第6話

昇級試験は年2回、長期休暇前に受けることができる。と言っても締め切りが当然あって、長期休暇のひと月前がその締切日。

夏前に受けると、夏季休暇明けから移動になるが、冬前に受けると来年度になる。

冬休みは夏休みより長く、春になるまで休みだ。前世の私が知ったら大喜びだろう。それだけ長いのは社交シーズンでもないことに加えて、領地に帰る生徒もいるからだ。雪が深くなる場所もあるので、ただでさえ片道に何日もかかるのに、雪でさらに日数がかかってしまう。そこを往復しろ、は酷なので、春まで休みになるのだ。夏は社交シーズンで残らなければならなかったりするが、冬はその必要がないので、帰省する人がほとんどだ。王都に居続ける理由がない。むしろ、冬は領地で家族と過ごすのが当たり前、みたいなところがあるので、学園もそれに合わせて授業を組む。(ちなみに、卒業式は春先に行われる)

つまり、噂も広がりにくく、すぐにバレない冬前に私は受けることにしたのだ。そして、締切日当日に申し込みに来た。

「では、これにて手続きは完了となります。あとは昇級試験をクリアすれば、来年度から貴女はSクラスとなります」

「はい。ご丁寧にありがとうございます」

にこ、と微笑んで会釈する。

これで私の昇級の手続きは完了だ。

試験が残ってはいるが、まあ問題ないだろう。

今の担任教師に実力を見てもらい、許可が下りれば昇級の手続きができる。

試験は担任教師が買収されていないかを確認するだけのおまけのようなもの。

そんなことをしていなければ、基本的に昇級は通る。

(思っていたより緩かった……!)

もっと実技を見られるとか、筆記試験があるとか、ここまでの成績が、とかめんどくさいかと思っていたのだ。

(まあ、簡単であるのは有難いことね)

前向きにそう結論付けて、私は教室へ向かう。

あとは王太子様がどう出るかだ。

私の昇級は家族以外には話していない。

とはいえ、王宮に努める父や兄たちから王太子様に漏れる可能性は十分にある。

(まあ、一応口止めはしたけれど。せめて決まってから話して、とはお願いしたけれど)

