第20話

翌朝、伊織は朝食を食べずに家を出ようとした。



慎也は伊織を呼び止めた。



「伊織。ちょっと。」



「なんだよ。」



「一年生の時は、悪かった。山飼先生の言うことを聞いて、父さん、お前のこと、信じてやれなかった。

 

父さんが伊織を放置していることが寂しかったから、反抗しているだけだと思っていたんだ。

本当にすまない。」




伊織は何も言葉が出なかった。




「朝ごはんくらいは食べていきなさい。

お母さんがつくってくれたんだ。」



「お母さん、ごめん。明日から、ちゃんと食べるよ。」



「えぇ。いってらっしゃい。伊織くん。」




伊織は涙を堪えていたように思えた。

玲蘭は、伊織とお父さんの仲も良好に戻れたのならよかったと思った。




伊織は朝一人で通学路を歩きながら思い出していた。



初めて、玲蘭を見つけた日を。




一年生の春。学年順位の個票に2という数字が印字されていた。小学校の頃から、テストで誰にも負けたことがなかったのに単純にショックだった。



『お、伊織。2位じゃん。相変わらずすげーな。』



洋一が勝手に覗きこむ。



『1位。誰なのかな。』


『噂だと、3組の雨宮って女の子らしいぜ。

 北小の奴らが言ってた。』


『どうせ、メガネの真面目ちゃんだろ?』



すると、廊下から「雨宮ー!」と呼ぶ声がした。



伊織が廊下を見ると、ふわふわおさげの女の子が振り返った。



雪みたいな白い肌に伊織は目を奪われた。




『これ、落としたぜ?』


『ありがとう。』




クラスメイトからハンカチを拾ってもらっていた玲蘭を、伊織はぼーっとただ見つめた。




『あの子だね。学年トップ。』



『あぁ、みたいだな。』



『あ、まさか伊織、あの子に惚れた?』



『うるせぇな。未来の猿林物産の社長が198位は不味いんじゃねーの。勉強しろ!』



『ゔ!それを言うなよ伊織。』




洋一は家に帰りづらいテスト成績を思い出してしまい、胃をさすり始めた。




一目惚れだった。




伊織の初恋だった。

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