God Save the Friday Knights.
思い出を喰う蟲
第2話:戦争を終わらせるための戦争。①
ヴァルヴァニカとの一件が解決した後、私たちはヴァルヴァニカのメンバーを保護、ローンウルフに引き入れることにした。最初こそ反抗する者や、私のことを殺そうとする者もいた。
だがジョバンニの手紙を見せると、復讐心が生まれたのか共にフィンランディアと戦うと誓ってくれた。非常に心強い味方ができたものだ。
ジョバンニが殺害された後、彼らが支配していた地域を私達ローンウルフが支配するようになった。彼らはグラスゴーの一帯を支配していたようで、海に近いその地形を利用して他国のマフィアやアメリカのギャング達と貿易を行なっていた。
どうやらジョバンニは英語やイタリア語を話す者だけでなく、フランス語やドイツ語話者なども雇っていたらしい。そしてそのほとんどが元ホームレスや生き残る力がなかった者たち。どこまでも優しい男だ。おかげでたくさんの国々と貿易ができ儲けることができていた。ヴァルヴァニカは大量の資産を持っているとは聞いたことがあったが、こういうことか。
ジョバンニは賢い奴だ。死ぬには惜しい人間だったな。
麻薬を売り捌いていたのはおそらくフィンランディアからの指示だろう。麻薬業は儲かるが、評判を悪くする。他国との貿易を主にするヴァルヴァニカにとっては禁忌の商売だ。だがフィンランディアは都合の良い手駒を手に入れた。都合の良い手駒があれば、手を汚さずに儲けることができる。
エリィ....エリーゼはそんなズルい手を使うような人間じゃなかったはずなんだけどな。数年会ってなきゃ人柄も変わるものか。
ヴァルヴァルニカの資産は全てローンウルフが受け継ぐことになった。ヴァルヴァニカの生き残り達に、自分たちの為に使えと伝えたが
「ローンウルフが使うことが、私たちの為になるんです。」
と言われてしまった。そうして受け継ぐことになった。こんな大金を手に入れれば他のマフィアやギャングに狙われる。
それを阻止する為、当分の目標は武器の調達とメンバーの訓練になった。
幸いにも私は元々部隊を持っていた人間だったし、他のメンバーもほとんどが元兵士であった。
問題は.....武器の調達だ。ローンウルフもヴァルヴァニカも一応はいくつか銃を持っていた。”一応”はだ。圧倒的に足りない。ジョバンニは人望があった。だからジョバンニについていく人が増えたのだろう。だがそれが仇となった。人が増えても武器が増えるわけじゃない。フィンランディアに負けたのも、ここが原因だろう。
武器調達の方法は三つ。 作る、買う、奪う。
一つ、作る。安定性があり、供給に時間はかかるだろうが、資金は十分にある。
二つ、買う。作るよりかは安定性に少し欠けるが、供給にあまり時間はかからない。資金は十分にあるが、いずれ足りなくなってくるだろう。
三つ、奪う。確実だ。資金も必要ない。安定性は皆無だが、すぐに供給することができる。名誉と人望を失うがな。
今攻め込まれば勝てる確率は四割五割といったとこだろう。これでも私は最強なのだ。
一人でも十分に戦える。だがこれは国同士の戦争じゃない。マフィア同士の戦争だ。生き残りを作る必要がある。だから武器の調達が最優先だ。
「はぁ....どうしたものか。」
「珍しいですね、ため息なんて。」
「うるせえよ、お前も働け。」
「酷い。俺これでもちゃんとローンウルフに貢献してるんですよ?」
「ほう?具体的に言ってみろ。」
エリカは意地悪そうに笑いながら聞く。
「組員の訓練を担当しています。」
驚いた。普段何もしないこいつが本当にローンウルフのために働いているなんて。
「ふむ、やるじゃないか。お前にしては。」
「そうでしょ!頑張ったので頭撫でてください。」
「いいぞ。こっちこい」
「嘘、まじですか。」
「ああ、早くこっちにこい。」
「やたーー!」
「ウィリアムさん、その頭どうしたんですか....?」
「エリカさんに殴られました。普段からそうしろって。もう誰も信用できない。」
「えぇ...。」
「なんか腹立ってきた。今日の訓練は俺と組手だ。かかってこい。お前らに三和無敵流柔術を教え込んでやる。」
「えぇ..........。」