どこまで効力があるのかは謎だ。

特にギルお兄様。

うっかり口を滑らせそう。いや、絶対滑らせる。

もし滑らせたら次回似たようなときに絶対ギリギリまで内緒にする。

そんな不安を抱えながら、私は歩を進める。


* * *


それから無事に試験日を迎えた。

魔法実戦の授業で定期的に王太子様にいつ昇級する気なのか、と問われるようになった。

もちろん、教師たちが決めることだからと躱し続けた。

そう問いかけ続けるということは、彼はまだ私が昇級試験を受けることを知らないのだろうか。

試験会場には私と試験官たち以外いない。

まあ、王太子様が試験を受けるとしても、同じ会場にはしないか。

「よろしくお願いいたします」

一礼して、すっと対戦相手である試験官を見据える。

それを他の試験官たちが固唾を飲んで見守る。

試験官が誰になるのかは当日になってようやく知る。要するに、日時と場所しか知らされない。

試験内容も不明だったので、調べようか悩んだが、実力主義なのだし、魔法に関連することだろうと今まで通りコントロールの訓練を続けた。

そして、考えは間違っていなかったらしく、対戦形式だった。

複数いるのは万が一試験官を調べられてしまったときの対策か何かだろうか。

普段の授業と違い、これほどまでに注目されるのはやや緊張する。

だって、この王立魔法学園で教鞭を振るうプロたちなのだから。

―――なんて、心配していたが。

「素晴らしい!!」

「ここまでの実力とは………」

「これはもっと早く昇級してあげるべきでしたね」

「もしかしたら最初からSクラスでも良かったかもしれない」

ほぼ瞬殺で試験官を伸してしまった。

まさかここまで実力差があるとは思っていなかったのだ。

もちろん全力ではない。

まだ試しで30%くらいしか出していないのだが。

50%くらいまでは行けると思ったのだが。

想定外なのだが。

こっそりとため息を吐いて、次年度からの説明を受けるのだった。


* * *


それから数日後。冬休みに入り、私はイツメンを屋敷に呼んでお茶会をしていた。

二人もこれから領地に帰るとのことで、今年最後のお茶会になる。次は冬休みが開けてからになるだろう。

なので、ここで昇級について、トリニティ様とミア様に話した。

二人とも自分のことのように喜んでくれた。

自慢のようになるからあまり大声では話したくない、と言っておけば、二人も言いふらさないことを約束してくれた。

もちろん、嘘をつかせるのは申し訳ないので、聞かれたときは答えていいと言ってある。

すると、ふとミア様が私を見て問いかける。

「そういえば、リア様聞きました?」

「?何を、です?」

何か気になっていたことがあるのだろう。ただ、なんのことかがすぐにわからず首を傾げる。

社交界での噂なら色々聞いているが、何しろ色々ありすぎて情報があって、どれなのかが分からない。

「王太子様がAクラスである理由ですわ」

「ああ……」

そういえば、色々な憶測が飛んでいた気がする。

新入生代表挨拶をしていたのに、Aクラスであるのは何故なのか。

曰く、実力が足りていないが、王太子という身分から学園側が気を遣った。

曰く、実力は確かだが、よりよい人材が育つように譲った。

曰く、婚約者候補の中に気になる者がいて、あえてAクラスである。

等々、実に様々で3つ目の婚約者候補に関するものがわりかし有力だったりしている。

「まだその話で盛り上がっているのですね」

トリニティ様が苦笑した。

「まあ、王太子殿下の話ですもの。皆様が注目する気持ちは分かりますわ」

ふふ、と笑みを零して、紅茶を口に含む。

「リア様は何か聞いていませんか?」

この中で婚約者候補は私だけ。Aクラスの中には私の他に2人ほどいるが、接点が少ないので、王太子様と彼女たちがどうなのか知らない。

「私は聞いていませんね。確かに婚約者候補の中に気になっている令嬢がいるから、という想像はわからなくもないですが、それならば話が進んでいたり、親し気な様子を誰かしら目撃しているかと思いますわ」

「確かに」

私の言葉に二人は納得したように頷く。

学園という閉じた世界。

けれどそこは、小さな社交界ともいえる。

あの中での勢力図が将来にも影響するのは必然。

そして、あの場で誰にも知られない、は正直難しい。

多くの人の目があり、多くの人が聞き耳を立てている。

王太子様は未だに婚約者候補と定期的にお茶会をし、社交界では全員と平等に踊る。

誰にも決めていないのは明白だった。

これは私の考えだが、もしかしたら彼は誰かに決める気はないのかもしれない。

もちろん、王太子という立場上、結婚しないは許されない。

(このままだと私になるんだけれど、彼はいいのかしら……)

王立魔法学園に入学する少し前に王家から打診、というか命令が来ている。

『オーウェン・ビー・サンライト王太子殿下が学園卒業まで誰も選ばなかった場合、リア・ドゥ・ルーン公爵令嬢を婚約者とし、2年間の王太子妃教育の後、婚姻を結ぶものとする。』

とはいえ、私は公爵令嬢なので拒否は可能だ。もう一つでも爵位が低かったら難しかっただろうが、そもそもそれならこの命令自体来ないか。

まあ、王太子様に不満などはないので、お父様には受け入れる旨を伝えている。

私以外の候補者から選ばれたらその話は流れるだけし、その後の嫁ぎ先についても心配する必要はないだろう。候補者というだけで選ばれなくても優秀である、ということで価値はつく。そもそも候補なのだからなんの瑕疵にもならない。あとは彼自身の好みの問題だし。しかも私は公爵令嬢なのでより価値が高まるというもの。悪いようにはならないだろう。

候補者以外から選んだ場合は側妃に召し上げられる可能性は残るが、まあ元からその可能性は考えていたので別に問題はない。

「リア様はそれでいいの?」

「何故?」

「何故って………」

ミア様の言葉が私にはわからずに首を傾げる。

「だって、ルーン公爵家唯一のご令嬢でしょう?クラスも同じなのだし、リア様が選ばれるべきなのでは?」

「まあ、そうかもしれないけれど」

「リア様は選ばれたくないの?」

どうやら心配されているようだ。

まあ、王太子様の態度はあまり良いとは言えないのでわからなくもないが。

「選ばれれば光栄だとは思いますわ。けれど、周囲に促されるまま婚約者となったとしても、お互い納得しないでしょう?」

私は困ったように頬に手を当てる。

「王太子殿下がご自分の意思で選ばれたのであれば私に否やはありませんわ。でも、流された状態ですときっとご不満が出てしまいますもの。だから、立場だけで選ばれたくはないですわね。せっかくご自分の意思で選べるのですから」

