壊れた炊飯器
今朝炊きたてのご飯を食べようとして炊飯器を開けた時、蓋の一部がポロッと取れてしまった。
その一部はとても大切なパーツのようで、見ればスプリングがついており、左右には本体に引っ掛けるための凸がある。
その凸が欠け、蓋と本体は外的要因で力を入れ続けない限り重なり合うことは無くなった。つまり空けっぱなし状態なのだ。まるで顎が外れた人みたいに困った状況になった。
『そろそろお暇を下さい……』
炊飯器からはそんな声が聞こえてきそうだった。
『いきなりそんなこと言われても困るよ』
私の心の声はそんな感じだった。
三合の米は炊きたてだ。
私の朝ごはんと昼の弁当に使い、春休みでまだ起きてこない子供達の朝ごはんと昼ごはんは保温のまま炊飯器に取っておきたい。しかし顎の外れた炊飯器ではヒカヒカに干からびてしまう。さあどうするか……。
私はヤカンに水を入れて炊飯器の上に置いてみた。
取りあえずの一時しのぎだ。
それから心落ち着かぬままに朝ごはんを食べ始めた。心が沸き立っていたとしても、炊きたてのご飯は美味しいと感じられた。
この炊飯器は娘が生まれる前から使っているので、おそらく15年はお世話になったはずだ。
確かにそのボディの輝きはくすんでおり、暇を与えても申し分ない様子だ。
一昨日家電量販店へと赴いた時、私は何気なく炊飯器を見ていた。なんとなく、そろそろかな? という第六感が働いていたのかもしれない。しかし、いくら古くても調子よく米を炊いてくれる炊飯器を、壊れてもいないのに買い換える行為は失礼だと思い、新調を却下した。
もしもあの時新たな炊飯器を買っていたなら、顎の外れた炊飯器に慌てることもなかったのかもしれない。
とは言え、顎が外れたからといっても炊飯器の米を炊くポテンシャルは失われていない。
つまり、食べる意欲があるのに歯を失ってしまった老人に似ている。
入れ歯のように、何かで代替えできないだろうか……。
私は不安定に載せていたヤカンを退けると、ガムテープを蓋と本体側面に貼り付けた。
ガムテープの粘着力はすごい。あれだけパッカーンと開いていた炊飯器の蓋を見事に閉じてくれたのだから。
『はがして開ける』
ガムテープの上に油性ペンでメモを残しておいた。
ここまで壊れれば新たな炊飯器を新調しても悔いは無い。あと少し、私が休日の日まではガムテープの力を借りて米が炊けるのならばありがたい。
お別れまであと4日だ。
その間、なんとかこの炊飯器にはガムテープと共に頑張ってもらいたい。役目を終えるその時まで美味い米を炊け切って欲しい。
これからもガムテープでなんとかなれば、腐れ縁みたいにずるずると共に過ごしていけるだろうか……。
いや、そこまでして酷使しつづけるのはこちらとしても不便だ。いちいちガムテープを剥がしたり付けたりしなければならない。日常の中のその一手間が続くのは互いに酷だ。
やはり私たちの別れの時は避けられないようだ。
名残惜しいが、近々この炊飯器に長年の労をねぎらい、感謝と共に手放すつもりでいる。
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