第8話 吹の黒歴史ツアーですわ!

 授業参観に親が来るのが恥ずかしいと思うことは一度もなかった。

 目立つ母でもなかったし、冷やかす友人もいなかった。

 学校での自分を見られたくない、みたいなこともなかった。

 むしろ自慢したかったから、当時の俺には嬉しいイベントだったと思う。


 自分を母に、でも母を友達に、でもなく。

 母にクラスメイトを、だったけれど。


 だった、んだけど……。


「え~~~!? あんたいつの間にこんな美人な、え〜〜〜!? しかも外国の、え〜〜〜〜っ!?」


「カルディナ・バーネロンドと申します。吹くんにはよくしていただいておりますわ」


「礼儀正し〜〜〜〜!!」


 うん、なるほどね。

 恥ずかしいわ、これ。


「母さん、ここ玄関だから」

「はいはい。ごめんね? 何もない家だけど」

「いえいえ、こちらこそ手土産も持たず失礼いたしました」


 興奮してキャピキャピ騒ぐ母。

 楚々とした動作で続くお嬢。

 足の重い俺。


「は????」


 リビングで出迎えるのは、信じられないものを見た顔でゲームのコントローラーを取り落とす弟。


あき見て! 吹がすんごい美人の彼女連れてきた!!」

「は????」

「お母様ったら、お上手ですわ」

「お母様!? もっと呼んで!」


 わぁ……すごいカオス……帰りたい……。

 ……家ここじゃない?


「まあまあ座って! 大したもの出せないけど!」

「いえ、突然押しかけたのはこちらですもの。お気遣いなく」

「え〜気遣いたいな〜! 紅茶とコーヒーならどっち?」

「では、紅茶をいただけます?」

「ちょっと待っててね! 吹! 突っ立ってないで手伝って!」


 きつい……舞い上がってる母親きつい……。

 手伝いはするけれども。

 向こうにいるよりいくらか気が楽そうだし。

 あれ、となると、向こうは弟と二人になるのでは……?


 カップを出しつつ、キッチンからダイニング越しに耳を澄ませれば、やはり彼女のほうから積極的に話しかけているようだ。


「カルディナと申しますわ。突然押しかけてすみませんわね」

「いえ……」


「アキくん、でいいんですわよね? 吹とはいくつ差ですの?」

「……4、っす」


「じゃあ、小学六年生ですわね。わたくしにも年の離れた、妹にお嬢様口調を植え付けるような兄がいますけれど、吹はどう? いいお兄ちゃんしてます?」

「……べつに、ふつう」


 あ、あの弟が!

 クラスの中心人物で、サッカークラブのキャプテンで、本当に同じ血が流れてるのか不思議なくらい陽の気に満ちた弟が!

 珍しく人見知りを発動している!


「いいですわねぇ、弟。わたくしもあんなのよりかわいい弟がほしかったですわ」


 羨まし気な目が弟を捉える。

 そろそろ止めるか。持っていかれたら困る。


「紅茶淹れたからその辺にしといてあげてくれない? 明困ってるから」


「そうそう、明よりお母さんに構ってほしいな〜?」

「そうじゃなくて」

「あんたたち、ゲームでもしてなさい」


 嘘だろマイマザー。

 しかし残念。困ったときほど、この母は本気なのだ。


 俺は弟がテレビゲームを嗜むソファに追いやられ、代わりにお嬢が母とダイニングテーブルを挟む。


「吹は学校でどう? うまくやれてる?」

「あまり目立ちませんが、影からいろいろ助けてくれてますわ。移動教室に遅れそうな子に声をかけてくれたり、消し忘れられた黒板をキレイにしてくれたり」


 どういう会話? 三者面談かな?


「この子は昔からそうなの〜気遣い屋ではあるんだけど、行き過ぎるっていうか、心配性でもあってね〜」

「具体的なエピソードはあります?」


「いっぱいあるある! 文化祭の時期とかは、友達に貸す用にいっぱい文房具持っていってね? そういうとき活躍するのってカッターとかハサミとかだから、友達に引かれたりして〜」

「かわいい失敗ですわね」


「修学旅行のときも、もしものときのためにって荷物増やしすぎちゃうのよ〜! 救急箱なんて先生が持ってるし、発煙筒なんて使い所ないのにねぇ〜!」

「発煙……筒…………?」


 今! 今引かれてるじゃないですかお母様!

 発煙筒だってほら! スマホが使えなくなって……緊急の連絡が取りたいときとか……ほら!(顔真っ赤)


 ダイニングテーブルから聞こえてくる俺の黒歴史暴露会。

 精神的ダメージがでかい。

 どうして俺は、こんな不利な条件で弟と格闘ゲームに興じなければいけないのか。


『ウッ! グァッ!』


 お前はいいな。肉体的ダメージしか喰らわなくて。

 HP全損しても次のラウンドには元気に復帰できて。

 集中できず一方的に弟に嬲られるテレビの中の操作キャラに、そんなことを言っても仕方ないんだけど。

 というか彼は俺の操作のせいで負けてるんだけど。


 じゃあ俺は誰のせいで何に負けてるの?

 母? お嬢?

 いいや、違うよね?

 自分のせいで、過去の自分に負けてるんだよね?


 じゃあ、自業自得だね?


 ……ほんとうにそうかぁ?


「役に立とうって気持ちが強すぎて空気が読めないとこもあってね? 小学生の時なんか、カオリちゃんとサユリちゃんに嫌われたーって」

「母さんー!?」


 いくらなんでも、ものには限度っていうものが――――!


「吹、うるさい」

「もうちょっと静かにしていただけますかしら?」

「はい、KO」


 あれ、俺の味方、いなさすぎ……?

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