第14話 結婚式で目立ちたい!
「すみません! あの…結婚式でとびっきり目立つスーツを作ってもらえませんか?」
店のドアを開けて入ってきたのは、少し派手な柄のシャツを着た若い男性だった。彼は、何とも言えない高揚感を纏い、目を輝かせながら数子に話しかけた。
数子は彼を見て、少し眉を上げた。
「おやおや、結婚式で目立ちたいだって? それはまた珍しい話だね。新郎でも新婦でもないのに、目立とうっていうんだから、なかなかのチャレンジャーだ」
男性は照れ笑いを浮かべながら頷いた。
「ええ、実は僕、友人代表でスピーチを頼まれてるんです。だから、せっかくだからカッコよく決めてみたいなって思って…それで、数子さんにお願いしようと思って」
「ふん、スピーチを頼まれたんじゃあ、目立つのも大事だけど、バランスが難しいねぇ。新郎を食うようなことはできないし、かといって地味じゃあ頼りない。で、どんなスーツにしたいんだい?」
男性は少し考え込みながら答えた。
「えっと…華やかだけど、品があって、でもちょっと個性的で…そう、ワインレッドとかの色を使ったスーツがいいなって思ってます。あんまり派手過ぎると引かれちゃうし、でも、ありきたりなのは嫌で…」
数子は彼の話を聞きながら、しばらく考え込んだ。
「なるほどねぇ。確かに、結婚式で目立つってのは簡単じゃない。派手すぎると場違いになるし、地味だと誰も見向きもしない。アンタの気持ち、ちょっと分かるよ」
彼女は棚からいくつかの生地を取り出し、しっかりとした艶のあるワインレッドの生地を手に取った。
「これがいいんじゃないか。上質なウールに少し光沢を加えた素材だ。光の当たり具合で色が変わって見えるから、華やかだけど落ち着いてる。それに、ジャケットの裏地にはちょっとした遊び心を入れて、アンタらしさを出してみよう」
男性は目を輝かせて頷いた。
「さすが数子さん! それ、最高です! そんなスーツ、見たことない! 裏地には何か特別なデザインを入れるんですか?」
「そうさ、アンタの好きなデザインを入れてやるよ。例えば、花嫁さんの好きな花とか、新郎との思い出の場所のイラストとか、そういうサプライズがあってもいいね」
男性は感動した表情で話し始めた。
「それ、素敵です! 実は、新郎とは昔、二人で行った旅行先の風景が忘れられなくて…。そこをテーマにしてもらえますか? あと、新婦の好きなバラの花をジャケットの内ポケットに刺繍で入れてもらいたいんです」
数子はにっこりと笑い、彼の肩を軽く叩いた。
「いいねぇ、アンタ、ちゃんと二人のことを考えてるじゃないか。分かったよ、任せな。アンタがそのスーツを着て、スピーチする姿を想像しながら作ってみるよ。でも、文句はなしだよ」
「もちろんです! 数子さんにお任せします!」
数子はさっそく作業に取りかかった。ワインレッドの生地を丁寧に裁断し、身体にフィットするシルエットを作り上げていく。ジャケットの裏地には、彼が話してくれた思い出の風景、広々とした海辺の景色をイラストにしてプリントし、内ポケットには美しいバラの花を手刺繍であしらった。
「これで、どんなに緊張してもアンタは友人としての誇りを忘れないだろうね。思い出の詰まったスーツだ」
数子は、最後の仕上げとしてボタンに特別な飾りを加え、細かいディテールにも気を配りながらスーツを完成させた。数日後、男性が再び店を訪れると、数子は誇らしげにスーツを手渡した。
「さあ、これがアンタのための特製スーツだ。試してみな。きっと気に入ると思うよ」
男性は興奮しながらスーツを受け取り、更衣室に向かった。しばらくして、彼はまるで一流のモデルのような姿で姿を現した。ワインレッドのスーツは彼の体にぴったりとフィットし、ジャケットの内側を開くと、鮮やかな海辺の風景が広がり、ポケットには美しいバラの刺繍が光っている。
「これ…本当に僕のスーツですか? すごい…まるで夢みたいだ…!」
数子は満足そうに頷いた。
「そうさ、アンタの夢を形にしたんだよ。スピーチする時にこの裏地を見て、落ち着いて話せばいい。アンタの言葉はちゃんと伝わるよ」
男性は感動した表情で何度もスーツを眺め、涙ぐみながら数子にお礼を言った。
「本当にありがとうございます! このスーツで、友達の結婚式を最高に盛り上げたいと思います!」
「そうだね。アンタがそのスーツを着て堂々としてれば、みんながアンタに注目するだろうし、新郎新婦も喜ぶよ。スーツってのは、ただの布切れじゃなくて、着る人の心を支えるものなんだから」
男性は感謝の言葉を繰り返しながら、晴れやかな表情で店を後にした。数子は彼の後ろ姿を見送りながら、ふっと息をついた。
「まったく、結婚式ってのは人生の一大事だねぇ。でも、あのスーツがアンタの友達を喜ばせるなら、それでいいさ」
それから数週間後、男性が再び店に現れた。今回は、スーツを大切そうに抱え、満面の笑みを浮かべている。
「数子さん、聞いてください! あの結婚式、僕のスピーチが大好評でした! このスーツのおかげで、みんなが僕の話を真剣に聞いてくれて、新郎も新婦も泣いてくれて…本当に素晴らしい時間を過ごせました!」
数子は驚きの表情を見せ、笑みを浮かべた。
「そりゃあ、良かったじゃないか。アンタの気持ちがスーツを通じてみんなに伝わったってことだね」
男性は頷き、さらに話を続けた。
「はい! 数子さんに作ってもらったこのスーツ、これからも大切に着ていきたいです。何か特別な時に、このスーツを着ると自信が持てる気がして…」
数子は満足げに頷き、彼の肩を軽く叩いた。
「それでいいさ。スーツってのは、ただ着飾るだけじゃなくて、その時の自分を支えてくれるものなんだよ。アンタの気持ちが伝わるスーツを作れて、私も嬉しいよ」
男性は感謝の言葉を述べ、幸せそうな笑顔で店を出て行った。その後ろ姿を見送りながら、数子は再びミシンの前に座り、微笑んだ。
「さて、次はどんな物語が待ってるのやら…。スーツ作りも、人の人生の大切な瞬間を支える仕事みたいなもんだね」
彼女の店には、今日も新しい物語が生まれようとしている。数子と個性的な客たちの笑いと感動のスーツ作りは、まだまだ続いていく。
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