6.圧迫面接みたいな
「来てしまった。この日と、この会社に……」
マル月シカク日サンカク曜日、今日は例の会社、その名も『イセカイ運輸』(半分くらい非認可企業)の就職面接。
山田さんからの連絡では服装自由ということだったので、もはや持っている服では一番着慣れているかもしれないという前向きな理由で、スーツに身を包んでみた。
とはいえ、就職面接は何度やっても緊張はする。まあ志望理由が山田さんとのアレだから、実際のところ『イセカイ運輸』という会社への熱い思いは別にない。でも就職そのものに対する思いはそれなりにある。そもそも最近だって志望順位が圏外みたいな企業ばっかに履歴書送ってたし。……で、そこでも見事に全部落とされてるっていう事実からは目を逸らしてる。やめて、「お前が用意したんだろ」って眼前に持ってこないで。
だから今日は、今日こそは、絶対に内定を貰うのだと、もうこれを逃したら次がないんだと、そんな強い気持ちでこの日を迎えたのだ。
◇
「君が龍生の言ってた弋くんだね。聞いていた通り、死んだ魚のような目だ!……んだよ龍生。そこまで言ってないって、そんなようなことは言ってただろお前。失礼ったって、俺の部下になるかもしれん奴だろ。別にいいだろこれくらい。ハラスメントだ?知らんわそんなもん。そもそも俺の会社に社会の常識を求めても意味ないだろ。ウチはれっきとした、社会から外れてる会社なんだからよ」
面接に入った部屋で前方に長机に座っていたのは、金髪で、グラサンの奥には人を殺すような目、派手な柄シャツを着た、笑うと八重歯が覗く男の人。そしてその斜め後ろには、山田さんが立っていた。
そして俺は思った。強く、思った。
あ、帰ろう、いま、帰ろう、と。
「ああ、悪いね。どうぞ座ってくれ。あんま時間は取らんからよ」
「あ、はい。……失礼します」
まあ帰れるわけはないんだけど。
「じゃあ、そうは言っても面接だもんな。形だけはやっとくか。――えー、本日は晴天にも恵まれ、まさに良き面接日和で……って、なんか違うな。まあいいや。龍生、代わりにやってくれん?」
「いや面接ってウチにそういうの専門の部署ないですし、それこそ社長とかがやるもんですから。少なくとも俺みたいなのがやるものじゃないですって」
「俺みたいなのがやるもんでもないだろ」
「………………」
「否定しろよ」
「すんません!」
はい、この見るからに尖ったお方こそ、『イセカイ運輸』社長、
「まあいいや。とりあえず自己紹介からだな。じゃあやってもらっていい?」
「は、はい。弋灯哉といいます。年齢は二十二、この春に大学を――」
「はー、二十二!若いね!……あ、こういうこと言うのって年寄り臭いか?弋くん、どう思う?」
「え?どうでしょう。僕としては特にそうは思いませんが……」
「そう?ならいっか」
普段ならこっから学歴とかを詠唱するところだったけど、まさか遮られるとは思わなかった。とにかくなんだろう、ペースが乱される……。
「ということで、形だけだが面接やった感じも出たし、もうおしまいにするか」
………………。
「……え?ま、待ってください!おしまいってどういうことですか?」
「おしまいはおしまいだな。今日の面接は終わりってことだ」
「つまり、あれですか。面接として色々と聞くまでもなかったってことですか」
「ん?まあ、そういうことになるか」
「そう、ですか……」
そうだよな。部屋に入って最初に言われたのが「死んだ魚のような目」だもんな。形だけってことは元から決まってたんだろう。これまで面接とかで直接言われたことは無かったけど、きっとどこでもこんな印象だったんだろう。自分でももちろん自覚があることだし、今さら気にもならないけど。でもそりゃそうか。接客では当たり前としても、事務仕事でも同じ職場で働くのにそんな雰囲気の奴よりも明るい人の方がいいに決まってる。企業が求めてるのは仕事ができる奴よりも周りと上手くやれる人材だって散々見聞きしたもんな。そうだな、次はメイクでもして面接に行ってみることにしようかな。これまで写真添付なしの一次選考だけは採用率高かったし。写真ありの書類選考ももっと通るように証明写真はもっと明るい感じに……。
「おい、なんか勘違いしてないか?別に弋くんを落とそうとかは考えてないからな?というか面接とか形だけだし、最初から採用は決めてたんだよ」
「……そうなんですか?」
「当たり前だろ。龍生から全部聞いたぞ。今回の件はお互い様って面もあるだろうが、如何せんこの会社も綱渡りでやってるもんだからな。ちょっとのことですぐにダメになる可能性は隣り合わせだ。あ、経済的な意味じゃなくて、法律的にとかそういう意味だから安心してくれ」
「あ、はい」
どこに安心する要素が?
