たける組。

日々

第1話 ルーキー


モテたいと思った事はありますか?



幼い頃、高校生になれば自然と彼女ができるもんだと思っていた。それに伴い、俺自身もばちくそ格好良い男になっていると信じてた。

そして、現在俺は高校1年生。

自分でいうのもなんだが、とんでもないクソ男になっている。


「おいたける。真面目な顔でなに考えてんだお?」


賑わう教室の中、ダオウが俺のもとへ来た。

 

「ダオウ、俺はモテるかな?」


そこからダオウは喋らなくなってしまった。

ダオウとは、俺の友達だ。

彼は、普通の人が「~だよ」と発音する所を、「~だお」と鼻にかけながら発音する事で「ダオウ」と呼ばれている。

こんなおちょくったあだ名に最初こそ腹が立ったらしいが、「ダオウ」という響きは気に入ったそうなので、彼は今もダオウとして元気に生きている。

そして、ダオウが呼ぶ「たける」が俺。

「大和たける」である。

俺も昔名前のせいで「日本」という大規模なあだ名を与えられそうになったことがあるが、絶対にやだし、ふざけないでよ。



「あ、次の授業体育だ。今日はクラス対抗の野球だってさ。たける、早く行こうぜ。」



「野球!?まじかよダオウ!クラス対抗ってとこはチーム分けのために全員がゼッケンつけるよな!!」



「ビブスな。ていうか、そんな当たり前な事を大声でうるさいよ。」



「お前は何にもわかってない!急がないとやべぇし、早く行くぞダオウ!…ったく、ホラ!」



「仕方ない感じで手を繋ぐな!はなせ!」



おそらくどこの学校にも、体育の授業で使うゼッケンはあるだろう。

しかし、我が校のカラーゼッケンは誰が仕入れを行ったのか、なかなかセンスの良い背番号がたくさんあるのだ。

例えば、大リーグへ旅立った「51番」とか、メークドラマな「3番」とか、俺の大好きな憧れの怪獣「55番」など、とにかくラインナップが素晴らしい。

でも、たいがいの生徒はダオウのように背番号なんぞ気にしていない。


だが、いる。

いるのだ!!


俺のように、ゼッケンの番号にシリアスな「奴」がこの学校にはいる。いや、正確に言うと「奴ら」だ。もっと正確に言うと、「野球部」である。

ご存知の方も多いかと思うが、野球部はいつでも集団で行動をする生き物だ。俺は、野球部の奴が1人で遊んでいるところをいまだに見たことがない。それは、少年野球の子供達にも同じことが言える。しかも、全員お揃いの髪型をしていてガタイが良く、「投げる」「打つ」「走る」「捕る」「声だし」「水筒大きめ」に関しては幼い頃から訓練しているため、どいつもこいつも当たり前に上手である。そして、なんと言ってもこいつらは揃いに揃ってかなりの親しみやすさがウリである。

そんな野球部だが、悪いところもある。

それは、プロ野球選手を私物化する癖があるところだ。選手の名前も親戚かのように呼び捨てで呼ぶし、ゼッケンの番号もいいやつばっかり取りやがる。



「…と、いうわけだダオウ!野球部がどれだけのもんかわかった?あいつら、路上でボール遊びする癖に地域の大人から応援されて人気あるし、むかつくから今日こそ頭を叩いちゃおうよ。」



「本当たけるっていつも野球部を妬むよね。珍しい人だよ。」



「はんっ!妬んでねーよ!ていうかダオウさぁ、モタモタしてると置いてくぞ!もっと早くついてこいよ!」



「俺の方が前走ってんだろうが!さっきから風間くんみたいなことばっか言わせるな!」



そうこうしているうちに、俺達は校庭に到着した。予想通り、ゼッケンの入ってるカゴの周りにはもう沢山の生徒達が群がっている。

もちろん、当然のごとく野球部が輪の中心となってゼッケンを選んでいる。



「ほら言ったじゃん!ね!?ダオウ!野球部がもう仕切ってる!」


「…本当だ。でも、別によくない?今日は野球だし、あいつらのお家芸だろ。そりゃ野球部は張り切るわ。」


「それが俺は許せねんだよダオウ!」



「(病気なの?)叫ぶなって。」




くやしー!くやしー!

野球部軍団は、全員ベラベラとやかましく楽しそうに、まるで芸能界の大御所かのような慣れた態度でゼッケンを選んでいた。

俺も負けじとすぐにカゴへと向かったが、俺が狙っている55番はやはり無かった。


野球といえば巨人。

巨人といえば松井秀喜。

松井さんといえば、55番なのに。

諦めきれない俺は、引き続き55番のゼッケンを探し続けた。おそらくどっかの坊主が装着しているだろうから、辺りをくまなく見回したが、それだけでは物足りないので、手で双眼鏡を作って見回した。



「なにやってんのあいつ…。たけるってさぁヒソヒソヒソ」



周りにいるクラスメイト達が俺の噂話をしてる。言っときますけど、俺耳いいからそういうの丸聞こえだからね?

ヒソヒソのなかで、誰かが何度か馬鹿って言ってるのが聞こえる。ムカつくし、今すぐ引っ叩いてやりたいが、そんな逆境の中でも俺は負けずに自分の手で作った双眼鏡で55番を探した。

でも、逆に全然見えない。



「ヒソヒソヒソ精神年齢7歳ヒソヒソ」



そうさ一体、なぜ俺がこんな55番に執着するのかって?だって、前の体育で55番を着た野球部を見たとき、えらい似合っていたのが眩しくて悔しくて、次こそは俺があの番号を背負いたいと考えていた。なのに…。



「どこだっ!どこだっ!55番!はぁっはぁっはぁっ!」



「ヒソヒソヒソ犬ヒソヒソ」



ちょっとまって、もう聞き捨てならない。



「おい!テメェらいま犬って言っただろ!」



「やべっ。たける聞こえてた!逃げろ!」




その瞬間だった。

一瞬の視界の中に、俺の探してた55番のゼッケンがあるではないか。もちろん、それは野球部と思われる坊主の背中にある。

それだけではない。

落ち着いて冷静に視野を広げて、坊主にだけターゲットを絞ってみると、奴らの背番号は「7」だったり「4」だったり、二岡高橋…と、ほかにも確実に2007年度ジャイアンツスタメン背番号で揃えていることに気づいてしまった。

俺は、野球を小さい頃からよく見ていたし、親父もジャイアンツが好きだからすぐにわかったよ!

これは、さすがにあつかましい。

さらに野球部達は、カッコつけてウォーミングアップまで始めている。

ボールを投げるふりしたり、バットを持って素振りをしたり、なんとまぁ全員背中がたくましいしうまいこと。毎日練習してるから、ものすんごくサマになってて超ムカついた。

やっぱり俺も、55番のゼッケンが欲しい!

どうしても欲しいのよ!


