メモリー 罪の力と失われた記憶

第1話 メモリー 罪の力と失われた記憶

漆黒の夜、少年は廃棄された施設「アルカナ・ラボ」を見上げていた。かつての記憶が押し寄せる。全てを奪われた場所、そして全てが始まった場所――そして今、その過去を取り戻すために再び足を踏み入れようとしている。


一年前――


アキトとミナは「アルカナ・ラボ」からの脱出を果たした。アキトはそこで植え付けられた「罪の力」、他人の記憶を奪い、それを武器に変える力を使い、二人は自由を手にした。しかし、その力の重さを感じながらも、アキトはミナを守り続けようと誓った。


施設を脱出してから、アキトとミナは静かな日常を過ごした。ミナは口数が少なく、言葉よりもその表情や行動で感情を伝える少女だったが、彼女とのやり取りがアキトにとって何よりも大切な時間となっていた。


夕暮れ時、アキトとミナは郊外の小さなアパートで過ごしていた。アキトが料理をしていると、ミナが静かにキッチンへやってくる。

「……手伝う?」

その短い一言で、彼女の気持ちが伝わってくる。普段は口数が少ないミナが、アキトに何かをしてあげようと思っているのだ。


「いや、大丈夫。ミナは座っててくれればいいよ」

アキトは笑って答えた。彼女は無言でうなずき、窓辺の椅子に腰を下ろした。彼女がふと窓の外を眺めると、その瞳に少し寂しげな光が宿っていた。


「外、静かだね……」

ミナがぽつりと呟く。


「そうだな……でも、静かなのは悪くないだろう? 俺たちはあの地獄から逃げ出したんだから、こういう平穏な時間を大切にしないと」

アキトは優しく言葉をかけた。ミナは少し考えたあと、うっすらと微笑んだ。


「……うん。でも……」

彼女の声がか細く続く。


「でも?」

アキトが尋ねると、ミナは言葉を探すようにしばらく黙った。そして、やっとのことで口を開いた。


「……ずっと、こうしていられるのかな」


その言葉に、アキトは少し胸が痛んだ。彼女は本当に自由を感じられているのだろうか。それとも、彼女の心にはまだあの「アルカナ・ラボ」の影が重くのしかかっているのだろうか。


「……大丈夫だよ。俺がミナを守るから。もう二度と、あんな場所には戻らない」


彼は力強く言った。ミナは黙って彼を見つめ、小さくうなずいた。その瞳には、どこか不安げな色が残っていたが、彼女はそれ以上何も言わなかった。


そんな日々が続いていく中で、アキトは少しずつ平穏を感じ始めていた。ミナとのささやかな会話、静かな時間――それらが、彼にとってかけがえのないものになっていた。彼女も少しずつ心を開き、彼に対して時折短い言葉をかけてくれるようになっていた。


ある日、二人は街の公園に出かけた。桜の花が満開で、穏やかな風が吹いていた。ミナがふと立ち止まり、桜の木を見上げた。


「……綺麗」


その一言に、アキトは彼女がこうした日常を喜んでいることを感じた。


「そうだな。俺たち、こうやってもっと外に出よう。もっといろんな景色を見に行こう」


ミナは短く頷く。そして、少し考えた後、小さな声でこう呟いた。


「……いつまで見られるかな」


その言葉が、再びアキトの心に不安を呼び起こした。彼女の言葉はいつも少ないが、その中に隠された不安や孤独が、ふとした瞬間に顔を覗かせる。


それからさらに時間が過ぎたある朝、アキトは目を覚まし、ミナの姿が消えていることに気づいた。彼女の荷物も、身に着けていたはずの服も、そのまま残っていた。彼女は、何の痕跡も残さず、突然と消え去ったのだ。


「ミナ……?」


アキトは戸惑い、そして焦りながら彼女を探し回った。だが、どこにも彼女の姿は見当たらない。ミナは、自らの意志でアキトの前から姿を消したのだ。何かが起こったのだ――しかし、彼女が何も語らず去った理由はわからなかった。


ミナが消えた日々の中、アキトは焦燥に駆られながら手がかりを探し続けた。だが、ついに何も見つからなかった。そして一ヶ月後、アキトはある情報を耳にする。彼らがかつて逃げ出した「アルカナ・ラボ」が、罪の力を利用し、全世界の人々の記憶を操作しようとしていることを。


施設は、アキトを含めた三つの「罪の力」を持つ者たちを利用し、その計画を実行しようとしていた。アキトは、この情報を掴んだ瞬間、ミナの失踪も施設と関わっていると直感した。そして、反政府組織「リアル」に接触し、力を隠して加入することで、施設の計画を阻止するために動き始めた。


ーーーーリアルとの出会いーーーーーーーー

リアルの本拠地は、廃ビルの地下にひっそりと隠れていた。アキトが扉を開けると、そこには五人のメンバーが待っていた。


「ようこそ、リアルへ! これから一緒に悪い奴らをぶっ潰そうぜ!」


明るく活発な少女が、アキトに勢いよく近づいてきた。彼女の名前はサヤ。短い茶髪をポニーテールにまとめ、エネルギッシュな笑顔を見せる彼女は、常に明るい雰囲気を纏っていた。


