第1話『彼方からの招待状』
漠然とした不安がある。
俺の人生はこのままで良いのか。という不安だ。
学生時代、それなりに勉強を頑張って良い大学に入った。
そして、それなりに良い会社に入ったが、ただそれだけだ。
会社という場所に所属すると分かる事なのだが、俺という存在が居なくても会社は回る。
俺が存在して居なくても、世界は何も変わらないのだ。
それを理解するからこそ、思う。
果たして俺という存在は必要だろうか、と。
だが、そんな不安を感じていたとしても、俺に出来る事はない。
ただ、胸の内から湧き上がってくる不安をかき消す様に、それなりに持っている金を使って良い物を食べたり、ゲームで遊んだり、ネット上で動画を見て、小説やら漫画やらを読む。
映画も見る。音楽も聴く。
ただ、後ろから迫って来る不安という名の何かから逃れる様に、俺はただひたすらに何かを求めて日々を過ごしていた。
そんなある日だ。
ふと、ネット上の小説を探していて、とある底辺作家の小説が目についた。
別に気になる何かがあった訳じゃない。
ただ、何となく見つけたから読んだだけだ。
とりあえず、投稿されている小説をいくつか読んでみたが、まぁ、何だろうな。凄く面白いワケでもなく、凄くつまらないワケでもない。
無難という言葉がよく似合う様な作品だった。
これじゃあ大成しないだろうなと素人ながらによく分かる。
名前もとーふとかふざけた名前にしているし。
多分名前を考えている途中に冷蔵庫の中身を確認していて、豆腐が無いからとーふにしようとか、適当な事を考えて決めたのだろう。
そういう適当さが名前からにじみ出ていた。
しかも、自分の作品だというのに、別の奴に投稿を頼んでいる様だった。
怠け者……怠け者ここに極まれりだ。
とまぁ、おそらく社会の底辺に居るであろう人間の書いた小説であるのだが、どうやらせっせと新作も書いているらしい。
才能も無いのに、ご苦労な事だ。
俺は何となく気になってその新作を見てみる事にした。
それはタイトルを『株式会社デモニックヒーローズ』とか言うのだが……まぁ何とも言えない小説だった。
何者にもなれない人間が、漠然とした不安を抱えながら、どうしよう、こうしようと悩んでいる話らしい。
いったいどこに需要があるのだろう。
正直分からないが、それでも何故か酷く親近感を覚えた為、読んでみる事にした。
話の概要としてはこうだ。
何者にもなれない事に不安を覚えた男が、ある日ネット上で小説を見つける。
そして、その小説のあとがきに書いてあったURLをクリックすると、ある呟きアプリが見つかるのだが、それ自体はただの小説の告知用アカウントなのだ。
ただ、その呟きの中を漁っていくと、奇妙な呟きを見つける。
それは『株式会社デモニックヒーローズ』と書かれており、人生を変えたい奴は、ハートマークを押せ。なんて書いてあるのだ。
そして、それを押した瞬間、男の携帯が着信を告げ、その電話に出ると、『株式会社デモニックヒーローズ』を名乗る奴からの電話が入るという内容だった。
それからその男は、『株式会社デモニックヒーローズ』なる会社に入り、自分を探してゆくという話だった。
一通り読み終わった俺は、まぁそれなりだな。と思いながらも読み終わり、あとがきを見て、トクンと心臓が脈を打ったのを感じた。
小説の中に書かれていた物と同じ、宣伝用の定型文の中に呟きアプリのURLが入っていた。
ここまでは別におかしな事でもない。
普通だ。宣伝しているだけなのだから。
そう。だから、このURLにアクセスする事はそこまで怖くない。
俺自身も登録している呟きアプリのURLだ。何も怖い事は無いだろう。
そして、俺は別のダブに開かれるページを、何故か少し緊張した面持ちで眺めていた。
読み込み時間でここまで緊張したのは初めてかもしれない。
だが、それほど緊張した甲斐もなく、開かれた普通の呟きアプリに、俺は小さく息を吐いた。
なんてことはない。
ただの宣伝だ。
しかし、その宣伝の直前にある呟きを見て、俺は笑顔のまま固まった。
小説の中に書いてあったものと同じ言葉だ。
『人生を変えたいと思わないか? 新しい世界へ行きたい者は、その意思を示せ『株式会社デモニックヒーローズ』』
