第6話 青眼の姫様(6)
その風にぶるりと身を震わせた高山が苦笑いを浮かべながら言う。
「そ、空耳ですって。わ、私は早く帰って熱燗が頂きたいなぁ。ね、井上様」
早くこの話を終わらせたい高山が早口でそう捲し立てる。しかし、正道はまだ少し納得していないのか、しばらく耳をそばだてていた。
すると、今度はひゅうという風切り音に紛れて、何か声のようなものが聞こえた。それは高山にも聞こえたようで、正道と高山は互いに顔を見合わせると再び周囲に視線を走らせた。周囲にはやはり異変はない。
「行くぞっ!」
「はい!」
正道と高山は夜の町を駆け出す。風に乗って時折聞こえてくるそれは、とても弱々しげだった。
正道と高山は息せき切って町を駆ける。正道はまるで何かに吸い寄せられているかのように、迷うことなく道を進んだ。
「この辺りだと思うのですが……」
「ああ、そうだな」
今やはっきりと聞こえるそれは、赤子の泣き声だった。長屋に挟まれた路地を抜け進んだ先の河原にその声の主は居た。
「井上様っ! あそこです」
二人の視線の先にはぼんやりとした白い光がある。正道と高山はその光が何であるかを見定めようと目を凝らす。しかし、白い光はゆらゆらと揺らぎ輪郭がはっきりしなかった。だが、確かに赤子の泣き声はその光の中から聞こえてくる。
「な、何ですか、あれ」
「分からん。だが、あれから赤子の泣き声が聞こえるのは確かだ」
怖気づく高山をよそに、正道はその光に近づいていく。
「井上様っ! 危険です。お戻りください!」
高山は慌てて正道の後を追い、その腕を引く。だが、正道はその手を振り払うと光に向かって大きく手を伸ばした。その瞬間だった。突然光が強さを増す。あまりの眩しさに二人は目を瞑った。
「うわっ」
「ひぃっ!」
そして、次に目を開けた時には光はすっかり消えていた。
「い、井上様っ! 今のは……」
目を瞑ったままの高山が怖々と正道に声をかけるも返事はない。聞こえるのは相変わらず弱々しい赤子の泣き声だけだ。不安に思った高山は恐る恐る目を開けた。するとそこには、呆然と立ち尽くす正道の姿があった。
「井上様?」
「……小十郎」
「はい?」
「……赤子だ」
正道の呆けたようなその言葉を聞いて、高山は怖いもの見たさで正道の背後からひょいと顔を覗かせた。
二人の男の目の前には、赤子の入った光る籠が二つ浮いていた。一人は拳をぐっと握り、今も弱々しく泣いている。そしてもう一人は、すやすやと穏やかな顔で眠っていた。
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