「おいっっ!!そこにいる野球部!」


気づけば俺は、55番のゼッケンをつけた野球部に呼びかけていた。

しかし、わずか2.3人の野球部が反応するだけで、一番肝心の55番はまだシカトをかましている。あったまきた!と思った時にはもう叫んでた。


「テメェこらハゲ!!」


ブンッ!!!

ブンッ!!

ブンッ!!!


思わず叫んでしまったその呼びかけに、何体もの坊主の首が一斉にこちらを向いたため、たくさんの風を感じた。

しかも、全員目つきの治安が悪いんだが、俺はそんなにいけない事を言ったのかしら。

だがな、面白い。ストリートファイトを何度も経験してきたこの俺をナメんじゃねぇ。

スポーツの鍛え方と喧嘩の鍛え方。それらはまるで別物だってことを思い知らせてやるうじゃぇのよーろれいっひー!

というわけで、俺は55番坊主の目の前に立った。


「こんにちは。突然だけど、その55番のゼッケンちょうだいな。」


「…へ?」


55番の坊主は少し動揺しているのか、目が小刻みに揺れている。人間の目は慌てるとだいたいこうなる。「ちょうだいな」と言えば、なんでも貰えるって2歳の時に親に教えられたから、きっとこの後すぐにゼッケン貰えると思うんだよね。



「…いや、申し訳ないけど、このゼッケンは俺がもう着てるんだから別の探しなよ。」



しつこくない?なんなのこの坊主。

でも、負けれない。自分が正しければひるむことはない。まっすぐ突き進めば良いだけだ。



「俺さ、55番つけるって昨日から決めてたんだよね。」



「…はぁ。」



「だから脱いでよ。早くしてよ。それとも、脱がされる方が好きなの?」



「なにこの人…」



こいつ、なかなか脱がないどころか俺にドン引きしてない?なんなのさっきからその目。

それから、やっぱり髪の毛短すぎない?めちゃくちゃ触りたいんだけど。



「たける!やめろ!その人の頭を触るな!お前のゼッケンはこれだ!」



慌てたダオウが、俺に代わりのゼッケンを持ってきてくれた。

俺が言うのもなんだが、あんた登場遅くない?

何度も俺を制止する場面があったはずなのに、どこにいたんだ。

しかも、ダオウが持ってきてくれたゼッケンは、番号が書いてないわめっちゃ色褪せてるわで、確実にあまりもんだった。冗談じゃない。



「そんな年季入ってんのやだ!末っ子の水泳帽みたいな色してる!そんなことより、今からこの人のゼッケン脱がすからダオウも手伝って。」


「だからそれをやめろって言ってんだよバカ!電話するぞ!」


ダオウは俺がなんかやらかすといつも電話するって言うんだけど、一体どこにだ。

それ言えば俺がなんでも言うこと聞くと思ってるのか知らないけど、そういう教育はトラウマを作るからやめた方が良い。



「じゃあダオウはそこで見てろ!今から俺が脱がすでごんす!」



「おどけた口調でなんでも許されると思うな!いいからやめろ!頭からも手を離してやれ!彼、動けなくなってんじゃねぇか!」



「なんかだんだん頭湿ってきてる。さっきまで乾いてたのにどうしたんだろ?」



「お前による冷や汗だろ!やめてやれもう!」



ダオウは、野球部の頭に乗せた俺の手を無理矢理はがそうとしたその時だった。

どこからか、ある歌が聞こえてきた。




「うぉーううぉーうぉーうぉーぅぉうぉー」



…こ、この歌は…。



「ダオウ!どこからか、あの名曲が聞こえてこないか?」


「うるせぇよ!お前どんだけ力入れて頭触ってんだ!これ野球部じゃなかったら首が耐えられてねぇぞ!」



その「名曲」とは、とある大物野球選手の登場曲で使われていた「とんぼ」である。

男のロマンを粋な歌詞で心焦がれるのなんの、大好きだ。

(作詞作曲長渕剛)


そして、その「とんぼ」をうたって現れたのは、新たな新種の野球部だった。



「…死にたい…くらいに…憧れた…。はんなんのみやこ、だーいとうきょうっ!!!」



…ふむ。

ちゃんと木枯らしボイスも出せてるし、なかなか上手に歌えている。ふむ。ふむ。

ちゃんと俺好みのコクのある野球部がいるじゃねぇか。

そいつは、背中に番長清原の「5番」をつけていた。55番坊主よりもひとまわり体が大きく、グローブをひっかけたバッドを大きな肩に乗せている。なんだ、磯野じゃないか。



「ナカジマ、こいつは俺とはちがい、首から下はとても良いモノを持っている。」



「いいかげんにしろたける!誰だナカジマって!たまに本当に怖いんだよお前は!」



心配をするダオウをよそに、5番の坊主はさらに俺に歩み寄ってくる。

その間、お互いひたすら睨み合いが続いた。

まるでドラゴンと虎の睨み合いのよう。


ほう。


この5番…かなり、いい目をしている。

人間の目は、よく見ると独特な色である。

俺の得意科目は美術。

色に敏感な俺は、人間の目の色を見るのが好き。

だが、色を見ているだけなのにその人間のテイストまで見えてしまう時がある。それこそがオーラだと、私は勝手に感じている。

新種の坊主との睨み合いは、しばらく続いた。

新種坊主は完全に世界に入っていたのか、とてもいやらしい顔をしながら話し始めた。



「お前は、大和たけるっていったね。お前はそんなに人のゼッケンが欲しいのか。だが、そいつは俺の仲間だ。許してあげてほしい。そのかわりといっちゃなんだが、この俺とお前でこの一件のことを相談して、一旦白紙に戻してみないか?」



最後らへん、なに言いたいのか全然わかんない。

多分、この人は頭が悪いからアウトプットがうまくいかなかったんだろう。

言った本人も途中でわけわかんなくなったのか、笑ってるよ。

さらに、気づけば周りにいたギャラリーがどんどん増えて、騒がしくなっていることにも気づく。

ザワザワとあちこちからにぎわいの音が聞こえてくるではないか。

そりゃそうだ。ドラゴンと虎の睨み合いとくりゃ、そらギャラリーも増える。



「…なになに?坊ちゃんとたける喧嘩してんの?」


「こないだ漁港であーやって猫が喧嘩してたよ。」


「ウケる!でもなんか見方によってはこのあとキスしそう。」



絶対に坊主の体格が良いからだ。

こいつの腕がやたら鍛え上げられててリアルな色気がダダ漏れてるせいで、俺達交際疑惑出そうじゃねぇか。あと野良猫ってなに?

色々ムカつくことあるけど、なるほどね。

この5番は、「坊っちゃん」というのか。

そのまんますぎるあだ名だが、シンプルで古風で呼びやすい上に、彼にとても似合っている。



「しかし、坊ちゃんを怒らせるなんてねぇ。あの人優しいのに。たけるはバカだね。」



耳いいって言ってんだろ!

