやく従った。

「みなさんはさっさと運びますよ!王太子殿下に手を出して欲しくなければ!!」

半ばぽかんと私たちを見守っていた人たちに喝を入れる。

彼らは大慌てで作業を再開する。

私は王太子様を監視しつつ、なるべく軽いものを選んで運ぶ。重い物には風魔法をかけて浮かせるが、移動は他の者に任せる。浮かせても複数人で運ぶのが難しいほど重い物には重力魔法をかけて軽くする。

そうして、ようやく片付いた。

なんとか王太子様に怪我させることなく終えることができた。彼は、私が来て以降は重い物を運ばせていない。

「リア嬢」

苛立ちを含む声が私を呼びつける。

責任者であろう、生徒会長に目配せをし、他の者は帰させる。

「はい、殿下」

割と不敬なことを、というか不遜な物言いになった自覚はある。けれど、

(自覚が足りないのは殿下もだわ)

言い方が悪くとも、間違ったことは言っていない。

なので私は、真っ直ぐに彼の空色の瞳を見据える。

彼の文句の前に確認が必要だ。

「お怪我は?」

「ない」

彼の言葉にひとまず安堵する。

ちょうど出ていくところだった生徒会長と目が合ったので、頷くことで問題ないことを示す。

彼に視線を合わせると、王太子様は口を開いた。

「俺は、か弱い存在ではない」

「存じています」

「コントロールだって、問題はない」

「はい」

「なのに、何故止める?皆でやった方が早いし、お前が使ったような魔法なら俺にもできる。何故お前が良くて俺はダメなのだ?」

私はまさかの言葉に口をあんぐりと開けてしまった。

(嘘でしょう!?)

慌てて口を閉ざす。

感情のまま言葉を発しそうにもなったからだ。

苛立ちを抑えるように数回深呼吸をする。

「オーウェン王太子殿下」

「なんだ」

彼はムスッとしたままだ。

「何かあってからでは遅いのです」

「何かなどない」

「いいえ」

私の返答が早さに、彼は訝しげに眉を顰める。

「絶対、というものは存在しません。絶対は、絶対ないのです」

キッパリ告げる。

「殿下のコントロールに問題なくとも周りの者はどうでしょう?」

「それは」

「どちらのコントロールに問題がなくとも、万が一魔法が重なり合えば?」

「………っ」

ようやく危険性が想像ついたらしい。

「そして、貴方様は王太子様です。次期国王陛下です」

彼はどこかその自覚が薄い気がしてならない。

「万が一が、いいえ億が一だとしても、危険の可能性が0.1%でもあれば、貴方は手を引くべきであり、そうしなかった場合、咎はどこに行くかわかりますか?」

「!!」

彼の表情が強張る。

「この場にいる全員であり、特に生徒会長や教師たちに向くのです」

王太子様はぐっと拳を握る。

「それは、殿下がどれほど、自分が悪い、自分の責任だと言っても、です。減刑はされるかもしれませんが、0には成り得ません」

「…………」

「手伝うな、とは言いません。でも、考えてください。というか、先ほども見えていたはずです。困惑し、萎縮した者たちがいたことを」

何故私は王太子様に説教なんぞしているのか。

だが、考えても仕方がない。

というか、本来なら問題なく事故なく行えるものを王太子なんていう身分がめちゃくちゃ高い者も一緒にやる、なんてなったら緊張から手元が狂うに決まっている。

突然来たのならなおのこと。

「私、なんてここに呼ばれたか知っていますか?」

「いや………」

「ただ片付けを手伝ってほしい、とだけ言われてきたのです」

私の言葉に彼は驚いて目を見開く。

「私は殿下の側近ではありません。婚約者でもありません。だから、私を呼ぶよう指示した者も、実際に呼んだ者も、王太子殿下を止めてほしい、とは言えなかった」

王太子様にはまだ側近はついていない。候補は何人かいるだろう。本来ならとっくに側についていてもおかしくはないのだが、気ままでいたいのだろう。彼はまだ誰も傍に置いていない。

