幻獣図鑑編纂目録

アイビークロー

プロローグ



 突然だが聞こう。君は、何が好きだ?


 これは、私が隊長に問われた最初の質問。これに私は間髪入れずに答えた。


 生き物が好きです、と。




 物心ついた頃には既に生き物たちが好きだった。それこそ自他ともに認める「生物狂」なんてあだ名が付くくらいには。


 田舎の方の生まれで、嬉しいことに身の回りは常に生き物たちの気配がした。

 飼ってるニワトリ、家に入ってくる虫、その辺の野鳥、ちょっと遠くの川の魚、めちゃくちゃ遠くを飛んでるっぽい声だけ聴こえるドラゴンまで。みんなみんな大好きだ。

 山犬や山猫にはなかなか会えなかったから、一度見つけると彼らが姿を消すまでずっと観察していた。

 ……今思えばドン引きされてた気がする。ごめんよお犬お猫たち。



 さて、そんな感じで手の届くやつらは全て愛でてきた私だが、ある時ひとつ転機を迎えることになる。



 いつかの日、母に連れられてここらで一番デカい街に出かけた。


 母が買い物をする間、私はずっと図書館にいた。

 目的はもちろん動物図鑑。来る度開いているそれは鈍器?というくらい分厚く、魅力の塊のように思えていた。


 しかし、それももはや過去の話。

 詳しく書かれているものの冊数も掲載種数も少なく、その全てを繰り返し読み込み切ってしまった図鑑たちに、私は正直飽きていた。


 その日はなんとなく図鑑のある区画に足を向けなかった。

 なんとなく展示資料のコーナーを覗いた。


 保護の魔法で厳重に守られているものの、触れるものがあったからページをめくってみた。



【未開の地 調査記録】


 それはいつだかに行って最近帰ってきたらしい、ということだけ耳にしていた〈調査隊〉の手記だった。


 この辺りは開拓も何も進んでいない。多分、この世界じゃどこもそんな感じだろう。

 何せ危険がてんこ盛り。ご先祖たちが必死こいてこさえた街の外には、手付かずの野生が息づいている。

 この手帳の主も政府が組んだ隊にたまたま抜擢された研究者らしい。もうしばらくは街に篭もりたいという愚痴で締められていた。


 そんな他の人なら一瞬で興味を無くすような代物。

 しかし、それには少々、私の心を鷲掴みにする記録があった。



「…【確認された新種の生物について】?」



 明らかに、環境調査の片手間にメモ書きされたもの。

 時に簡単なスケッチと共に、時に殴り書きで乱雑に紡がれる命の記録。

 その全てが初めて見る姿で、初めて知る生き方で、胸を焦がすような憧れを纏っていて。

 どれだけ夢中で時間を忘れて読みふけったか。

 小さな手帳のたった数ページが、分厚い図鑑の何倍も重かった。



 でも、足りなかった。


 彼らの色は?匂いは?どんな方法で狩りをして、何を使って身を守る?水はどこで得ている?縄張りの広さは?毒は持つのか、持つならそれは護身用か狩猟用か?鳴き声は、言葉は使うのか?定住するのか渡るのか、冬眠するのかしないのか、走る速さも、歩き方も、毛皮の手触りも、爪の鋭さ、蹄の数も、ああ、もっと、もっと……!


 知りたい。彼らのことを。



 けれど、もうこの手帳が更新されることはないというのは明らかだった。


 この調査は政府が行ったもの。だから人が集まって(というか集められて)決行に至ったが、今後は研究員も行きたがらないだろう。


 ならば公募にする?装備を整えても生きて帰れるかは分からない、何があるかも不明だから金になるかも怪しいこの調査を?

 一攫千金を狙うにはハイリスクローリターンが過ぎる。


 頭のネジがまとめてぶっ飛んだ馬鹿か狂人でもなければ行きたがるヤツは居ないだろう。



 そう、「狂人」でもなければ。






「リル?何してるの?」


「ん、さっきいた鳥のスケッチ」


 飛行船の甲板は風が強い。

 こんなとこにいたあの小鳥はどこを目指しているんだろうか?


 風に靡き露わになる胴を隠すようにケープを羽織り直す蜘蛛人アラクネの友人の後ろには、燦々と照る太陽のもとで機械をいじりながら吸血鬼ヴァンパイアと駄弁る森人エルフがいる。


 我ながらめちゃくちゃなとこに来たなぁと尻尾をぱたりと揺らしたところで、飛べない鷲獅子人ワーグリフォンの声が響いた。



「目的地上空に到着!早くしろ隊長!」


「おうよ!おーい、全員居るか?!点呼取るぞ!」



 草分人グラスランナーの隊長が声を上げる。いよいよ到着だ。ああ、この時をどれほど待ちわびたか!



「未開地調査団、第二部隊〈星を追う夜鷹〉スターゲイズホークス!これより調査を開始する!」



 舞い上がる若葉と土の匂いを思い切り吸って、歓声に遠吠えのような声をひとつ加えた。

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