第34話

「こちらの方は、三日前に意識が戻ったばかりなのです」

 二人は奥の個室に案内された。

 看護師がドアをノックし、ノブを引く。

 室内は明るく、医療施設らしい清潔感が漂う。ドアから見て右側にベッドが置かれ、そこに男性が横たわっているのが見えた。

 看護師がベッドに近付き、男性に声をかけてから「どうぞ」と二人の入室を促す。

 看護師に支えられて起き上がった男性は、比較的体つきががっしりしている。その体には、至るところに包帯が巻かれ、その頭部は目元まで包帯で覆われていた。

(この人がダレイさん?)

 ミハルは、ダレイとは初対面だ。怪我をして顔まで包帯で隠れている状態で、ライトも本人なのかどうかまだ確信が持てないでいるようだ。

 男性が尋ねてくる。

「…誰だ?」

 意識が戻ったばかりということだったが、男性の口調は思ったよりもしっかりしていており、ライトがそれに答えて、静かに呼び掛けた。

「ダレイ。俺だ」

「…!…ライトか?」

 相手がよく知っている者だと分かり、お互いに安堵しつつ、同時に戸惑いも大きかったようだ。

「…ライト…なぜここへ?」

「それはこちらの台詞だ」

 はっきりと言い返され、ダレイは気まずそうな様子を見せる。それから看護師に向かって言った。

「…少し、彼と話したいんだが…」

「分かりました。ただ、あまり長い時間は…」

 看護師は了承しながらも、ライトの方をちらりと見やる。

「承知している。怪我人だからな。あまり時間は取らせない」

 ライトに微笑まれ、看護師は少し赤くなったが、はっとして頭を下げ、慌てて部屋を出ていった。扉の閉まった音を確認したダレイが、ライトに呼び掛ける。

「もう一人いるな?」

「!」

 それまで声を発していなかったミハルだが、ダレイはその気配をしっかり感じていたらしい。

「…紹介しよう」

 ライトに手を引かれ、ミハルはベッドに近付く。

「はじめまして、ミハルです。冒険者ギルドの…」

「おお、あんたが…!俺は、ダレイ。あんたのことは、トワから聞いている」

 ダレイが嬉しそうに話す。

「…ダレイ。あんた、引退したんじゃなかったのか?」

「ギルドカードは持っている」

「え?」

 ミハルがキョトンとしていると、ライトが、

「話していなかったが…ダレイは、冒険者だ」

「…ああ、それで」

(「気配察知」…)

 目が見えていないはずなのに、自分に気付いたのはそういう理由かと、ミハルは納得する。ダレイはしっかりとミハルの方に顔を向けた。口許が笑っている。

「顔が見られなくて残念だ。トワが、えらい別嬪さんだって言ってたからな」

「は…?べっぴん…」

 大怪我をしている人間からそんな軽口が出るとは思わず、ミハルは一瞬呆気に取られたが、ダレイの口角が上がっているのを見てミハルも思わず微笑んでしまった。

「…思ったより、元気そうだな」

 ライトはダレイのそんな態度に慣れているのだろう。呆れた様子でため息をつく。

 ミハルの方は、トワのおっとりとした感じとダレイの良くも悪くも砕けた雰囲気とを、なんとか擦り合わせていた。

「…死にかけた、と聞いたが」

「大袈裟だ」

 ダレイは笑ったが、ミハルはダレイの体を見て、

(いや、大袈裟じゃない…)

 さっき看護師が「三日前に意識が戻ったばかり」と言っていた。

 ミハルが見たところ、ダレイには治癒魔法を施した痕跡がある。

 おそらく「快癒ヒール」を間隔を空けて何度か繰り返し、やっとここまで回復したのだろう。それでもまだ完治していないのだ。

「ダレイ」

 ライトが語調を改め、知らせを受けたトワが体調を崩したこと、トワの代わりに自分がダレイの様子を見に赴いたことを伝えた。さすがのダレイも申し訳なさを感じているらしく、殊勝な態度を見せる。

「…悪かったな、わざわざ」

「依頼のついでだ、気にするな。それと、トワはナノハに任せてきたから、安心していい」

 ナノハは近所に住む、トワと懇意の女性らしい。ライトが表情を引き締めた。

「それで、ダレイはここで何をしていたんだ?」

「…ああ、昔馴染みに頼まれてな」

 シンガ村の特産品やローサからの仕入れなど、運搬を手伝っていたのだという。

「ま、運び屋の真似事だ」

「ダレイ」

 ライトの声に鋭さが増す。

「…嘘じゃない。運び屋も兼ねていたからな。運び屋と『個人的な護衛』だ」

「護衛対象は、マウロー商会の商会長か?」

「なんだ、そこまで分かってるのか…」

 ダレイはため息をついた。

 ライトの予想はほぼ合っていたらしい。

「迷宮探索もしているのか?」

「ああ…オーマから声をかけられてな…」

 誘われたのは、国が迷宮の存在を公表して少ししてからのことで、それから数回、オーマと共に探索に赴いているらしい。

「あのくらいの洞窟なら、俺でもなんとかなる。一番奥までたどり着いたのは、この前がはじめてだったがな」

「…その怪我は?」

「ああ。洞窟の最奥に、でかい魔獣やつがいて…。まあ、そいつはなんとか倒したんだがな。目の方は…急に視界が塞がれた感じで、よく分からない。教会の治癒士は、『瘴気に充てられたんじゃないか』と言っていたが…。その辺からよく覚えてないんだ。どうやって洞窟から出たのかも…」

(『転移の扉』…)

「奥にいたでかい魔獣」というのは、最深部のホブゴブリン、迷宮の主だろう。それを倒したのなら「転移の扉」が現れたはずだ。

「オーマはどこに…」

「それも分からない」

 あの日、教会に保護されたのは、ダレイ一人だったという。

「まさか、まだ、洞窟に…?」

「…だとしたら、もう生きちゃいないだろうよ」

 ダレイは吐き捨てるように言った。

「あいつは、魔力はそれなりにあるが攻撃的な魔法はほとんど使えない。静電気みてえな雷を起こせる程度だし、剣なんかからっきしだ。だから、昔馴染みの俺を護衛に雇ってるんだ」

「あの…、ダレイさんは、オーマとどこでお知り合いに?」

 ミハルがダレイにオーマとの関係を尋ねた。

「言ったろう?昔馴染みさ。あいつが王都で商売の修行をしてた頃からのな。まあ、仲良しこよしってわけじゃねえが…。あいつにはちょっと借りがあるんだ…」

「借り?」

 ライトが追求すると、ダレイは頭を掻きながら、

「その…、トワと一緒になる時に…」

 トワはこの村の出身なのだという。ダレイが話し始めた。

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