株式会社デモニックヒーローズ
とーふ
はじめに
退屈は人を殺す。
とはよく言った物だと思うが、その理屈について考えた人はどれほど居るだろうか。
元々の言葉は『死が人を殺すのではない。退屈と無関心が人を殺すのだ』という物なのだが、要するに人が何も変化という名の刺激を受けず、ただ漫然と生き続けていると、頭と心が耐えられず、やがて死に至るという事なのだろうと思う。
まぁ意味が分からない者も居るだろうから、分かりやすくたとえ話をしようか。
貴方の仕事は工場で缶詰の製品チェックをするというものだ。
無論、貴方はその仕事を行うのに十分な能力を持っている。だから余裕のよっちゃんで仕事を行う事が出来るワケだが、それだけを毎日毎日こなしてゆくと想像して貰いたい。
ゾッとした人。君は中々センスがある。
逆に何も感じなかった人。君は素晴らしい。君を殺すのは中々骨が折れるだろうね。
という訳で、後者の人間は置いておいて、前者の人だけに絞って話をしてゆこうか。
ただ、ただ何も代わり映えがしない生活を送っていると人は言葉に出来ない不安を感じる物なのだ。
それは人の脳がそういう仕組みをしているから、なのだけれど……その辺りを詳しく知りたい人は是非調べてみてくれ。
そうすれば、今退屈している君の寿命を一年は伸ばす事が出来るだろうからね。
と、話が逸れたね。
まぁ、とにかく人の頭はそういう仕組みをしているんだ。
だからこそ、脳は変化のない日常を変えようと、人を不安にさせる。
何か変化しなければ大変な事になるぞ! とね。
このままこの仕事を続けていて大丈夫なんだろうか。将来性はどうだ。給料は。老後は……。
人の脳というのは素晴らしい物でね。君に最もクリティカルな弱みをこれでもかと叩いてくるから、人は恐怖に勝てず変化を探すのさ。
だから、大抵の人間は生きてゆくことが出来る。
だが、まぁ……稀に精神力があまりにも強く、己の頭が生み出した最も恐ろしい考えすら乗り越えてしまう者が居る。
彼らは不幸だ。
何故なら、彼らこそ真実退屈で死んでしまう事になるんだからね。
だから、私は誰かにこの話をする時、いつも同じ事を言う。
人よ。恐怖から目を逸らすな。とね。
どれほど人の社会が発展しようと、恐怖という感情は失われない。
何故か分かるかい?
それはね。恐怖が人に残された最後の本能だからさ。
生命の危険に、どんな物よりも早く君たちに危機を知らせてくれる、最も大切な友だからさ。
だから自分は恐怖なんて感じない。変化も怖くない。なんて恐ろしい事は言わず、受け入れた方が良い。
退屈という名の絶望の中で死にたくはないだろう?
強がった所で、得られる物は意味のない死だけだ。
ならば、人はそういう物なのだと受け入れ、その上で生きてゆく術を探そうじゃ無いか。
うん。長々と話して申し訳ないね。
実の所、ここまでの話は前提条件なんだ。
人は退屈すると死んでしまうという現象を説明しただけで、この話はただの土台に過ぎない。
ここから話すのは……まぁ、何の遠慮もなく言葉にすれば、吐き気がする様なクソったれなお話さ。
おっと。食事中の方が居たら申し訳ない。
思ったまま、言葉に出すのは良くないね。
ただ、これは私の偽らざる本心という奴だから見逃して欲しい。
さて、君たちに一つの絶望的な真実を伝えようか。
いや、その前に一つ質問をしておくべきだな。
質問だ。
君たちの世界はどれだけ科学が発展している?
いや、もしくは魔法でも良い。超能力でも、錬金術でも、何でもいい。
君たちの世界は、どれだけの事が出来るだろうか。
自分たちが住んでいる世界を全て知り尽くす事は出来たかな?
もし惑星に住んでいるのなら、宇宙へは出てみたかい?
銀河の果てはどうだろうか?
あらゆる現象を解析し、これから起こり得る未来の事象を全て把握することはどうだろうか。
異なる世界の観測はどうだ。神様を見つけ出す事は出来たかい?