「リア様は選ばないの?」

トリニティ様の問いかけに私はうーんと悩むふりをする。

「私は公爵令嬢ですが、拒否しなかっただけですわ」

別に候補すら嫌だと言えばそれが通る。

候補なのだから、嫌がっている者をわざわざ入れる必要はない。

選ばれるなら彼の意思で選んでほしい。

その結果選ばれなくても別に問題はない。

「元々選ばれたとしても嫌だと言えば、流れる話ですわ」

つまり、私はすでに選んでいる。

彼の婚約候補であることを良しとした。

彼の婚約者になってもいい……いや違うわね。

叶うならなりたいと選んだ。

けれど同時に、結果がどうなろうとそれを受け入れる選択をした。

ただ、それだけだ。

「そう……。リア様がそれでいいなら、私たちがこれ以上口を出すことではありませんわね」

「心配してくれてありがとうございます」

にっこりと微笑んで言えば、二人も照れたように笑った。

その後は他愛もない話をして、陽が傾き始めた頃には寮の自室前でそれぞれ解散となった。

少しみっともないが、ベッドに軽くダイブする。

寮で自分だけの部屋だからこそだ。

屋敷の自室じゃサラや他の侍女やメイドの目もあってあまりできない。

みっともないと叱られてしまうだろう。

けれど、前世の記憶があるが故か、たまにこうした行動を取りたくなってしまう。

(今だけ今だけ……)

なんて言い訳をして、うとうとと緩やかな睡魔に身を任せた。


* * *


そこはどこか見覚えがあった。

すぐに学校だと分かった。

おそらく自分がいた、教室の一つだろう。

そして、懐かしいと思った。

(ああ、ここは………)

それに思わず目を細める。

もう二度とここには戻れない。

そもそもとっくに卒業しているというのに。

感傷的になっていることに思わず自嘲した。

(そうだ、今の私は………)

現実を想う。

そうしたら誰もいない教室に、ここにいるはずのない“彼”がいた。


* * *


ふと目が覚めて、起き上がる。

窓の外はすでに真っ暗だ。

カーテンを閉めながら、部屋の時計に目をやると夜の8時ころ。

休日なのもあって、寮の食堂は既に閉まっている。

夜だし、軽くでいいかとサリーたちの家や孤児院に行った帰りに買ったお菓子を開けて少しだけつまむ。

夢の内容はもう覚えていなかった。

(懐かしい、感じがしたなあ………)

思わず口元が綻んだ。

割と早死にだったので、前世には少しだけ心残りがあった。

(お父さんとお母さんには悪いことしたなあ……)

前世の私は一人っ子だったので、親不孝となってしまったし、二人には本当に申し訳ないことをした。

夫や彼氏といった連れ添いがいなかったことが救いだろうか。

いや、結婚して子供でも残していたら。

でもそれだと子供にも悲しく寂しい思いをさせることになる。

(せめて、両親が死んだあとだったら)

多くはなかったが、友達にも悲しい思いをさせてしまった。

(こう考えると意外と未練が多かったんだな)

けれど、死んだ人間は生き返らない。

私の生きる場所は今、この世界だ。

最早向こうが異世界となってしまった今、戻りようがない。

時間の流れさえも違えば、もし前世で過ごしたの世界に行けたとしても、知っている人に会うことはないだろう。

(いつか、誰かに話せるだろうか)

