第3話

「治療はしてるんだろ?」



公輝の言葉に頷き返すと、栄司はそっと左手を肘から離した。


皆の視線が、自然とその肘へと向けられていく。



「実はさ、県大会の前からちょっと痛かったんだよ。だけど、肘が痛いなんて言ったら試合から外されそうでさ。それで黙ったまま無理したら、悪化したみたいで」



あはは、と笑いながら語るものの。


明らかに栄司のそれは空笑いで。



却って、アイツの辛さが伝わってくる。



「試合に出たい気持ち、よく分かるよ」



俺も…左手のケガで試合に出られなかったから。



修学旅行での一件を思い出し、あの時の悔しかった思いも蘇ってきた。


観客席から応援するだけの自分が、どんなにもどかしい事か。



「俺も、大翔みたいに我慢してればよかったのにな。そしたら、中学でもやれたのにさ」



「中学行ったら、どうするんだよ?」



克也の問いに、また栄司は笑顔を浮かべ。



「陸上やろうと思ってるんだ」



明るい声で、そう答えた。



「陸上かぁ。栄司ならいけるかもな」



雅志の言葉に、皆が賛同の頷きをしている。



確かに、栄司は足も速いしジャンプ力もある。


陸上の世界でも活躍できるだろう。



「まぁ、皆とユニフォーム着るのも今日が最後だけどさ。ホント、楽しかったよ」



そう告げる栄司の顔は、意外にも清々しくて。


俺達は、アイツの決意をそこに見た気がした。

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