「おい、サヤ。新入りにあんまりぐいぐい行くなよ」


今度は、落ち着いた声でリーダー格の男が話しかけてきた。カナメという名の彼は、眼鏡をかけた頭脳派で、作戦の立案や指揮を担当していた。彼の冷静な判断力は、リアルのメンバーから絶大な信頼を得ていた。


「ったく、あんたがいつもカタいから、私たちがフォローしないとね」


鋭い声で口を挟んできたのは、気が強く、だが仲間思いの少女リナ。肩まで伸びる黒髪に、少し尖った態度が目立つが、誰よりも仲間を大切にする気持ちが強い。


「リナもあんまり尖るなよ。俺たちの仲間なんだし」


リアルの一人であるハルがリナをたしなめるように微笑んだ。彼は穏やかな性格で、チームのムードメーカー的存在だった。鍛え上げた体に反して、優しい声で仲間を包み込むような雰囲気があった。


「まあ、しっかり役立ってもらうからな。アキト、俺はジン。よろしく頼むぜ」


最後に話しかけてきたのは、冷静で寡黙な男、ジンだった。彼は実戦部隊の切り込み隊長で、仲間を守りながら敵を打ち倒す実力者だ。鋭い目つきの奥に強い信念が感じられる男だった。


ーーーーーリアルでの日々ーーーーーーーーー

アキトは、リアルに加入し、彼らと共に施設の計画を阻止するための作戦に参加した。カナメが緻密な作戦を立て、ジンやハルが現場での戦術を担い、サヤやリナと共に実行に移していく。アキトは彼らの助けを借りながら、ミナの手がかりを探していた。


「ねぇ、アキト」


ある日、サヤがアキトに話しかけてきた。彼女は明るい笑顔を浮かべていたが、その瞳の奥には真剣さが垣間見えた。


「ミナって人のこと、ずっと探してるんでしょ? でも、そんなに思いつめちゃダメだよ。私たちがいるんだから、もっと頼っていいんだよ」


アキトは少し驚いた。サヤは明るい性格で、いつも冗談ばかり言っているように見えたが、実は彼の苦悩を理解してくれていたのだ。


「……ありがとう。でも、俺がやらなきゃならないことなんだ」


アキトはそう答えた。彼の中で、ミナを守れなかったという後悔が、いつも心の奥底に重くのしかかっていた。それでも、サヤの励ましは彼の心に小さな灯火をともした


ーーーーーーーーーーーーーーー


やがて、リアルは「アルカナ・ラボ」が抱える最重要拠点、「メモリアル・ドライブ」の存在を突き止めた。この装置は罪の力を全世界に拡散させるための中枢装置であり、これを破壊すれば施設の計画を一時的に食い止めることができる。カナメが作戦の詳細を説明する。


「『メモリアル・ドライブ』は強固な警備に守られている。だが、装置そのものは脆弱だ。うまく機密ルートを通って内部に潜入し、直接破壊する。アキト、お前の力が必要だ。お前が装置の中にある『記憶のコア』に接触し、その力を無効化するんだ」


「わかった。やるしかない」


アキトは頷いた。ミナを取り戻すために、そして施設の計画を阻止するために。彼の心には、もう迷いはなかった。


作戦当日、アキトとリアルの仲間たちは、「メモリアル・ドライブ」に潜入した。カナメが指揮を取り、リナとジンが先行して警備を突破し、ハルとサヤが後方支援を行う。全ては順調に進んでいた。だが、その装置の前に立ちはだかったのは、アキトにとって最も予想外の存在――ミナだった。


「……ミナ?」


アキトは目を疑った。彼女がそこにいた。しかし、かつての彼女ではなかった。その瞳には冷たい光が宿り、罪の力を纏って彼に向けられていた。


「ミナ、どうして……? 俺だよ、アキトだ」


何度も声をかけるが、ミナは一切の反応を見せなかった。彼女は無言のまま、罪の力で攻撃を仕掛けてきた。アキトは必死に防御しながら、どうして彼女がここにいるのか、何が彼女に起こったのかを考えた。しかし答えは見つからない。


「ミナ、思い出してくれ!」


彼は必死に叫んだが、ミナは容赦なく攻撃を続けた。二人の罪の力が激しくぶつかり合う中、アキトの心は次第に追い詰められていく。彼は彼女を守りたい、救いたいという思いで戦い続けたが、最後までミナの心を取り戻すことはできなかった。


絶望の中、アキトは「メモリアル・ドライブ」を見上げた。この装置には、罪の力を増幅し全世界に影響を与える力が秘められている。彼はこの力を利用し、過去に戻ることを決意した。


後ろからリアルのメンバの声が聞こえるが、無視をした。


「もう一度やり直す……今度こそ、ミナを救うために」


アキトは装置に手を伸ばし、罪の力を利用して過去に戻る。今度こそ、彼女に自分の気持ちを伝え、そしてミナを失わない未来を作るために。


そして、君に愛していると伝えるために。

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