今のところ、気味悪がられるかも、頭がおかしいと思われるかも、と思って誰にも言ったことはない。

知らないうちにここの世界にはないものを口走っている可能性はあるが、物心ついたときには思い出していたのだから、所詮子供の戯言で済むだろう。

話すとしたら誰になるだろう、とふと思った。

けれどすぐに、“彼”だったらいい、と思ってしまったのには、なんだか少しだけ恥ずかしくなった。


* * *


そうして冬休みを過ごし、あっという間に月日は流れて春、私たちは2年生になった。

ヒロインが来るなら次はここが有力だろうか。

既にお見合いと称したお茶会、学園の入学式といった目ぼしいイベントは終わっている。大き目な舞踏会などもあったが、それらしい令嬢はいなかった。出会い自体はもしかしたらとっくに済ませているかもしれないが、これまでそれらしい子には会わなかった。

王太子様と2年も年が離れるのか疑問だったので、来年現れるのは微妙な気がしたのだ。

いや、来年は第二王子が入学してくるはずだ。

そこでゲームスタートならおかしくはない。

その場合、メインヒーローは第二王子で、悪役令嬢も私よりかは別の令嬢だろうか。

今のところ第二王子も婚約者が決まっていない。王太子様のときのようにお茶会は開催されたらしいが、私は既に王太子様の婚約者候補なので参加はしていない。

それに、悪役令嬢が一人と決まっているわけではない。攻略対象ごとに婚約者がいて、ルートによって変わる可能性もある。

悪役令嬢が私一人で、ヒロインが誰を選ぶかによって私の婚約者が変わる、という可能性も0ではないが。

(ただ、乙女ゲームって割と逆ハーエンドもあるのよね………?)

その場合も、悪役令嬢は私固定だったり、ルートによる悪役令嬢だったりするのだろうか?

残念ながら、乙女ゲームの大まかな仕組みは理解していても、逆ハーエンドは隠れルートだったりしてレアなので、詳しくはない。

(うん、やっぱり卒業までは油断できないな)

王太子様がメインヒーローではないのか、と思わなくもないが、それも今年の内にわかるだろう。

(そういえば、第二王子とかをメインヒーローにして、兄王子に対する劣等感をヒロインが解消する的な流れがあった気がするわ。それなら別に変ではないわね)

とりあえずクラスを確認し、途中までは今まで通りトリニティ様とミア様と一緒に向かったが、今日から途中で二人と別れて一人でSクラスの教室に向かう。

今日は始業式だけなので、午前中で終わりだ。

ちなみに、明日は入学式なので、生徒会や手伝いの生徒以外は休みだ。

残念ながら、私は公爵令嬢という立場と、王太子様の婚約者候補ということで手伝いに駆り出される。

手伝いは私のように半ば強制される人と、立候補する人で賄われる。

まあ、候補者はほぼ強制的に全員参加だ。

正直面倒くさい。

ヒロインがわかるかもはしれないと考え直して、断りはしなかった。

Sクラスに行くと、見知った顔が何人かいた。

「御機嫌よう、リア様」

「御機嫌よう、ナーシャ様」

声をかけてくれたのは同じ公爵令嬢のナーシャ・リード・ヘイロン。

彼女も王太子様の婚約者候補の一人だ。

「今日からこのクラスなのですね。少し遅いのではなくて?」

嫌味っぽく言われるのはまあ、いつものことだ。

というか性格的に彼女の方が悪役令嬢っぽい。

「ええ、友人と楽しく勉強したかったもので」

にこりと微笑んで誤魔化す。

別に嘘ではない。

トリニティ様とミア様の実力は入学前から知っていた。

王太子様と同じクラスになりたくないというのもあってランクを下げただけなのだから。

そして、教室を見回すと、ほとんど席は埋まっていて、彼の姿はない。

(お、これはうまく撒けたのでは?)

空いているのは私とナーシャ様の分だけだ。

「友人ですって?」

じろりと睨まれるが、王太子様がAクラスにいたのは想定外の話なので、私が悪いわけじゃない。

彼女は、王太子様と同じクラスになるために努力したのだろう。

まあ、肝心の王太子様がまさかのAクラスで肩透かしを食らっているところだろうか?