さて。どうだろうか。
おそらくではあるが、『全て』を知り尽くした者など存在しないのではないかと私は思う。
『彼ら』以外には。
何故なら……というには理由として少々弱いが、私に接触してきた存在が『彼ら』だけだったから。というのが私の持っている理由だ。
そう。あれは私が最も愛する者を失い、絶望の果てに落とされながらも、這い上がり、戦い続けていた時の事だ。
『彼ら』が私に接触してきた。
『彼ら』についての詳細を私は知らない。
何故なら『彼ら』を示す言葉が、私には理解出来なかったからだ。
無論、私の世界だって発展していないワケじゃない。
個人が極める事の出来るおおよそ限界と思われるレベルまで鍛えた魔法と、世界が突き詰める事の出来る私たちが観測出来る範囲での限界にまで、科学技術が発達していた世界だ。
私たちは次元世界を超える術を持っていたし、時間を操る術だって持っていた。
しかし、そんな私たちですら、少しだって『彼ら』という存在を理解する事は出来なかったのだ。
まさに超越しているという言葉が相応しい。
だから、私は恐怖した。
それこそ指先一つで私という存在を消せる者が現れたのだ。普通に考えれば私の中に芽生える感情は恐怖以外何もないだろう。
ただ……幸運にも、という言葉が正しいかは分からないが、幸運にも私の中に芽生えた感情は私という存在が消える事への恐怖では無かった。
私の最も愛する者。妹の栞が、『彼ら』によって存在すら無かった事にされるのでは無いかという恐怖が芽生え、奪われるくらいならば、戦おうと、なけなしの勇気を振り絞ってしまったのだ。
そして『彼ら』は、そんな私の感情に歓喜した。
これこそ自分たちが求めていた事だとね、吐き気がするほどの気持ち悪さと一緒に叫んでいたよ。
今にして思えば、その理由が分かる。
彼らはまさに退屈によって死を迎えようとしていたのだ。
変化を起こそうにも、彼らの世界は限界を迎えてしまっていたから。
だから、違う世界の自分たちが知らない何かを求めた。
そして、それが恐らく彼らが進化の過程で捨ててしまった、人間の感情という物なのだろうと思う。
彼らは歓喜に震えながら、私に多くの支援をしてくれた。
栞を救い出す為に必要な支援は何でもしてくれた。
ただ、条件という訳ではないだろうが、支援をするには私が今まで通り、命を燃やし、魂を削ってでも進む必要があるというだけだ。
しかし、実際にこれは幸運だったと思う。
何故なら、彼らが望む刺激を与える事が出来ている以上、彼らはどんな支援でもしてくれたし。
妹が救えるという確証があったからだ。
まぁ、私が死んでも。という条件付きではあるが。
そして、私は『彼ら』の望む様な旅を続け、遂に妹を救い出す事に成功した。
妹を抱きしめて、歓喜に震えているボロボロの私を、『彼ら』が酷く嬉しそうな感情で視ていたのをよく覚えている。
その時に感じた、心底気持ちが悪いという感情と一緒にね。
しかし、まぁ。それでもだ。
『彼ら』のお陰で妹が救えたのは事実である。
その時の私は『彼ら』にそう感謝していたのだが、私は真実『彼ら』を理解していなかったのだろう。
『彼ら』が次に私へ向けた言葉に、背筋が凍った。
そう。『彼ら』は言ったのだ。
次はどんな物語になるだろうか、と。
今度の敵は自分たちで用意するのも良いかもしれない。
もっと、もっと心が躍る様な物語が見たい。
妹が奪われた絶望から見てみたい。這い上がる時はどんな顔をしているのだろうか。
あぁ。まったく。
今思い出すだけで吐き気がする。
そう。私は勘違いしていたのだ。
あの当時の私は、彼らが自分の味方をしてくれていた様な気がしていた。
しかし、違うのだ。
彼らはただ退屈していただけ。
退屈して死にそうだったから、私という人間が、妹を救う為に命がけで戦う『物語』を見て、楽しんでいただけだ。
まるで生まれたばかりの子供が善悪の判断など付かず、ただ感情の赴くままに、玩具を投げて壊すのと同じ。
私という玩具で遊んでいただけなのだと。
理解し、私は必死に考えた。
当たり前だ。このまま『彼ら』の好き勝手にされてしまえば、妹の人生はどうなる。
あの子は誰よりも幸せになる権利があるのだ。
こんな奴らの好き勝手にされてたまるかと。
考えて、考えて……その時、悪魔の様な発想が私の頭の中に浮かんだ。
そうだ。『彼ら』に何か別の『物語』を提供すれば良い、と。
私が知る限り、世界には争いが沢山あるし、悲しみだって、絶望だって数えきれない程にある。
別の世界へ行けば、悲しみは、絶望はいくらでも転がっているのだ。
そんな絶望も『彼ら』の支援を受ければ、容易く打ち砕く事が出来るだろう。
そして、『彼ら』はそんな人の魂が輝く物語を求めている。
繋がったと思った。
それに気づいた瞬間、私は『彼ら』に向かって叫んでいた。
既に一度見てしまった私の物語では無く、別の人間の物語に興味は無いかと。
同じ主人公では、同じ物語が繰り返されるだけだ。貴方達はすぐに退屈してしまうだろうと。
人の数だけ、ドラマはある。だから、別の物語を楽しみたくはないかと。
必死だった。
妹を守るべく、世界を護るべく、必死に叫んだ。
その結果。私は『彼ら』の支援を受けながら、様々な人の物語を探す為の活動を始める事となった。
世界を渡り、苦しんでいる人間に、善人面をして近づいて、その人間を支援する。
全ては『彼ら』を楽しませるために。
『彼ら』に全てを委ねてしまえば、何をされるか分からない。
だからこそ、私は私が描く物語を提供し続けるのだ。
そして、私の活動は多くの人を救い、やがて私を中心として大きな組織が作られる事となった。
『株式会社デモニックヒーローズ』
最初に接触してきた『彼ら』だけでなく、『彼ら』の世界から多くの支援を受けて、様々な世界の危機を救いながら、『彼ら』の退屈という名の飢えを満たす。
世界に哀しみが消えぬ限り、私たちはどんな世界へも行こう。
そして、『彼ら』を楽しませるべく、物語を盛り上げて、盛り上げて、全てを救って見せよう。
その為に、私は戦い続けるのだ。
恐らくは、こうして私が『彼ら』を利用して活動する事すら『彼ら』は承知の上だろうが。
『彼ら』が楽しんでいる限り、私たちは救われるのだから、私は永遠に『彼ら』を楽しませるだけだ。
ただ、それだけなのだ。
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