ねがいごと
書店の入り口あたりに短冊が飾られていた。
作業スペースがあり、そこで自由に願い事を書き、笹の葉に吊り下げられるらしい。
私たちは用を済ませた帰り際にそれに気付いた。
特設コーナーでは小学校低学年ぐらいの女の子が願い事を短冊に書いているところだった。
いいな~。私も書きたい! と思った。
吸い寄せられるように特設コーナーへ行こうとすると、娘が、「まさか書くつもり?」と聞いてくる。
「書きたい。書かない?」と誘うと、「子供しかダメだと思うよ」と、断られてしまった。子供のあなたは書きたくないのかと問い返したかったが、娘は少しも短冊に興味がなさそうだった。大人の私がウキウキとして願い事を書く姿は、娘にとって辱めを与えてしまうのかもしれない。
本当は私も短冊に願い事を書きたかった。
今飾られている短冊にはどんな願い事が書かれてあるのか。あの女の子は今、どんな願い事を書いているんだろう。気になったが、結局私は立ち止まることなく書店を後にした。
車へと向かう駐車場を歩く中、何の願い事を書きたかったのかと娘に問われ、困ってしまった。
特に願い事は考えていなかったのだ。
ただ、あのカラフルな短冊に何かしら書いて吊り下げたかっただけの事。私は頭に浮かんだ願いを呟いた。
「すっごく美味しいものが食べたい。…かな?」
娘は吹き出した。
「そんなの食べればいいじゃん、すぐに叶うよ! なにが食べたいの?」
そう問われ、再び私は困ってしまった。
特にこれといって食べたいものは浮かばない。
「なんでもいいけど、食事系ですっごく美味しいものがいい。肉か魚で言ったら魚かな」
「そう。それ、もしも短冊に書いて吊り下げたなら、仕事場の人とかに見られるかもしれないよ。お母さん、人とはお店で会いたくないって言ってるのに短冊の願い事は見つかっても大丈夫なんだ?」
そう言われてハッとした。
私は市内で知り合いとバッタリ会ってしまうのを極度にイヤがるタイプの人間だ。
もしも知り合いが店内にいることを知ったなら慌てて逃げ帰る。今日の書店も娘に付き合ってしぶしぶと清水の舞台から飛び降りるつもりで入店したのだ。大概私は長丁場になる買い物は市外まで足を伸ばしている。絶対ここでは会わないでしょと自信のある現場にしか堂々として楽しく買い物が出来ない病気なのだ。
「適当にペンネームとか使えば大丈夫でしょ?」
「本名じゃないと神様が混乱しないかな?」
「……たしかに」
ならば、誰にもみられない自宅で、折り紙で短冊作って飾ってみようか。短冊に願い事を書くだなんて、何年ぶりだろう。ホンモノの笹なんて手に入らないから、この際竹も折り紙で作ってやろうかと思ったが、生憎自宅に折り紙の在庫はなかった。
多分、去年の大掛かりな断捨離の時、ノリで折り紙まで捨ててしまったようだ。
多分この時期ならどこのお店でも七夕の特設コーナーはあるだろう。
明日は市外へと買い出し予定だ。そこにあったなら、今度は絶対、短冊に願い事を書くつもりだ。
でもよく考えると、美味しいものが食べたいのなら食べに行けば良いだけの話だ。遠くへと足を運んだついでなら、気楽に食を楽しめるのかもしれないが、しっくり来ない。
多分私は、何かしら短冊に願い事を書き、笹の葉に吊り下げることが願いなのかもしれない。
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