全部聞こえてんだよ!


「バカ」とは。

「自分や他人や状況を省みることができない。

だからダメなんだ。同じ事を繰り返すんだ。」

俺は、そうやって大人に散々言われてきた。

だから、反省を意識した。でも、できなかった。

考えることが苦手だから。

そのかわり、たとえ傷ついたとしてもすぐに忘れることができる。深く考えることをしない。いや、できない。

それは、ポジティブのような洒落たものとは全然違う。根っからのめんどくさがり屋である。




「あぁそうさ。俺はバカだ。おかげで不幸をたしなむことができない。落ち込まない。これがどれだけ幸せか貴様らにわかんのか?俺は頭が悪くてよかったよ!」



俺は、持論を空に投げた。

天高く、届くように。


すると、坊ちゃんが偉そうなクラップをかましながら余裕な口調をかました。



「ブラボーブラボー。ヤミー、サンキューベリマッチ、ディスイズアンブレラ。」



知ってる単語を全部絞り出したのだろうが、レベルが酷すぎる。このタイミングでこれは傘ですってどうかしてる。

悪いけど、英語は俺の勝ちだ。



「オクトーバーディセンバー…。なにがブラボーなのか教えてくんねぇかな?坊ちゃん?」



「…君の話があまりにも残酷でね。不幸をたしなんでこそ、人は幸せにむけて再出発できるんだ。アフタヌーン、ブレックファースト。」


 

「ほう。いいこと言うじゃん。まぁ俺はいつだって幸せだけどな。エレファント、カスケーダ」



「ふむ。だよな。優しそうなイケメンな友達がいつも隣にいるもんな。だけど、違うぞ。反省は自分の成長剤だ。周りのためのようにも見えるが、全ての反省は自分のアップデートになるんだよ!!あ、サニー、クラウディー、ミルキーマザーテイスト」



坊ちゃんは俺と戦うためなのか、重そうなバットを地面に置いた。

ていうか、それはそうよ、そうして。

さすがにそれでどつかれたら俺死んじゃうよ。



「さぁ、たける。もう時間がない。ここらで決着をつけようじゃねぇか!!」



坊ちゃんは、足を真横に開いてカンフーのようなかまえを見せたが、だいぶ嘘くさいしフォーフォー甲高い声を出していて、ここでもうこの人は頭悪いの確定だ。さらに、でかいわ坊主だわ異様だわ、もう妖怪。



「じゃあ、俺が勝ったらその5番のゼッケンちょうだいね。」



俺も同じように、手足が出しやすいよう低くかまえた。



「いくぞ!たける!きぇええええー!」


坊ちゃんはかなりのスピードで走りながら、そのままの勢いで飛びあがった。

マリオなの?

坊ちゃんはリアルBダッシュを終えた後、ものすごい目を向きながら浮遊している。人間なのに確実に飛んでんじゃん。

ていうか、こんな運動できる人、いる?

このまま飛びつかれたら少なくとも俺のどこかが折れる。というか、多分死んじゃう。


だが、坊ちゃんは綺麗に俺の目の前で着地した。

なんのために飛んだんだ。

たくさんの砂煙を漂わせながら、大分ドアップで俺の視界に飛び込んできたんだけど、なんて面白い顔なんだ。

それと同時に、こいつはとんでもない野郎だとワクワクした。

けれど残念!!俺は坊ちゃんの隙を見つけた!

そう、それこそ頭だ。

人間は、守らなければいけない箇所には毛が生えている。だが、こいつは今ミリレベル。

ほぼノーカードだ。

そんなわけで、俺は隙をついて坊ちゃんの頭髪の流れとは反対方向に頭を撫で散らかした。


ザッザッザッ!


サザエさんが畳に座る時の音と同じ音が周囲にこだまする。近所の尾崎さんちの猫が、これをやるとキレると言っていたのを思い出したが、手の平痛い。



「ヒ、ヒエラルキー!たける、お前はなにを…!」



「やはりそうか。」



坊ちゃんは、謎の叫び声をあげたまま腰を抜かした。先ほども言ったが、坊主の弱点は、短くしすぎた坊主頭である。

髪の毛が少ないため、ラーメンを食べる時には便利かもしれない。

だが、防御力が非常に弱い。

ヘルメットを脱いだ野球部は、頭部のガードが非常にゆるいため、可哀想に、裸でスラム街を歩いているようなもんだ。

さらに毛の流れに逆らって頭を撫でるなんて、猫も嫌がることは人間も嫌がるにちがいない。


俺の予想通り、坊ちゃんは頭を触られた事で非常に動揺しているではないか。

そして、その動揺を利用して、俺は坊ちゃんのゼッケンをめくりあげたのだ。


「…くっ!まっ!くっ!くっ!」


坊ちゃんは、ナミアゲハの5齢幼虫のようにもがきまくっている。

サナギになる前の幼虫は体を唸らせながら糸を張り準備をするのだが、その光景を見事に思い出させてくれた。

坊ちゃんは、猛烈にもがきながらもゼッケンを脱がせやすいように、自ら体を都合の良い方向に動かしてくれている。

おかげさまで、ゼッケンが気持ちよく脱げていくのだが、その割には悔しそうなうめき声もあげてるしで、あんたは一体どうしたいんだ。

脱がされたいのか、着ときたいのか。



「…よし!!無事に脱皮させたぜ!手こずらせやがって、この坊主!」



「返せよたける!それは俺のだ!野球部の仲間達と巨人のスタメンで揃えるって約束したんだ!」



「はい出た!やっぱりね、気づいてたよ俺も!そーやって仲良いの自慢して自分達だけの世界作って見せつけんのやめてくんない!?」



「勝手に被害妄想やめろよ!そんなんじゃねぇよ!」



「やってる方はさぞかし気持ち良いんだろうけど、見てるこっちは不快!気になる!」



「あははっ!そういうことか!たけるって女子みたい。顔に何発もピアスあけてるのに、案外ネチネチしてるんだね!」



「(カチン!)殺しますよ!」



「お待ちくださいフリーザ様!!」




ちょーームカつく!

なんなのこのはげ!!