そこで同じ候補者の中で有力と言われている私が同じクラスだったものだから、何かズルでもしたのでは、なんて思っているのだろう。

社交界では残念ながら挨拶しかできていないので、弁明の機会はなかった。

だって、話したくないとばかりにとっとと消えるんだもの。

「ええ、友人たちと楽しく過ごせましたわ」

もう一度にこりと微笑んで、私はさっさと自分の席に座った。

むっすりと私を睨みながら彼女も仕方なく席に着く。

(そういえば、クラスが離れてしまったから月1のお茶会、参加義務が生じるのね)

それはそれで面倒くさい、なんて思ったが同じクラスであるよりは交流が減るか、と結論が出て、まあいいかと思い直した。

ちなみに、成績によってはクラスの降格も十二分にあり得る話だ。まあ、Sクラスから降格になるのは多かったりする。Sクラスに食い込んだものの授業についていけなかったり、Sクラスになったことで天狗になって自滅したりする者が主だ。

確か去年Sクラスになった者は15人ほどだったと記憶しているが、ざっと見る限り10人くらいしか見えない。

(結構降格したのね)

授業についていけなかった程度ならAクラスで十分活躍するだろうが、天狗は降格し続けると聞いたことがある。高位貴族に多い現象で、そういう人は大抵性格に問題があったりするのだ。

(ま、そのほうが平和かしら)

この1年でふるい落としは完了するのだろう。

あとは性格の合う合わないだから、どうしようもない。

ナーシャ様とは仲良くはなれないだろう。

(そういえば、彼女は王家から打診が来ていたのかしら………?)

と考えて有り得ないという結論が出る。

彼女の元に先に行っていたのであれば私の元に来るわけがない。

私の元に先に来たのか、私だけに送る予定だったのかは分からない。

いや、私が断ればもちろんヘイロン公爵家に行っているだろうけれど。

(それなら、私が先だった理由は何だろう?)

事業についてはまだ公にはしていない。

私個人でやっているものの本格始動はまだもう少し先だし、兄たちとやっている方は結局連名であることと軽いアドバイス程度しかしていないので、そう注目されることはないだろう。

(まあ、ナーシャ様自身に問題が、というよりはヘイロン公爵家に問題がありそうだものね)

現ヘイロン公爵はあまり良い噂を聞かない。

現状は証拠不十分で泳がされているのだろう。

ナーシャ様が候補に残っているのもそういった理由があるのかもしれない。

確か何人かは候補から落とされていたはずだ。

理由は様々だが、辞退を申し出たり、王立魔法学園に入学したもののクラスが低すぎたり(最低でもBクラス以上が条件だったはず)、月1のお茶会で問題を起こしたり、と候補から外されている。

辞退した人は最近、好きな人と婚約ができたって話を噂で聞いたし、クラスが低かった人も王太子様の婚約者候補は恐れ多かったのか、同じクラスの中から相手を見つけたらしい。

(まあ、苦労するのは問題を起こした人だけだろうし)

10人くらいいた婚約者候補も今は半分に減った。

私、ナーシャ様、去年Aクラスで同じだった二人、あと一人は年が一つ下だったので今年入学してくるのだろう。Cクラス以下なら彼女も外れてしまうが、優秀だと噂になっているので、大丈夫だろう。

交流はほとんどしていない。

何故なら去年までは同じクラスだったので、欠席しまくっていた。

だって、出席義務がないんだもの。

そもそも彼が選ばなかった時点で私になるのだから、私以外と交流するべきだろう。

今年はクラスが離れたので出席義務が生じるが、まあそればかりは仕方ないかな。

そして、クラス単位で始業式に向かう途中、講堂に入ったところで王太子様がきょろきょろしているのが見えた。

誰か探しているのか、と思ったら目が合ってしまった。

びっくりしていると、何か睨まれているような気がする。

(なんなの………?)

あまりに不躾だったので、思わず顔を顰めてそっと目を逸らした。

と、ナーシャ様がいる辺りから鋭い視線を感じる。

(面倒くさいなぁ………)

それには知らないフリをして、私は前を向く。

始業式は滞りなく終わり、一度教室に戻る。

自己紹介や明日以降の動きを聞いて、今日は終わりだ。

Aクラスにトリニティ様とミア様がいるので、そちらに向かいたいが、王太子様もいるので、そちらに行くのは諦めて真っ直ぐ女子寮へ向かおうとした。

ナーシャ様に絡まれるのも面倒だからだ。

しかし、

「わ!?」

そそくさと出ようと扉を開けた先に不機嫌そうな王太子様がいた。

びっくりしていると、「ちょうどいい」とかなんとか言って挨拶をする間もなく手首をつかまれる。

え、と思わず声を漏らすも彼は気にした様子もなく、ぐいぐい私を引っ張って行く。

「で、殿下………!?」

なんてことをしてくれるのだ。

これのせいで明日またナーシャ様に絡まれるではないか!