「それでも、婚約者候補であり、公爵令嬢である私を呼べばある程度はなんとかなると考えて、私を呼んだのです」

あの場にいた者たちで殿下を諫められる者はいない。あの中で一番身分が高かった者は現生徒会長だが、彼は実力で選ばれたのもあって伯爵令息でしかない。

多少やめてください、と言った程度じゃ彼は聞かない。実際、聞かなかったから私が呼ばれた。

つまり、彼の自覚なしの行動は迷惑を広げるだけなのだ。

「殿下、周りが止める理由を考えてください。それでも、貴方が手を貸した方が良い、と判断したのなら構いません。その場合は、きちんと誰もが納得のできる理由を言えるようにしてください」

「……すまなかった」

「それは、今日この場で片付け作業を行った者らに仰ってくださいませ」

彼の言葉を私はピシャリと跳ねのける。

結局、謝罪を口にした、ということは、今回彼は誰もが納得できる理由を用意できない、ということ。

はあ、とため息を吐いて、再度彼を見据える。

「ですが、私の言い方は良いものではありませんでした。不快にさせてしまい、大変申し訳ございません」

そう言って、深く頭を下げる。

たとえ、どれほど殿下のためだとしても、不敬罪と言われてもおかしくはない。

「あ、頭をあげてくれ!!」

王太子様が慌てたように言う。

それでも私が上げないでいると、困ったようなため息が聞こえてきた。

「君は、何も悪くない。俺の自覚の無さが君にそうさせてしまった。すまない」

「いえ、不敬罪に問われてもおかしくありませんので」

「そんなことはしない。その、きちんと教えてくれて、ありがとう」

その言葉に私はようやく頭を上げた。

「君が、先ほど言っていた、俺は平等であるが故に、興味がない、という話だが」

「……ええ」

一方的に話すだけ話したあの言葉を彼はきちんと考えていたようだ。

そのことに驚きが隠せない。

「あれはあくまで、私がそう感じている、というだけの話ですので、あまり気にしないでください……。というか、一方的過ぎました……」

これこそ不敬罪でもおかしくないのでは、と思う。

「いいや、言われたときは君からはそう見えているのだろうな、と思っただけだった。けれど、先ほどの俺の行動と、君の叱責を聞いて、こういうことか、と思った」

王太子様は苦笑を浮かべている。

「俺はどこか他人に関心が薄いのだろう。だから、他人から、どう考えられるのか、どう思われているのかをあまり考えない。知ろうともしていなかった」

「全員に気を遣う必要はありませんからね?」

何となく不安になって言う。

すると彼は、珍しく声を上げて笑った。

「分かっている。ただ、関心がなさ過ぎた、と反省したのだ」

「そうですか」

もしかしたら彼は、王太子という立場から、将来の王として、この国を治める者として、どこか装置のような感覚でいたのかもしれない。

「王だって人間です。人間の部分を捨てすぎれば、いずれ臣下から民から捨てられます」

ポツリと呟くように言った。

「そう、だな。王族も人間だな」

彼はふ、と笑みを零した。

私もそれにつられるように、口元を緩めた。


* * *


王太子様が送る、というのでお言葉に甘えて女子寮の前まで送ってもらった。

「ありがとうございます」

「いや、むしろ長く付き合わせてしまって悪かった」

「お気になさらず。結構言いたい放題だった気がしますので」

私は肩を竦める。

「ふ、そうだな。でも、俺の不甲斐なさのせいだから、気にすることないように」

「ええ。ですが、殿下も、ですよ」

「ああ、わかった」

素直に頷かれて拍子抜けする。

(余程効いたのかしら)

反省してくれるのなら何よりだ。

私も、彼への言動を反省しなければ。

「では、おあいこですね」

「おあいこ?」

「お互い様ってことです」

耳馴染みのない言葉だったらしく、キョトンとした顔が少しかわいらしかった

(あ、これはやばいかも)