いよいよ取っ組み合い発展するかと思った時、事態は急変した。



「馬鹿やってんじゃないよ!!」



その声は、パンチパーマをあてた体育教師であり、俺の担任だった。

この人は、教師なのに頭のてっぺんにパンチパーマをあてて、あとは刈り上げをかましている。

おまけに、日本刀で斬られたような古傷が顔にあり、ぶっといゴールドネックレスまでつけている。さらに、寝る時はふんどしとか意味わかんないこと言うし、どこからどう見ても亀田史郎だ。

そんな担任は、俺に向かって大声をあげた。



「俺は全部見てたよ!遅くきた大和が悪い!最初にとったもん勝ちだ!ワガママばっかぬかしてあんま人生舐めんなよ!?」



パンチは、俺からゼッケンを乱暴に奪ったあげく、仕上げに俺の頭をグーで殴りこすった。

ちなみに、俺はこれを週に3回はくらっている。



「きゃーー!今日も痛いーー!!」



「痛いか大和!お前が全部悪いからだ!本日スナップ効かせなかっただけありがたく思え。今日はこするだけで許してやる。」



「確かに俺が悪かったのかもしれないけど、ゼッケンは関係ねぇだろ!?返せよ犯罪!」



「ゼッケンめちゃくちゃ関係あるわ!全部見てたって言ってんだろ!それに教師にむかって最低な呼び方してんじゃねぇ!人の名前じゃないだろそれ!」



「こんな暴力振るってなにが教師だよ!だいたいそのパーマなに!?」



「あ、もう絶対許さない。ゼッケンも絶対返さない!調子のってっと知らない国に売るぞ大和!暴力はよくないけど、お前に関してはいいんだよ!」



…本当に先生なの?この人。


あぁ。もうこうなったら絶望的だ。

先生でてきたら、昔から何もかもおわる。

子供同士の問題に、なんで大人が出てくるの?

大人が出てくることで、子供の主張はR指定が入る。でも、大人が入ることを嫌がるやつこそ、問題を起こす側だって何度も何度も色んな大人に言われた事がある。

こういう時、自分の感情と言う名のスティックを突然へし折られてしまうような気持ちになる。

もしくは、溢れ出るうんこが出ないように無理矢理肛門抑えられたような、とにかく堪えきれない悔しさがとてつもないストレスになる。

悔しい悲しい気持ちが、どうにも止まらない。



「うぇーん!悔しいよー!ダオウー!」



俺は、諸々なネガティブを胸に抱えたまま、ダオウを探した。

走っていると呼吸が乱れるのと同時に、先程の悔しさと悲しさまで込み上げてきて、それはやがて声として漏れてしまう。



「…もっ、もっ、んもっ」



ダオウは、どんどん近づく俺に気づいていないが、込み上げる俺の声には気づいたらしい。

あなたの黒髪のゆるいパーマが、優しく戸惑いながらも風になびいているわね。

ダオウの前で、大袈裟に泣くマネしようっと。

だって、好きな人には可愛がられたいじゃない?



「…もっ、もっ、どんもっどんもっどんもっ」



「…なにこの沼で船こいでる音…。」



ダオウまであと少し…。

長身スマートで肩幅の広い、あなたのその胸…

俺のデトックスの1番の場所は、優しいあなたの胸の音…。


遠慮なく、お借りします。



「…どんもっ…ダオウ!!聞いてよ、お、お、お、お、およよよよよよーーーーー!パンチパーマと坊ちゃんが俺をいじめるんだ!」



「うわぁ!たけるだ!だきつくなって!やめろお!」



「どんもっ…はぁ、はぁ、へへへ…。やっぱりここなのよ。」



「…お前!!ほんとやめろ!気持ち悪いよっ!!!しかも、なにさっきから「どうも、どうも」って!」



なんで今そんな低姿勢な挨拶を、俺がこの状況でするよ。傑作な聞き間違えをするんじゃないよ。


しかし、ダオウはいい。


清潔だから、いつだって良い匂いがする。

なに?これはどこぞのコロン?それとも洗剤?or柔軟剤?

いいえ、きっとあなたの遺伝子と私の遺伝子の組み合わせが最良なんだわ。だから、あなたの匂いが受け付けられるのね。まったくあなたは



「私を惑わせて、どうするおつもり?」


「なに言ってんだおさっきから!…尾骶骨をさわるな!」


「なにこれ。なんでここだけ出っ張ってんの?」


「みんなそうなってんだよ!あとで自分のも触ってみろ!」


「それを確かめるのもあなたの仕事。」


「…もうやめろ!あ、たける!後ろ見ろ!後ろ!」


「これからは前だけを見るって決めたの…」


「うるせぇ!いいから早く裏向けよ!」



ゴキィッ!!!


ダオウは、俺の首を捻り散らかした。

死んだらどうするつもりだ。

首の骨って、折れたら死ぬ事あるんだからね?



「…ダオウ痛いって、…あ…え???」



ダオウに向けられた視線の先には、俺が欲しくてたまらなかった5番のゼッケンがある。

でも元々は55番が欲しいって騒いだのに、それがこんなすぐ5番に変わるってことは俺の情熱は大したことなかったんだと頭の中をかすかによぎったが、そんなこたどうでも良い。


その5番のゼッケンを掲げていたのは、…いや、俺に差し出してくれていたのは「坊ちゃん」だった。



「たける、これ使いな。」



「え、だって、坊ちゃん…。」



戸惑う俺に、坊ちゃんは男らしく言う。



「こすりげんこつ痛かったよな?たける大丈夫か?あの先生力強いもんな。」



「…うん。痛かった。でも、多分俺が悪いんだ。(いいや、確実に俺だ)それなのに、なんで坊ちゃん…。」



「いや、お前は俺とちゃんと戦った。あれはあれで俺の負けだ。」



…ほらね。野球部。

やっぱりさすがなんだよ。

さすが、勝負の世界で生きてきた人間だ。

負けを受け止める器を、相手を讃える習慣をきちんと持ち合わせている。

きっと、幼い頃から幾度も試合を経験し、勝ち負けをたくさん味わいながら、「勝負の礼儀」を正しい大人からもきちんと教わってきたのだろう。


悔しいが、俺とは全く器が違う。

俺は、武器を使ってでもズルをしてでも勝ちたい「底辺」と呼ばれる人間だ。

幼い頃だって、サランラップの芯で親父を背後から襲った事があり、親族から「悪魔の子」と呼ばれていたこんな俺。

こんなずるい俺なのに、それなのに1人の人として戦ってくれた。

それだけで本当はありがとう。

でもさ、坊ちゃん自分が負けたって言うけど、あれだけの高さを飛んだんだったら、全体的にあなたの圧勝だよ。俺は頭撫でただけだし、坊ちゃんも飛んだだけだし、よくよく考えると全然面白くないショーをやっただけだね。



「ぼ、坊ちゃん…本当にそのゼッケンを俺にくれるのか?」



俺の問いかけに、坊ちゃんは深くうなずいた。

深くうなずきすぎて、鼻から変ないびきみたいな音が漏れていた。自然に出た音にしては音が大きすぎて怖い。


…いや、まだ信じられない。

俺は予想以上に素敵なショックを受けていた。

こんなおおきな優しい人間が、この世にいるの?