「とにかく危ない芽は早めに摘む、多少遠回りでも確実な道を、ってのが俺の考えだ。仕事でも、プライベートでもな。それに人材として君は悪くない。俺の勘がそう言ってる。確かに目つきは悪いがな!」
社長の後ろに立つ山田さんが「社長がそれ言うか……?」とか思ってそうに見えて仕方なかった。俺?俺はそんなことちっとも、全く、これっぽっちも思ってませんが?
「そういう訳だ。弋くんはこれにて無事に社会人一年目を迎え、この会社も危機をひとつ回避したってとこだ。龍生が明日には海の藻屑となっているかもしれんが」
「ちょっ、社長!本気で言ってます!?」
「どうだと思う?」
「……ああ、いや。答えないでおきます」
なるほどなるほど。どうやら俺が採用された会社は、それはもう色々と色んな意味で、とんでもない会社なようだ……。
◇
「さて、今日はお疲れ様。あんな見た目だけど、本当にヤバいことをやってる人でも、やってた人でもないから、そこだけは念を押しとくわ。あと言ってることも相当だけど、あれ、社長なりの茶目っ気だから」
「となると、どこまで本当の話だったんですか?」
「いや、言ってることはほぼ事実じゃねえかな?」
それはダメじゃね?
「とにかくさ、弋くんにとっちゃ正式に
「いえ、そんな。機会があればお願いします」
「そうだな、今度誘うわ!……ちなみに飲みの席とか強要するつもりないから、予定あったり嫌だったりしたら言ってくれよ?他人がされて嫌なことは俺もしないようにしてるからさ」
「はい。ありがとうございます。出社は来週からでしたよね。またよろしくお願いします」
「おう、よろしく!今日は気をつけて帰れよ。じゃ!」
そう言って、駆け足で山田さんは戻って行った。
初めて会った時はなかなか危ない人なんじゃないかと思ったけど、親切で明るくて、いい人だ。あの社長も……ほら、人は見た目じゃないって山田さんでもわかったことだし。それに山田さんも社長は悪人じゃあないみたいな言い方だったし。きっと大丈夫。大丈夫だろう。たぶん。きっと。
「――さて、帰るか。時間は……まだお昼だし、どっかで食べてこうかな」
とはいえこの辺に来たのは、異世界に転移したらしい、あの日に逃げ込んできた時がほぼ最初だった。それも無意識に知らない場所を目指して走っていたような、気がする。そもそも、たまたま近くに就活で来てただけだったし。だから土地勘もそれほどないし、もちろんお店だってよくは知らない。
というわけで昼を食べるのに、近くの適当な店でも探そうとスマホを開いた。
調べてみると思っていたよりもいくつもヒットする。掲載されてる写真を見る限り、なんとなくオシャレめな雰囲気のところが多いように見えた。
余談だけど、地元でもこんな風にネットで調べると、そこそこ近くに全然知らない食堂とかカフェみたいなのがあったりする。こういうのって、へー知らなかったーと思うのと、そして結局行くことは別にないことまでセットであるあるだと思う。
さて、そんなことも考えながらスマホとにらめっこすること約五分。
「よし、ここにするか」
俺は検討に検討を重ね……。
「――ここだな。やっぱこういう店が落ち着くよな」
日本全国どこにでもあるチェーン店に決めた。やっぱほら、ね。これからこの辺に通うわけだし、別に知らない店とか今日行かなくてもいつか行くからさ。いつか。
そうと決まれば、せめて何を食べるかくらいは考えながら向かうとしよう。あそこならだいたいのメニューも確認しなくてもわかる。そう思ってスマホから外した視線を正面に向けた。
「――あ」
向けた視線の少し先には、こちらに歩いてきている女性が一人いた。そして俺の顔を確認するや、彼女はそんな風に言葉を発した。
「……?」
なんだろ。目線は俺に向いているように見える。ただしこういう時、自分のことだと思って反応をしたら全然別のことだったり、実は自分の後ろ、たまたま直線上にいた相手の知り合いを見てただけだったりして、それに気づいて一人で恥ずかしい!ってなることが鉄板。でも後ろをわざとらしく振り返るのもなんだかかっこ悪い、気がする。だからこれらを踏まえると、「あーはいはい用があるのは俺じゃないのはわかってますよ」って知らん顔をし続けるのが得策。これこそ、平穏に生きるための俺流の知恵という――。
「もしかして、あの時に助けようとしてくれた方ですか?」
「……はい?」
「あの、公園の前で大声で助けを呼んでくれた……」
「………………あ、もしかしてあの時の?」
「はい。あの時はありがとうございました」
ぺこりと小さく頭を下げる彼女を見て思う。異世界だって、実は近くにあるんだ。現実世界なんて、それはもう狭いもんなんだなって。
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