「殿下、突然なんなのです!?どこまで行くのですか!?」

いい加減手首が痛くなってきた。

振り払ってもいいが、多くの生徒の目がある中で振り払うのはどうなのだろう?

不敬ととられるだろうか?なんて考えていると、人気のない中庭につき、ようやく彼は私から手を離した。

「君は、俺を馬鹿にしているのか?」

「はい?」

意味が分からず、痛む手首を摩りながら思わず聞き返す。

(治癒魔法をかけるほどじゃないけれど、痛いものは痛い)

しょうがないので、掌を冷たくしそれを患部にあてることで対応する。

すぐに腫れが引いて痛みもなくなる。

大したことじゃなかったことにホッとしつつ、その間に彼が放った言葉を咀嚼する。

「王太子殿下を馬鹿にするなどとんでもない。一体何の話です?」

しかし、言いがかりにも近い言い方にムッと眉をひそめてしまう。

「何故昇級することを言わなかった?」

「え?報告する義務がございましたか?」

あったのなら申し訳ない。

確定しない情報を伝えて、混乱させても迷惑をかけるし、そもそも王立なのだから、その辺りの情報はきっと王宮に届くだろう。

それがどこまで届くかは知らないが。

試験日は終業式の日でもあり、次の日は冬休みに入っていた。

個人的に王太子様に会う必要はないし、会っても他の者もいるお茶会だ。そこで昇級します、なんて自慢話以外の何になるというのか。こちらにその気はなくても周りはそうは思わないのだ。

「いや、それはないが………」

「ならば、何故です?」

ないなら何も問題はないではないか。

やはり意味が分からない。

「昇級しないのか、と何度か問いかけただろう!?」

「答えに嘘を吐いた覚えはありませんが」

冷静に返すと、彼はうっと言葉を詰まらせる。

昇級には担任の許可、そして学園での手続きと試験がある。

許可が下りるかは担任次第だし、試験で合格が出るかもやはり担当試験官、つまりここの教師たちだ。

「……君は俺が嫌いか?」

「はい?」

なんだそれは。

首を傾げながらも、正直な自分の気持ちを伝える。

「いいえ。嫌いではありません。どうしてそういう結論になるのです?」

「君は俺を避けているだろう?」

避けている?

そんな風に思われていたのは知らなかった。

「まあ、そんなつもりはありませんでしたが、そう思われたのであれば申し訳ありません」

いや、実際避けているのは事実か。

けれど、必要最低限の接触しかしないように気を付けていただけだったので、関わるのは面倒だと思っていても避けていたつもりはなかったのだ。

とりあえず、自分の言動がどうやら軽率だったらしかったのは理解したので、素直に頭を下げる。

「いや、避けていないのなら別に、いいのだが………」

「………」

全然良さそうではない。

「避けていないというのなら、何故茶会に出席しない?」

「昨年度は同じクラスでしたので、出席義務は当人任されていたはずですが?」

「招待状は届いていたのだろう?」

「ええ、きちんと欠席の連絡をしていましたが、まさか届いていなかったのですか?」

それであれば問題だ。

馬鹿にしていると思われても仕方がない。

「届いては、いる……」

「殿下?」

なんなんだ、これは。

それとも関わりを最小限にしようとしている間に、何か彼の琴線に触れてしまったのか?

別に恋愛に詳しいわけではない。

前世でも数えるほどしか恋はしていない。

けれど、前世はそれをテーマにした物語が多すぎた。

こういう態度は見た覚えがある。

(まさか………?)