戸惑う俺に気づいたのか、ダオウが言った。



「たける、今回は坊ちゃんの優しい男気を無駄にしたくないからあんま言わないけど、本来なら絶対にお前はそのゼッケン貰えないんだからな?横取りみたいにずるいことをしてるお前に坊ちゃんは勝負として向き合ってくれたんだぞ。人が真剣に話してるのにまだ尾骶骨を触るのかお前は。」



俺と坊ちゃんは、静かに見つめ合った。

そして、坊ちゃんは俺に優しくゼッケンを着させてくれた。

俺はさっき、あんなに荒々しく脱がせてしまったのに、現在彼はとても丁寧にゼッケンを着せてくれている。



「…あいつら、なにやってんの?」



「着せてるのにいやらしいってやっぱりそういう事だよな。」



ギャラリーの声が多少わずらわしいが、良い。

ちゃんと着せてね、坊ちゃん。

だがしかし、坊ちゃんの着せ方がトロいし遅いため、俺になかなかゼッケンが装着しない。

育児サボってることがバれる下手くそな父親か。



「…あれあれ?たけるって頭でかい?なかなか頭入んないんだけど、あ、この穴は腕通すとこだった!間違えちった!一回脱がすわ。」



「…坊ちゃんさ…こんなところで何度も手こずんないでくんない?ゼッケンに頭通すって、もろくそ序盤だからね?」



腕を通す狭き門を、無理矢理頭に入れようとしたもんだから、俺の髪の毛だけが間抜けに穴から飛び出てんじゃんよ。

坊ちゃんは、モタモタしながら再度俺にゼッケンを着せたのだが、これで何度目だ。

しかも、驚くことにまた同じ穴にかぶせている。そこは腕通すとこだって言ってんだろ!

なんでまた同じ事繰り返すの?

しかも、今度は思いっきり力づくで着せたもんだから、俺の目元までが穴から飛び出した。



「ひっ!まいたけみたい!」


「だから、首通すのはこの穴じゃないって!なんで何度やってもわからないの!?2回も俺は包茎やらされてんだよ!」


「待てよ!首の入り口が行方不明なんだ。」


「消えるわけねーだろ!さっきまであんたしっかり着てただろ!?」


「喋るな!!焦らせるな!待ってろ!!…ていうか、自分で着ろよお前も!手こずらせんじゃねぇよ!」



そして、やっとゼッケンの装着が終わると、坊ちゃんはすぐにこの場を去ろうとした。

カッコつけて走り去ったんだと思うが、そそくさと走り去るサマは、へんな手拭い顔に巻いた泥棒みたいで、一人称は完璧「あっし」の人だった。


いやだ。行かないで。

行かないでくれ坊ちゃん。

ここで終わるのは、絶対もったいない!



「…待て!坊ちゃん!」



俺は、思わず坊ちゃんを呼びとめたけど、坊ちゃんは犬か。



「??なんだよたける。まだなんか用か?ここのか?ようか?」



つまらなすぎてすごいむかついたけど、不思議とダオウと友達になった光景が頭の中をふんわりとあたためた。

そうさ、俺はセンスが良い。

人間の色味は触れ合えばすぐにわかる。

こいつの色はとびきり発色が良く、何よりとてもあたたかい。まるで春爛漫だ。



「坊ちゃん。俺と、友達になろう。」



願わくば永遠にね。

だってこの人は、絶対に俺の人生を明るくしてくれる。



「…え…ともだち?俺とたけるが?」



坊ちゃんは、モジモジとためらっている。ていうか、急にきょどりだした。



「…う、嬉しいけどさ。俺、野球部じゃん?野球部って私服でもすぐに正体がバレるんだけどオケ?あと、音楽聴いてなさそうだし童貞に見られてしまう事もある。だがよ、そんなこたぁねぇんだよ。俺達が野球だけやってると思ったら大きな間違いだ!!」



なんの話だし、いきなり誰に怒ってるんだ。

俺が言うのもなんだが、あんま野球部をなめんな。全員が童貞に見えるって言ってるけど、そんなことねぇわ。でも、君はごめんだけど間違いなく童貞に見える。



「いいじゃねぇか!面白いじゃねぇか!とにかく坊ちゃん!俺と友達になろう!!いや、なってくれ!」



俺は、我慢できずに坊ちゃんの手を握りに行った。だが、まだモジモジとしているし、手がものすごく湿っている。そして、とにかく落ち着きがない。



「なに坊ちゃん。ソワソワしてもしかして、トイレ行きたい?」


「俺は3歳か!ちげぇよ、恥ずかしいんだよ!…友達、なろうぜよ!(西郷隆盛)へへへ。なんだか照れるな…。」


「ありがとう!!嬉しい!!そうか、照れるよな。ハゲだから余計にな。」



「誰がハゲだ!いいか貴様!ハゲだけは野球部の前で言うな!」



友達が、一人増えた。

早く坊ちゃんと遊びたい。絶対に面白いはずだ。

ダオウと坊ちゃんと3人で早く遊びに行きたいな。夏なんて夜通しで虫取ってやる。

幸せな気持ちで心がほっこりしてしまう。

5番のゼッケンもちゃんと着た。

張り切っていこう!


そして、いよいよ体育の授業が開始された。

クラス対抗野球のはじまりだ。

俺のクラスは先攻であり、1番バッターはなんと俺だった。



「たけるやったじゃん!早く行けよ。」



「えー?俺、5番の背番号だから5番でいいよ。ダオウ先に打って良いよん。」



「そんな勝手が許されると思うな!」



そういえば、うちのクラスには野球部がほぼいない。この試合、絶対に負けると思う。

そもそもゼッケンがどうこうって話じゃなく、当たり前に惨敗だろうな。

しかも、今気づいたんだけど相手クラスのピッチャーは野球部のエースだわ。

まだ1年生なのに、打つのもよければ、投げるのすごい、この学校ではちょっとした有名人だった。

その名も、鈴木君。

彼は、一部の女子からイチローと呼ばれている人気者だ。

だけどさ、素人ばっかの体育の授業でよくこんな大物引っ張り出してきたね。

あんまり儲かってないんじゃないの?

俺なんて、野球やったことないのにさ。

鈴木君は、顔も男前で体格もよく、スポーツ万能成績優秀、女子からも勿論すげぇモテている。


こいつが通っただけで、うわあって桃色な空気が広がっていたのを、見たことがあった。

俺なんて、歩いてたら道が開くほど避けられたことがあるのにさ。

おまけに鈴木君ったら、背も高いし歯も白いわ、坊主なのに眉毛の形もイケメンだわで、これで髪をはやしたら大変なことになる。髪ゼロなのに男前って、もう本質が男前に決まってる。

まったくもって贅沢な人間だ。

坊ちゃんなんて、オプションめっちゃつけないとただの意地悪なネズミだよ。



「たけるー!ヒットで良いから打てよな!」


「まかせろ!絶対打ってやるよ!」


「手ぶらでどこに行くんだ!バット持てよたわけが!」



俺は、鈴木君の球なんて絶対に打てるわけないけど、重いバットを持って仕方なくバッターボックスに入った。

すると、キャッチャーの坊主が何やら話しかけてくる。もう、さっきから目に入るもの、ほとんど坊主だわ。



「おっス!たける!」


「…誰なの?」


「俺だよ俺!さっき友達になったろ?坊ちゃんだよ!坊ちゃん!」


「何それ。」


「人だ!」


坊ちゃんは、帽子を後ろにかぶってしゃがんでいた。


「そうやって帽子被られると誰だかわかんなくなるからやめてよ!しかも、キャッチャーだからツバ後ろにしてんだろうけど、カッコつけてるみたいでムカつくから普通にやめて。」