頭の奥で警鐘が鳴り響いて、私はいつものようにカーテシーをする。

「では、殿下。本日はお疲れさまでした。また明日」

「ああ、また明日」

「御機嫌よう」

にこりと微笑んで、私は寮へと入る。

(まだ視線を感じるわ)

振り返るのをぐっと我慢して、穴が空きそうなほどの視線に耐えるのだった。


* * *


翌日。

今日から学園は通常通りのスケジュールだ。

昨日入学したばかりの1年生たちはオリエンテーションなどだろうが、2年生以上は授業が始まる。

友人たちと途中で別れ、Sクラスの教室に入る。

「リア様!!!」

と、教室に入るなり、ものすごい剣幕のナーシャ様が飛んできた。

あわやぶつかりそうになった。

「昨日!!」

「御機嫌よう、ナーシャ様」

ここで、そんな大声で喋り出す気か。

私は冷ややかに彼女の言葉を遮るように挨拶をした。

それで我に返ったのか、彼女は口を噤む。

「昨日は入場時の案内だけで帰られたのでしょう?何が気になるのです?」

わかってはいるが、あえて知らないフリをする。

帰りだって仕事はあったのに、どうせ帰りは大したことはないととっとと帰ったのだろう。放棄したくせに、あとで文句を言ってくるとは何事か。

嫌みも含まれた言葉に、ナーシャ様はさらにその目を吊り上げる。

「オーウェン様のことですわ!!」

声は抑えられているものの、席の近い者には聞こえるだろう。

ため息を一つ零して、防音の結界を張る。

「王太子殿下がどうかなさいました?」

「恐れ多くも彼を怒鳴りつけたとか!よくものこのこと学園に来られましたわね!?」

「それについては殿下より直接お許しを得ています。すでに終わったことです。そして、貴女には関係のないことです」

怒鳴りつけた、は少し違うが、まあそんなに大差はない。だが、許してもらっているし、陰で言っていたのではなく、直接告げたものならば、既にここにいるわけがないのだ。

(やっぱり魔法の能力は高くても、頭の方は残念ね)

あの場にいた生徒会役員たちはきっと何も言っていないだろうから、それ以外の手伝いの生徒たちから漏れたのだろう。

(あれ、これ悪役令嬢の第一歩にならないかしら)

ふとそう思ったが、殿下が直接関わっているので問題ないと判断する。

「まったく、オーウェン様の優しさに甘えて……!!」

(彼女、いつから名前呼びを許されたのかしら?)

お茶会には学園入学以降あまり参加していないので、もしかしたら全員に許可をしている可能性もあったが、平等な王太子様なら参加していなかった候補にも許可を出すだろう。

許可された記憶がないことから、きっと勝手に呼んでいるのだろう。

(殿下の前でもそう呼んでいるのかしら?)

ないな、とすぐ否定する。

何故なら、彼女だけが王太子様の名を呼べるのなら、きっととっくに噂となっているはずだから。

私はもういいか、と思って防音の結界を解除する。

「そういえば、ナーシャ様。いつからそんな気軽に王太子殿下をお呼びになっていたのかしら?」

「は?」

「知りませんでしたわ。いつの間にそんなに親しくなったのです?」

「そ、それは………っ」

彼女は吃驚するくらい簡単に狼狽した。

「許可を得てない、なんてことはありませんわよね?」

にこりと微笑む。

彼女が怒りに顔を真っ赤にして、反論をしようとしたが、チャイムが鳴り、すぐに教師が入ってくる。

そうなるともうナーシャ様も口を閉じるしかない。

同じクラスのナーシャ様の相手は面倒だが、彼女さえ気をつければ別にどうということはない。

(あとは昨日のあの子がどう動くか、ね………)

きっと始まったのだ。

乙女ゲームが。

悪を排除するシナリオが。

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