第3話 ヒーロー気取りの青年
「すみません! 僕にヒーロースーツを作ってほしいんです!」
数子の店に、勢いよく飛び込んできたのは、全身真っ黒のタイトな服に身を包んだ青年だった。派手なサングラスに、胸を張りながらポーズを決めるその姿は、まるで映画や漫画のヒーローを意識したような出で立ちだ。
「アンタ、どこのテーマパークから逃げてきたんだい?」
数子はミシンの手を止めて、青年を冷ややかな目で見つめた。青年は気にする素振りもなく、まっすぐ数子の前に歩み寄ってくる。
「いえ、本気なんです! 僕はヒーローになりたいんです!」
「ヒーロー? そりゃまた大きく出たねぇ。でも、うちのスーツで悪党を倒すつもりかい?」
「はい! 僕が街の平和を守るために、どうしても特別なスーツが必要なんです!」
数子は目を見開き、一瞬黙り込んだ。だが、すぐに口元に笑みを浮かべると、鼻で笑った。
「ふふ、面白い。アンタ、どこまで本気か試してみたくなったよ。で、どんなスーツが欲しいんだい? 飛べるか、消えるか、それとも火でも吹くかい?」
「それは無理だと思いますが…とにかく、見た目がインパクトあって、動きやすくて、悪を圧倒できるようなスーツがいいです!」
数子は「おいおい、何言ってんだ」と呟きながら、青年を上から下まで見渡した。
「インパクトねぇ…。悪党がビビる顔してるからって、スーツのせいにするんじゃないよ?」
「でも、ヒーローは見た目が大事なんです! 悪を震え上がらせる存在感が必要なんですよ!」
「へぇ、随分と力説するね。まあ、わかったよ。アンタの注文、面白いから引き受ける。でも、出来上がったスーツがどんなもんでも文句言わないこと。いいね?」
青年は目を輝かせて力強く頷いた。
「もちろんです! よろしくお願いします、師匠!」
「師匠だって? そんな大げさな…ま、いいさ。じゃあ早速、アンタの『ヒーロースーツ』を作ってやるよ」
数子は設計図を描き始めた。動きやすさを重視しながらも、見た目のインパクトを出すためにあれこれと工夫を凝らしていく。ゴム素材を使って動きやすさを確保し、胸元に大きなシンボルを入れて目立たせるデザインにする。
「これでいいかね。あとは、このおかしな夢見る若者に似合うかどうかだ」
数日後、ついに「ヒーロースーツ」が完成。青年が再び店に現れると、数子はニヤリと笑いながらスーツを手渡した。
「さあ、お待ちかねのヒーロースーツだ。アンタの夢がこれで叶うかどうか、試してみな」
青年は興奮しながらスーツを受け取り、更衣室へ駆け込んだ。数分後、姿を現した青年は、自分の姿に見とれながらポーズを決めた。
「おぉ、これだ! これこそ、僕が求めていたヒーロースーツだ! どうです、師匠! 僕、ヒーローに見えますか?」
数子は腕を組み、にやりと笑った。
「うん、見えなくはないけどね。ただ、そのヒーロー、どっちかって言うと漫才師に近いかもね」
「え? どういうことですか?」
「いや、アンタがその格好で悪党と戦うって言うなら、もう一つ必要なものがあるよ。笑いのセンスだ」
青年は戸惑いながらも、スーツをまじまじと見つめる。
「でも、このスーツは完璧です! これで街の平和を守ることができるはずです!」
「まあ、せいぜい頑張りな。だけど、くれぐれも無理はするんじゃないよ。相手が本物の悪党だったら、このスーツじゃ役に立たないからね」
青年は真剣な表情で頷くと、店を出て行った。その後、数日が経ったある日、青年が再び店にやってきた。
「どうした、また新しいヒーロースーツでも欲しいのかい?」
「いえ、あのスーツのおかげで少しだけ自信がつきました。でも、実際に街をパトロールしてみたら、ヒーローになるのは簡単じゃないって分かりました」
「そりゃそうさ。ヒーローってのは、スーツじゃなくて中身でなるもんだからね。ま、アンタも少し大人になったってことだ」
青年は苦笑いを浮かべた。
「でも、ありがとうございます。数子さんのおかげで、少し自分を変えられた気がします」
数子はふっと笑って、軽く手を振った。
「お礼なんていらないよ。アンタが自分で気づいたんなら、それで十分だ。これからも、自分の道をしっかり歩きな」
青年は感謝の言葉を繰り返しながら店を後にした。その後ろ姿を見送りながら、数子は再びミシンに向かう。
「今日も、妙な若者に付き合っちまったね。さて、次はどんな奴が来るやら…」
数子は針を手に取り、次の注文に備えて微笑んだ。彼女の店には、今日も個性豊かな客が訪れる。笑いと感動のスーツ作りは、まだまだ続いていく。
テーラー数子と、摩訶不思議なお客様! 白鷺(楓賢) @bosanezaki92
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