不意打ちを受ける者

 ボクを後衛として兵士たちが陣を組み、ルマは死角に潜む。

 息を整え、響く足音に鼓動を揺さぶられながら、ボスを待つ。


 だんだんと足音が大きくなるにつれて鼓動のテンポも速くなっていき、

 ボスが歩く度に地面が揺れるようになるまで接近し、

 そしてついに――


「っ……お、大きい……」


 その巨躯は目測でも3メートルを優に超えている。

 右手にはボスにしか扱えないであろう巨大な棍棒を持っており、あんなので薙ぎ払われたら大盾を持った兵士でも防ぎきれそうにない。

 聖女の祈りによる加護があってもダメージは通ってしまうだろう。


 もしもルマの不意打ちが失敗したら、撤退すらできずに全滅するかもしれない。


「撃て!」


 兵士長の号令で一斉にボウガンから射出される矢。

 そのほとんどが棍棒の一振りで防がれたが、肩と腹に一本ずつ命中した。


「……」


 それは人間の尺度で例えたら、針が刺さったようなものなのだろう。

 ダメージと呼べるような傷にはならない。

 しかし痛みは確かにあり、うざったい。


 ボスは苛立った目つきでこちらを見ており、それは注意を引けている何よりの証だった。


「全体後退!」


 棍棒がいくら大きかろうと、射程ではボウガンの方が勝っている。

 こちらが後退すれば、ボスは必ず追ってくる。


 そうすれば、ルマが確実に背後を取ることができる。


 じりじりと、決してボスから目を離さずに後退する兵士たち。

 ボスもこちらを睨みつけ、棍棒を構えたまま前進する。


(勝った……!)


 ルマが飛び出したのが見えた瞬間、そう確信した。

 ボスに背後のルマに気づいた様子はなく、依然として飛び道具を警戒している。

 不意打ちは確実に決まる……そのはずだった。


「セイ! 後ろ!!」

「……え?」


 それは不意打ちを台無しにしてしまう大声だった。

 洞窟内に響いて、ボスゴブリンにも、兵士たちにも、ルマから一番遠いボクにもはっきりと聞こえるような。


「うしろ……?」


 ルマの叫びの意味もわからず振り向いた。

 後ろと言われるがままに――

 馬鹿みたいに――

 何も考えないままに――


「っ!?」


 ――其処に、ゴブリンが居た。


「いやあぁぁっ!?」


 腕を伸ばせば届く距離。

 鎧も盾も無い、裸とほとんど変わらない、ただの布でできた修道着しか纏っていないボクの目の前で。

 ゴブリンが、赤黒く錆びた鉈を振りかぶっていた。


「ギャギャアァァッ!!」


 最初からそれはわかっていたはずだった。

 ゴブリンが奥に潜んでいる可能性は考えていたはずだった。

 それがボスの咆哮一つだけで忘れさせられてしまっていた。


「ひいぃぃっ!」


 殺意の籠った鳴き声を至近距離でぶつけられて、ボクは咄嗟に目を瞑った。

 細腕で情けなく顔を覆って、縮こまってしまった。


 戦場においては何の意味も無い、敗者の姿勢を取ることしかできなかった。


「聖女様っ!」」


 ボクを呼ぶ声が聞こえるのと同時に、背後から引っ張られた。


「きゃぁっ!」


 その勢いに受け身も取れず、荒れた地面に身体を打ち付けられる。

 腰がじんじんと痛むけれども、鉈にかち割られるよりはずっとマシなのだろう。


「うおおおおぉぉっ!!」


 生死をかけた雄叫び。

 ボクの必死な悲鳴とは違う、雄々しくも勇敢に自らを鼓舞する声。


 不意打ちを仕掛けてきたゴブリンを逆に打ち取る兵士長の姿が、顔を覆った腕の隙間から見えた。


「聖女様、お怪我は!?」


 その顔に浴びたゴブリンの返り血を拭うこともなく安否を気遣う兵士長。

 それが頼もしくもあり、同時に恐ろしい。


 文字通りの掌の上だ。

 ボクを生かすも殺すも信徒たちは自由に選ぶことができてしまうのだと思い知らされる。


「だ、大丈夫です……あ、ありがとうございます……っ、ルマは!?」


 自身の身が助かって安堵したのも束の間、瞬時にして心臓が握りつぶされた。


 こちらが仕掛けようとした不意打ちとはまるで真逆。

 ボクに気を取られているルマの眼前に、その幼い体躯よりもずっと太い棍棒が迫っていた。

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