第62話

その日は穂谷のライブを見に行く日だった。


千里と待ち合わせて会場入りした。


暗くて人との距離がなくなって、イベントが始まるころにはかなり窮屈になる。


でも、やっぱこのせまっ苦しい空間が妙に落ち着く。



穂谷はどちらかというと万人ウケがいいノリが好きで、今組んでいるバンドもそういった色が濃い。


まあ、楽しそうだからこれはこれでいいよね。女の子たちも楽しそうだしね。




「もうめっちゃ良かったよ~!最高だった」


「本当?どの辺良かった?」


「えーっとぉ、始まりも良かったし、二曲目もぴょんぴょん跳ねられて楽しかった~」


「それだけ?もっとないの?」


「う~~ん、忘れた」


「忘れたのかよ!」



穂谷と千里の会話を聞きながら苦笑してしまうけど、一生懸命にそれを隠す。

嫌味なやつだな、私。ちょっと音楽知ってるからって、どんだけ上から見てるんだよ。



♬~

何となく音が気になって、千里を置いて会場に戻った。


そこで不思議なステージをする人に魅入ってしまったんだ。



呼吸を忘れるくらい、耳や目に神経を集めて、その音を体に取り込み頭の中で響かせる。


弾き方なんてめちゃくちゃだし、伝統的な旋律なんてのも皆無。



思わず引き込まれたのは、お父さんがよく奏でてくれたマンドリンを、おかしな技法で演奏していたからだと思う。






「あんな弾き方、マンドリンが可哀そうです。冒涜してますね」



気付いたら私は、まだイベントが終わってもいないのに、帰ろうとするその背中に声をかけていた。



「・・・あんた、誰?」


「・・・さっきのステージを見てたものです」


「ああ、そう。じゃあ」


「話は終わってませんよ。それに、まだこのイベントは終わってませんけど?」


「・・・・だから何?」


「何って・・・。出演者は最後まで残って、手伝いしたり、打ち上げとかの義務が―――」


「そんなのないよ?チケ売ったし、誰にもメーワクかけてねぇけど」



確かに・・・義務ではない。


でも、バンドマンシップに反する。

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