「くっ!!…ふん!たけるこそ野球のヘルメット超似合わないね!お前はコルク半被ったほうが良いんじゃない?」


「いいんです!わざと似合わせてないんです!コルクとか笑わせないでくんない?子供だからあんなの被るの!」


「どっちにしろそんなチャラい髪型してるやつは硬派な被りもんは似合わないな!」



「おのれぇーーー!」



それから坊っちゃんは、ありえない大声を張り上げた。



「よしっ!いつ投げてもいいぜ、鈴木!」



そして、グローブを片手でバシッ!と叩いて、気合いを入れていた。



「っしゃあこら!!!」



叫びと同時に、なんか小刻みに首が頷いていた。

しかも、眉毛も三角に引き上げてたし、歯も剥き出しに出している。

手に取るようにかっこつけてるのがわかるけど、それを見透かされてるようじゃうまくかっこつけがきまっていないという事だ。



「たけるーー!テメェ、坊ちゃんじゃなくてボールを見ろよ!あと、もう始まってんだから、バッド構えろよ!!坊っちゃんばっか見てんなよ!!」



味方チームのやつらがなんか言ってるけど、あんま聞こえない。

そして、第一球が投げられたっぽい。



バシュッ!!



「おぅっ!!」



鈴木君から投げられたボールを、坊ちゃんはすごく大袈裟に受け止めていた。

唇をタコのように面積広く尖らせていて、片目をカッコつけてつむっていた。

鈴木君の投げた球の速さを強調してるような受け止め方だったのと同時に、受け止められた自分がすごいっていうのをきっと強調していた。



「ひゅー!やっぱりはえーよこの球!久々にくらったぜ!」



それから、またカッコつけてそのボールを鈴木君に投げ返す。なに、くらったって。

今から、同じ強度のおならくらわしたろか?

しかも、口の中にね。



「たけるーー!!いい加減にしろ!構えろバットを!少しでも動け貴様は!そして、なんでジャンプしてんだ貴様!」



だめだ、おなら出てこないや。

坊ちゃんは、ボールを鈴木君に投げ返したあと、またカッコつけてしゃがんでいた。

…やだ、ちょっと舌出してる…。

舌先ひんまげてるけど、それやっていいの不二家だけだから。ていうか、まずどうやってやんのそれ。




「たけるーーー!動けーー!なにベロだしてんだよ!」



そして、第二球が投げられた。



バシュッ!!



「おぅっ!!っっかーー!いってぇ!」



第二球が投げられた時も、坊ちゃんはまた大袈裟にボールを受け止めた。

片目だけ固くつむって、裏声で…


その時、俺の後頭部に衝撃が走ったが、俺は今日何回頭叩かれてんだ。

振り向くと、ダオウが鬼の形相で立っていた。



「たけるっ!お前さっきからなんで坊ちゃんばっか見てんだよ!俺達の声が聞こえないのか!?」



ダオウは肩で息をきらしていた。



「だって、坊ちゃんったらめっちゃかっこつけてんの。それが手にとるようにわかって超気持ち悪いんだもん。誰でも見入っちゃうよこれは。」



ダオウは、その勢いで次は坊ちゃんに怒った。



「坊ちゃんも見られてんの気づいてるでしょ!なんでそのまま見せてるんだよ!試合始まってんのに、たけるがバット構えてないなんて普通じゃないだろ!野球部だったら注意してくれよ!」



坊ちゃんは、自分が見られてることにまったく気づかなかった、と嘘をついていた。

野球ができる事を、俺に見せつけて自慢していたに違いないのに。

だって、あんなわざと大袈裟に受け止めたり、投げたりしてさ…。



「いいかたける!バットを持て!」



「…だって、できないもん。投げる人はエースだしさ…。バット重いし、こんなの振り回したら怪我しちゃう。」



俺は、可哀想な人を演出するため、下唇を突き出した時だった。



「ウマ!まだかな!?」



突然、鈴木君がさわやかな笑顔で坊ちゃんに呼びかけた。



…なにウマって…。



当たり前のように、坊ちゃんをウマって呼んだ。



「待って鈴木!まだタイムだね!」



ウマ、返事したよ!

なんであんたウマって呼ばれてんの!?

待ってよ、誰か説明ちょうだい。

まさか、本名ウマなの?



「おいこら鈴木ー!俺、ウマってあだ名あんまり好きじゃねぇって言ってるだろう?もっと可愛らしいあだ名で呼んでくれよ!」



「ごめんごめん、忘れてた!で、ウマ!もう投げて良いかな?あ、また呼んじゃったよ!ごめんな馬!」



鈴木君、全然反省してないじゃん。

馬なの?あんたの苗字…。

ふと、坊ちゃんの体操服のズボンを見ると、ウマナミって書いてあった。

立派すぎる苗字持ってるこいつ…。

ますます気に入らない。野球やってて競馬も欲張る気かよ。ふざけんなよ。



「だからたけるっ!!テメェ、バット持てや!」



「坊ちゃんの何がそんなに面白くて見つめてるんだ!」



ウマって、鈴木君のイントネーション、完全に馬だもんな。ウマナミってめちゃくちゃカッコ良い名字持ってんじゃねぇか。

絶対むかし戦(イクサ)で活躍してた先祖もってるし、まず絶対こいつ金持ち。性格良いし育ちが良さそう。えー!?ますます気に入らない!!



「たける!!うごけー!!!」



同じクラスの連中が、もろくそに俺に怒鳴り散らしている。でも、俺はウマナミに夢中だった。

ウマナミは、次は目をいやらしく細めながら遠くの何かを見ていたが、やがて顔つきが異常に変わっていった。


何に気づいたのかはまだわからないが、ウマナミは帽子を外し、手のひらに唾をペッとはいてから、それで髪の毛を整え出した。

髪の毛、なんにもないのに何やってんだろう。


だが、おかしいのは坊ちゃんだけじゃない。

他の生徒達もだが、全体的になんだか空気が変わった気がする。



なんだこれは。


突然空気がおいしくなった気がするし、心地よい音も聞こえて来る。


…一体なんだろう、この音は…。


俺は、集中しながら耳を研ぎ澄ませた。

すると…




「きゃっきゃっ!」


「今、誰が投げてるのー!?」


「あー!イチローくんが投げてるー!」


「見たぁーい!」


「きゃっきゃっきゃっ!!」





…なんと!!女子だ!!!

女子がいるではないか!!