「うーむ...。強奪は....怒られるしなぁ....。」
誰かが扉をノックする。
「エリカさん、入っても構いませんか?」
(ん...誰だ...?)「あぁ、入れ。」
「失礼します。」
「おう。お前、名前は?」
コーヒーを飲みながら突然の来訪者に対応するエリカ。
「ウォルター=アーベレ。ヴァルヴァニカではドイツ人との貿易で通訳として働いておりました。」
「ドイツ人か。どうした?」
「武器調達で困っていると聞きました。そこで一つお話が。大戦中、私はドイツ軍に入隊しておりました。しかし我々は負け、戦後私は路頭を迷っておりました。」
「なるほど。その体じゃ雇ってくれるところがなかった訳だ。うちにも何人か大戦で欠損を負ったものもいるが、片腕一本持っていかれているやつはいないな。」
エリカはウォルターの、中身のない袖を見る。
「おっと、すまない。つい見すぎた。」
「いえ、大丈夫です。 話を戻しましょうか。ドイツは大戦で負けた後、連合国とヴェルサイユ条約を結ぶこととなりました。」
「ドイツが軍備制限されたんだっけか。」
「はい。その条約の影響でドイツは軍備の縮小を余儀なくされました。が、今年の4月16日、ドイツはソ連とラパッロ条約を結びました。」
「ラパッロ条約...まさかとは思うが。その話というのはドイツとソ連の合同訓練に関連した話、だなんて言うんじゃないんだろうな?」
「さすがエリカさん。話が早い。」
驚きのあまり絶句するエリカ。
「お前は馬鹿なタイプじゃないと思っていたんだが...よく考えてみろ。私はお前の同志たちを殺したんだぞ。私はソンムで戦った。お前がソンムにいたかは知らないが、お前の仲の良い友人や仲間を殺したかもしれないんだ。お前はいいかもしれないが他の連中はどうだ?私に対して強い恨みを持つものがきっと、いや。必ずいる。」
エリカは前のめりになって言う。
「えぇ。知っておりますとも。ですが”戦争を終わらせるための戦争”はすでに終わっています。私たちはもう敵ではありません。そもそも、戦争は政治家たちの戦いであり、国民はそれに巻き込まれているだけです。元より人間は平和を生きる住民であり、皆仲間なのです。」
「.....ハァ〜.....で、詳細は?」
「現役時代にお世話になった上官からのお誘いです。そうですね....6月になります。ドイツとの貿易の際、上官と運よく再開できました。そこでドイツとソ連との合同訓練の話を聞きました。
ーー「マフィアに所属してるんだって?」
「はい。優しいイタリアンマフィアの方に拾っていただいて...今ではこうして通訳として働いております。」
「ふむ。なら、武器が必要じゃないか?マフィアなら敵がたくさんいるだろう。それを蹴散らす武器を大量に持っているんだが...ヴェルサイユ条約のせいで破棄をしなきゃならんのだ。」
「武器...ですか。」
「ああ。大型兵器はすでに解体されたが、小銃はまだ破棄されていない。ま、隠しているから破棄されるわけないんだがな。だがバレたら最悪お縄だ。だからどうせなら誰かにやろうと思ってな。」
「ふむ。何か条件が?」
「9月にソ連との演習があってそれに将校が参加する。その後合同訓練も予定してるんだが人手が足りなくてな。そこで、訓練の相手として参加してもらいたい。」
「9月ですか。わかりました。ボスに伝えておきます。」
「おぉありがとうな。ドイツ人じゃ誰ももらってくれなかったから助かるよ。こいつが俺の住所だ。また参加するようなら手紙よこしてくれ。」
「かしこまりました。またよろしくお願いします。」
「おう、またな。」
「結局9月を迎える前に、ボスはなくなってしまいましたが...」
「それは...残念...だが待て。それに参加したら私ほぼ反逆者じゃないか。」
「大丈夫です。とっておきの方法がありますので。」
「....一応聞いておこう。」
「密航です。」
ウォルターはニコニコと笑顔を浮かべている。どうやら自分の言っていることがいかにやばいかわかっていないようだ。
エリカは再度深いため息をつく。
「お前、密航って...」
「私たちには貿易船があります。港の人間には賄賂を渡せば何も問題ありません。」
こいつ...穏やかな顔してるくせに言ってることヤベェな....