一言で言うなら、胡散臭い。
怪しい。この上ないほどに。
今の人生を変えたいなんて、詐欺師か夢想家の妄言でしかない。
だが、だと言うのに、俺は何かに導かれる様に、その呟きのハートマークを押していた。
こんな物は何でもない。
ただの機能だ。
何かが起こるはずもない。
筈もないというのに、鈍い振動音が背後にあるベッドの方から響いた。
先ほどよりも強く心臓が跳ねるのを感じた。
これは、多分恐怖だ。
しかし、恐怖以上の俺の胸にあったのは好奇心で、俺は何かが変わるかもしれないという予感に動かされるまま携帯を手に取った。
そして、出る。
「……はい。もしもし」
『ご連絡ありがとうございます。『株式会社デモニックヒーローズ』人事部でございます』
「あ、いえ。その、はい……」
何を言えば良いのかも分からず、ただ頭に浮かんだ言葉をそのまま呟く。
しかし、そんな俺の言葉にも向こうは何も気にした様子はなく、淡々と話を進めている様だった。
『この度は、『株式会社デモニックヒーローズ』へのアクセス。ありがとうございます。つきましては』
「あっ、あの!! その、そんなつもりは無くて、何か、そう! 何かの間違いだと思うんですけど!」
『間違い、でございますか?』
「はい。そう。その、小説を読んでいたら、偶然。本当に偶然小説と同じ様な事が起こって、それで、ハートを押してみただけなんです。だから、人生を変えたいとかそういう事は何も考えていないんです」
『クス』
「……へ?」
『面白い事を仰いますね。森藤達也様』
「俺の……名前?」
『『株式会社デモニックヒーローズ』の広告は、弊社を求める者にしか見つける事は出来ません。逆に言えば、それを見つける事が出来たという事は、森藤様は、『株式会社デモニックヒーローズ』を心のそこから求めているのです。今の人生を、世界を変えたいと願っている』
「それは……」
違うとは言えなかった。
だって俺は確かに、どこか満たされない感情を抱えていたから。
このままで良いのか。
俺という人間は、このまま何もなく終わっても良いのか。
もっと何か出来る事があるんじゃないか。
そういう不安だ。
しかし、だからと言って、それはこんな形で満たす物だったのか?
それが分からない。
『悩んでおられる様ですね』
「えと、はい」
『では一度弊社にいらっしゃいませんか? どの様な仕事をしているのか。また、森藤様がどの様な仕事を望むのか。それが定まってから、決断を下すというのは如何でしょうか』
「それは、願ってもない事ですが……構わないのでしょうか」
『はい。弊社は広く人材を求めていますが、希望しない方には難しい仕事ばかりです。入社するならば、それ相応の覚悟が必要となります』
「……」
『しかし……森藤様が弊社に入社された際には、ほぼ確実に、森藤様にしか出来ない仕事が待っています』
ドクンと心臓が高鳴る。
これは、恐怖ではない。
期待と、歓喜だ。
しかし、まだ焦るな。
そうだ。この電話だって悪戯かもしれないんだ。
なんてあり得ない事を考えながら、俺はギュっと携帯を握り締めるのだった。
「……分かりました。では、週末の土曜日に、お願いできますでしょうか?」
『はい。承知いたしました。週末の土曜日でございますね。午前11時頃はご予定如何でしょうか』
「もっ、問題ありません」
『承知いたしました。では週末の土曜日、午後11時。ご自宅にお伺いいたします。他に何かご質問はございますか?』
「い、いえ」
『承知いたしました。本日は長々とご対応ありがとうございます。この度のご案内は人事部所属ヒナヤクよりさせていただきました。ありがとうございました』
「いえいえ! ご丁寧にありがとうございます」
『失礼いたします』
「こちらこそ、失礼いたします!」
俺は電話を切って、ベッドに勢いよく座りながら、大きく息を吐いた。
そしてそのまま仰向けで倒れ込み、ドクドクと早い胸に手を当てながら、目を閉じる。
「……嘘だろ?」
呟いた言葉は意味も無く空気に溶けて消えていくのだった。
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