しかもあんなにたくさんの女子の団体が、全員体操服で固まって座っているぜ!!


ぼけーーっとしながら不思議そうに眺める俺達に気づいたのか、一人の女の子がスッと立ち上がり、黒髪のポニーテールを揺らしながら綺麗に叫んだ。まじなにあの体のフォルム、めっちゃ良い。女の子ってのはなんでこう腰がきゅっとして出るとこ出てて小さくて美しいんだろう。



「あのねぇーー!今日、女子の体育の先生が急用出来て帰っちゃったのー!だから、今日の体育は男子の見学なんだぁー!みんな、がんばってー!」




ポニーテールの説明が終わった後、女子達は全員で黄色い声を出して盛り上がった。




「いぇーーい!がんばれーー!」



「ホームラン見たぁい!」




………。

こりゃいかん!!!

俺は、キャッチャーの坊ちゃんを見た。



「…坊ちゃん!」



「…たける!」



そして顔を見合わせたあと、シンクロで頷いた。




「うんっ!」

「うんっ!」




「てぇへんだ坊ちゃん!ここでいくつかアピールしないと、なんとしてでも目立たないとあきまへんで!」



「てぇへんだよ本当に!鈴木にピッチャーやらせてる場合じゃあらへんで!」



「ひとまず、あいつをどこかに片付けよう!」



「ナイスアイデアたける!もう二度と出てこれないようにしよう!」




俺達二人はすぐに鈴木のもとへ煙を立てて走って行ったのだが、漫画か。

それから、鈴木にピッチャーを降りるように言ったのだが、奴は口答えをかましてきたのだ。



「…え、なんで?俺もうちょっと投げたいんだけど…。」



これだから贅沢もんは空気読めねぇんだよ!

みんながみんなお前みたいに幸せな状況が常に用意されてると思ったら大間違いなんだよ!!



「テメェはいつだって投げれんだろ!!だいたい、俺は素人だぜ!?キャッチャーも坊っちゃんだし、野球部に挟まれて太刀打ちできるわけねぇだろ!黙って聞いてりゃ贅沢ばっかぬかしやがって痛風になりてぇのか!」



俺の罵声に続き、坊ちゃんも鈴木に説得をかましている。



「鈴木さぁ、よく言ってるよね?レギュラーの俺だけじゃなくて、他の一年生みんなにもボールを触らせてあげたいって…。…ぃ今がその時なんじゃないんかい!!」



鈴木君は、競走馬の勢いに負けてしまった。

坊ちゃんは、鈴木君の胸ぐらをめちゃくちゃ掴みながらもだえていた。2人の顔がだいぶ近かったけど、やっぱり鈴木は男前だ。



「…わかったよ。じゃあ、俺はピッチャーを降りるよ。でも、誰がピッチャーやるの?」



鈴木君が大人しくグローブを外した瞬間、ここぞとばかりに坊ちゃんが怒鳴り散らした。



「俺が投げる!!」



このセリフ、場合によっては名場面にもなる最高にカッコ良いセリフだ。

だけど、現在の状況は全体的に非常にこすっからい。大慌てな坊ちゃんは、鈴木からグローブをふんだくりながらとてつもなく燃えていた。



「男、ウマナミ!…全力投球、きめたるでぇえ!」



坊ちゃんは、勇ましくピッチャーの位置につく。

それから、俺にバッターボックスに立つように、雑に指で誘導したが、こいつ完全に俺を引き立て役にしようとしてるじゃねぇか。

俺が野球部のタマを打てるわけがない。

さっきまで協力して鈴木をどうにか片付けていたというのに、今の坊ちゃんは完全に自分のことしか考えていない。


このハゲ…。


だが、それは坊ちゃんだけでなく、ここにいる男達はみんな同じ事を考えていた。

バッターボックスには、張り切った野球部が続々と並んでおり、ピッチャーの坊ちゃんに怒鳴り散らしていた。



「おい坊ちゃん!おめぇ!そんな気合い入れてそんなにオラと戦けぇてのか!?!」



「ははははっ!強がりもほどほどにしろよカカロット!」




…ここの野球部って普段こんなことばっかやってんだろうな。普通の人間は、即興でこんなことできやしない。そんで、バッターの野球部は俺のクラスじゃなくて坊ちゃんと同じクラスなはずだ。クラス対抗だって言ってんのに、その垣根を超えてまでカッコつけたいのか。


だが、カッコつけたい、目立ちたいのは男はみんな同じであり、さっきまで座っていた男達は全員が立ち上がっていた。

なんと、ダオウまで…。

ダオウはそんなことしなくても俺からモテんのに欲張りさんなんだから。


そのなかでも一番張り切っているのは、もちろん野球部であり、イキの良い坊主達は全員素振りをしたり、投げる練習をしたり、色々と小賢しすぎる。背中に羽ついてんじゃないのってくらい力を入れてバッドをかまえている。



「いいかお前ら!今こそ永遠のライバル!サッカー部を見返せるチャンスだ!今こそ決着がつくかもしれない!坊主の底力、見せてやれ!」



「うぉおおおおおおおーー!!」



侍ジャパンがいる。



「はっはっはっ!誰が場外決めるかねー!」



気づけば担任のパンチは女子に紛れて座っていた。そこでも、ちゃんと美人の隣に座っているあたりこの人も男なんだと感じた。


気づけば坊ちゃんが抜けたキャッチャーも別の野球部がでしゃばって登場し、あらためて試合が再開されることとなったのだが、もうこれただの野球部の遊びじゃん。

特技をここぞとばかりに見せつけたいのはわかるが、全員顔がエロすぎる。



そして、いよいよ坊ちゃんは悲鳴をあげながら第一球を投げた。




「ぎゃおーーーーー!」



ビュッッ!!!!!どかーーーーーん!




あのさ。人が死ぬよ?

こんな速い球を体育で投げるなだし、音がもう事件じゃん。バッターは思い切り空振りをしてすっ転んでいたが、さすが運動部。転んだ受け身もカッコ良い。

そんなわけで、第一球は坊ちゃんもろくそストライク。坊ちゃんは、ストライクが決まった後、汗を拭くフリをしながら持ち前の三白眼でちらりと女子達の方を見ていた。

…超気持ち悪い。



「坊ちゃん!!早く次投げれや!!」



ビュンッ!



「うらーーーー!」



カキン!!!!



「はしれーーー!!!!」



ズダドドドドドドドド!!!



野球部、本気。

バッターは見事にヒットを打ち、超ムキになりながら走った後一塁セーフを決めた。そして、ものすごくカッコつけてガッツポーズを決めていた。

一方、打たれた坊ちゃんは、それに対してビスマルクのように目頭を抑え込んでうずくまった。そして、大声で叫んだ。



「この右腕に勝る打撃にこの右腕もしてやられたのかー!」




長いし全然カッコよくないし何がしたいの?