いやまさかそんな。

これで違ったら恥ずかしすぎるので、ここは直接的な言い回しは避けるべきか。

とりあえず、欠席理由をきちんと告げるべきだろう。

「私と殿下は昨年度同じクラスでした。実力からも接する機会が多かったように思いましたので、茶会の参加は控えさせていただいたまでです」

「え?それだけ、か……?」

他に何があると言うのだ。

「そうですね……。殿下、我が家に来た打診の件は存じていますか?」

「それは、聞いているが……」

少しふんわりとした言い回しだったかと思ったが、彼には通じたらしい。

良かった、これを知らなければどうしようもない。

「その打診の件もありましたので、殿下においては私より他の方と交流し選ぶべきか、と思ったのです」

彼が誰も選ばなかった場合、婚約者は私に決まり、2年の婚約期間(正確には王太子妃教育の期間)を経て、20歳に結婚する。

細かいスケジュールはこれからだろうが、私には2年という時間が与えられるのだ。それだけではない。結婚したら生涯を共にするのだ。

正直私を知るために、今私に対して無理に時間を割く必要性を感じない。

「だが、その婚約の間に合わなかったらどうするのだ……?」

意外な心配をされて少し驚く。

「もちろん、その間なら婚約破棄、という選択肢もありますが……」

婚約破棄、という言葉に彼は顔を顰める。

「どうせ政略結婚なのです。お互いに歩み寄れるよう、妥協点を探せば良いのではないのでしょうか」

別に絶対愛がある必要はない。それが政略結婚だ。

一方的であれば悲しいかもしれないが、政略結婚と割り切った上で互いに信頼できれば苦痛にはならないだろう。

というか、愛があったとしても妥協点を探す必要は出てくるだろう。

「どうしても、何をしても無理だとなれば、仕方がないですが、そうでなければ良き友人くらいにはなれるのではないでしょうか」

だからまあ、あとおよそ2年ゆっくり選べばいいと私は思うのだ。

「そう……、そうか……」

彼は私の考えに驚いたのか、目を見開いたまま半ば呆然と呟いた。

「貴族に生まれた以上、政略結婚の可能性はずっと存在します。恋愛結婚が増えていると言っても、王政であり、貴族社会である限り、政略結婚がなくなることはないでしょう。政略結婚ならば、必ず愛し合う必要はないと思っています。互いに信頼さえできれば、ですけれども」

まあ、それが難しく破綻する家が多かったのだから、恋愛結婚が増えているわけだが。政略結婚であっても、仲の良い夫婦は存在する。うちの両親が良い例だ。

「なので、私は確かに殿下の婚約者候補ですが、あなたは今、私を選択肢に入れる必要はないのではと思っています」

だから、今いる候補者―――それだけである必要はないが―――からしっかり考えて選んでほしいと思う。

彼女たちの中から選ぶのか選ばないのか

彼女たちの中なら、誰にするのか。

彼女たち以外で良い人がいればそれでもいい。

ただ誰も選ばない、という選択をするなら私になるだけだ。

「では、誤解が解けたようですので、これで失礼いたします」

まあ、あくまで私の考えだ。

強要するつもりはないので、これ以上は押しつけがましくなってしまう。

そう思って、彼の前から辞そうとした。

「待て」

しかし、踵を返そうとしたところで、また腕を掴まれる。

今度はそんなに強くない。

「殿下?」

「次の茶会には来るのだな?」

なんでそんなことを確認するのだろう?

首を傾げながらも頷く。

「はい。クラスが異なりましたし、出席義務が生じますので」

私の答えに彼はがっかりしたように俯いた。

いや、だから今は私以外に目を向けろよ。

(それとも、もう決めてしまったの?)

他の婚約者候補はダメだったのだろうか?

だから、関わりが薄かった私の元に来ているの?

本当にわからない。

いや、わかりたくない、というのが正直なところかもしれない。

だって、今婚約してしまうと、ヒロインがいたとき面倒なことになりそうなのだ。

私はこの世界がゲームの世界かは知らない。

何かの物語の世界かもしれないが、それも知らない。

でも、知らないだけだったら?

強制力のようなものが働いたら?

ヒロインの性格が最悪に悪い可能性もある。

だから、今はまだ――――――

そっと腕を動かしたら彼の手はあっさり外れた。

「では殿下。今度こそ失礼いたしますね」

いつものように完璧な淑女の礼になるように意識して、私は今度こそ彼の前を去った。

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