そして、またチラッと女子を見ている。

坊っちゃんは、前を向きながら無理して裏を見ようとしているもんだから、全体的な眼球がものすごく恐ろしい事態になっていた。

ほぼ白目だ。ゾンビ映画みたいになっている。

遠目で見ていてとてもこわい。



だが、これだけ野球部がものすごくカッコつけて頑張っているというのに、とても可哀想な事に女子達が見ていたのは活躍していた彼等ではなく、違う人だったのだ。




「ねぇ、あれ見て。超可愛いのー!」



「どれどれー!?」



騒ぐ女子達の視線の先には、ピッチャーを降ろされて、少し不貞腐れ気味の鈴木君であった。

奴は、一人で少し草のある場所に座っていた。




「ねぇねぇ!イチローくん見て!!1人でたんぽぽ摘んでるよ!」



「…マジだっ!!超可愛いんですけどーー!」



「イチローくーん!…あっ!こっち向いたー!」



「きゃーー!すずきくぅーーーん!」



鈴木君は、自分の名前を呼ばれた事に気づいたようだ。

そして、騒ぐ女子達に、少し笑ってから軽く会釈をし、手を振りかえしていた。

その手には先ほど摘んだたんぽぽが添えられていて、そのギャップがとてもキュートで、似合ってないのにきまっていた。

坊ちゃんにたんぽぽ添えたら、確実にスーパーの刺身になっちゃうのに。




「きゃぁあああーーーー!そのたんぽぽちょーだーーい!」


「可愛いーー…。マジ可愛い…。けど、カッコ良いの。」


「わかるーー!鈴木君って本当良いよねー。」




女子達の注目の的は、完全に鈴木君だった。

野球部の坊主達があれだけ本気出して打ったり投げたりしてるのに対して、モテ男はかるく手を振るだけであの歓声の全てを手に入れていた。

鈴木ことイチローくん、これこそが完封勝利である。何にもしなくても圧勝とは、さすがだ。

そして、そうとも知らずに、残りの野球部の男達はひたすらカッコつけながら頑張っていた体育の時間であった。





カキン!!



「ぃいよっしゃぁああああ!!」




「くそっ!!また打たれるとは!!(ちらっ)」




さっきからあんた打たれすぎじゃない?

満塁になってんじゃんよ。


結局、この日の体育はせっかく5番のゼッケンをつけたにも関わらず、俺はなんにも活躍できなかった。


野球部と鈴木君に何もかも奪われた気分だったが、新しい面白そうな友達ができたから、そこは良しとしよう。



俺とダオウは、坊ちゃんという男にとても興味を持ったため、早速放課後に「野球部をのぞいてみようツアー」を組んだ。

なんとも楽しそうなツアーに、俺とダオウはわくわくだった。

いつもなら素通りで下校する校庭だが、この日のは少し離れたところで、目立たないようにこっそりと野球部を観察した。




「野球部頑張ってるなぁ。これから暑くなるのにみんな頑張ってて偉いな。そう思わない?たける。」



「みんな同じに見えるんだけど、よく見るとちょっと違うんだな!」



「当たり前だ!大量生産みたいに言うな!」



「でも、坊ちゃんいなくない?あんな顔忘れるわけないのに。見ないな。」



「ね。どこだろ坊ちゃん。」




いくら探しても、野球部員の中に坊ちゃんが見当たらない。おかしい。もしかしてだけど、野球部だって言ったのは嘘なんじゃないの?いやでも、あれが嘘なら奴のメンタルは鉄筋だ。




「なぁ、ダオウ。やっぱり坊ちゃんいないよね?」



「体育の時、張り切りすぎて疲れちゃったのかな?」



「それか、体育の時の坊っちゃんは霊なのかな。」



「あんなハツラツな幽霊いるかよ。めちゃくちゃ走ってたよあの人。あっ!たける!なんかいっぱい来たよ!野球部が!」




ダオウの指さす先を見ると、そこには野球帽子をかぶっていない部員達が、綺麗に整列しながらぞろぞろグラウンドへとやってきた。そして、大きな声で叫んだ。



「お疲れ様です!!失礼します!!」



それから何体もの坊主達は、グラウンドに入る前に一礼をかました。そのなかに、イラストのねずみに似ている坊主を発見した。



「ダオウ!坊ちゃんいたよ!真面目な顔してるよ!あっはっはっはっは!!」



「うるさいよたける!しずかにしろ!」



そして、一礼を終えた坊主達は、それぞれが突然さまざまな方向にものすごい速さで走り出し、散らばった。まるで子供に脅かされたおたまじゃくしみたいだった。それから、なにも言わずに黙々と校庭の草むしりを始めたのだ。何やってんのあの集団…。




「そうだ、思い出した。ウチの高校の野球部レベル高いから、下っ端の一年生達は校庭の整備とか雑用しかまだやらせてもらえないらしい。」



ダオウが小声で俺の耳元で話してくれた。超いい声。たびたびあったかい息かかる。なんか良い匂いする。もうやだーー。

そうか…。坊ちゃんはまだ下っ端なのか…。

よく見れば坊ちゃんだけではなく、今日張り切っていた野球部軍団もみんなそろって草むしりをしていて、野球の練習をしていた一年生はただ1人。鈴木君しかいなかった。

坊ちゃんだって、あんなに速い球を投げれるのに、スポーツの世界はやはり厳しいものなのか。

だが、素人の俺が言うのもなんだけど、先輩含めた野球部の中でも、鈴木君はおそらく1番うまいんじゃないか?

それほど、一人だけ目立っていた。


それと同様に、草むしりもダントツうまい部員を見つけた。



「ダオウっ!見ろ!草むしりがめっちゃうまい奴がいる!!」



「お前、やめろってそうやって茶化すの。みんな一生懸命やってるんだから。………うまいわ…誰あれ。」



「……誰だろうなアレ。…あ…」



「…あ…」



……アレ、坊ちゃんだわ。


その人工芝刈り機は、まぎれもなく坊ちゃんだった。坊っちゃんは、俺達に気づいた。その瞬間、嬉しそうに唇を尖らせながら「おっ!」と鳴いた後、親指を立てながらいやらしい目つきをこちらに飛ばしてきた。すんごいエロそうな顔だった。

しかも、それが先輩に見つかってしまい、ものすごく高速で謝っていた。


坊ちゃん、十分頑張ってるよ。

こらからも、もっともっと頑張るんだろうな。

坊ちゃんを含め、他の野球部も小さい頃からずっと野球をやっていたのかな。土日を含む休日、真夏も真冬も野球を頑張っていたのだろう。だから、あんな重い棒を振り回して、ちっちゃい速い球が打てるんだ。


かっこいいよ。


坊ちゃんが、草むしりを経てグラウンドで野球ができるようになった頃。

俺達は今よりもっと仲良くなってると良いな。そんな事を考えながら、俺とダオウは坊ちゃんの草むしりを見守った。








ルーキー 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る