だが実際、今武器不足を解決する一番の方法か。
「一応、考えてはおく。」
「かしこまりました。あ、ドイツ語の勉強をおすすめしておきますよ。
もし教師が必要なら私をお呼びください。」
「....どーも。」
その日の夜。
エリカはウォルターの話を、タバコを吸いながら思い返す。
(ドイツか。何人ものドイツ人を殺した私がドイツ人を訓練する....。果たして本当にいいのか?ローンウルフを守るためなら必要なのだろう。私は愛国心なんて大層なものはない。幼い頃から戦うことだけを考えていた。だがローンウルフが関わってくるなら話が別だ。本当に...私が...。)
エリカ=ローンウルフ。齢24。
幼い頃から周りから分け隔たれた生活を送ってきた彼女は、未だ幼心を隠し持っていた。
そんな彼女にとって責任という言葉は、呪いのように彼女を苦してめていた。
ーー悪夢を見た。
知り合いや仲間が死んでいった悪夢だ。
仲のいい友達が死んだ。
いつも私に悪態をつけて、いつも私から一方的に殴られていた。けれど憎めないやつだった。
爆発に巻き込まれて死んだ。
幼馴染が死んだ。
友達が少ない私といつも一緒にいてくれて、たまに一緒に悪いことしたりして。
戦車に轢かれて死んだ。骨が軋み、割れる音。内臓が飛び出して潰れる音がハッキリと耳に残っている。
世話になった上官が死んだ。
孤立していた私が暴力沙汰を起こした時も、いつも大目に見てくれて、私を庇ってくれていた。
私を庇って死んだ。
私が敵兵に刺されそうになった時に、私のことを庇って、死んでいった。
みんな死んだ。みんな殺された。
墓の前で願う。彼ら彼女らが安らかに眠れていることを。
十字架の前で祈る。もう、私の友人が死んでしまわないことを。
敵兵に乞う。どうか私のことを、恨まないでほしい、と。
みんな死んだ。みんな殺した。
8月26日。
件の合同訓練について、マザーとウィリアム、ヴァルヴァニカの仮のボスとウォルターを集め、話をする。
一人目、マザー。
「私は賛成よ。一番大事なのはローンウルフじゃないわ。大事なのはみんなの命。命を守るのに武器が必要なら、参加するべきじゃないかしら。」
二人目、ウィリアム。
「俺は...反対ですかね。イギリスとドイツはほんの数年前まで戦っていました。恨みや憎しみの感情を持つものも、少なくないでしょう。合同訓練中に襲われる可能性も十分あると思います。」
3人目、ヴァルヴァニカのボス(仮)、ロレンツォ=カンパニーレ
「僕は賛成です。実際、ヴァルヴァニカは過去に武器不足が原因でフィンランディアに事実上支配されていました。ローンウルフにエリカさんやウィリアムさんがいるとは言え、フィンランディアに対抗するのは難しいかと思われます。彼らは支配した組織に麻薬を売らせ、利益を得て大型兵器や傭兵までもを手に入れている....一国の軍隊に近い戦力を有しています。ならば我々も早急に武器を供給するべきかと。」
(どの意見も的を射ている。将来、フィンランディアと戦うつもりなら武器は持っておくべきだ。だがウィリアムの話も頷ける。合同訓練に行けば襲われる危険があるだけじゃない。人員をそちらに割いてしまえば、ローンウルフが襲撃される可能性もある。)
「エリカ。」
突然母に声をかけられ、少し驚くエリカ。
「ん、どうかしましたか?」
「合同訓練、あなたとウィリアム、二人でいくのはどうかしら。」
「俺とエリカさん二人で、ですか。」
「いい案かと思います。襲撃される可能性があるとはいえ、合同訓練に参加しにドイツに行った、という情報が敵に渡らなければ可能性は減ります。」
「確かに。私がいるいないで戦況は変わる。バレさえしなければ敵もびびって手は出さないだろう。」
自信満々のエリカを見て、少し引き気味になるウィリアムとロレンツォ。
(一つだけ気がかりなのは、やはり私が責任という重みに耐えれるかどうか。正直自信はない...。)
「....」
「エリカさん。」
「なんだウィリアム?」
「俺1人でいきましょうか?」
エリカは椅子から立ち上がり声を大きくして言う。
「っ、ダメだ!危険すぎる!」
「エリカさんはイギリス人、俺は日本とイギリン人のハーフで、顔立ちもアジア系に近いです。それに大戦にも参加していない。条件は俺の方が合っています。」
「だ、だが流石に1人は...」
「大丈夫です。三和無敵流には忍術だってあるんです。こう見えて俺、結構強いんですよ?」
「それに。」
ウィリアムは一つ付け加える。
「俺はエリカさんの方が心配です。あなたは強い人だ。けど子供っぽさもある。最近はずっと何か考え事をしているようですし。」
「それは...そうだが...」
「安心してください。ウォルターさんも同行しますし、合同訓練は3日だけです。」
「ふむ...エリカさんがいればローンウルフは基本安全。ウィリアムさんがドイツ人に恨まれている可能性も少ない。これが最善策かと。」
「えぇ。これが最善。これ以上ない提案だわ。反対もできない程ね。エリカ、あなたはどうかしら?」
エリカはまた考え込んでしまう
「1人で抱え込まないでください、エリカさん。俺たち仲間でしょ。なら俺を信用して任せてください。」
ウィリアムは笑いながらそう告げる。
(仲間なら...信じる....べきか。)
「....分かった。だが合同訓練は人手不足なんだろ?ウィリアム1人で大丈夫なのか?ウォルター。」
「大丈夫かと。ウィリアムさんに勝てる人間はドイツ軍にもソ連軍にもいないでしょう。2、3人と戦って現実を見せてやれば良いのです。」
(相変わらずこいつはえぐいことを....)
「なら大丈夫....だな。うん。ウォルター、合同訓練の詳しい日程は?」
「合同訓練は9月20日。あと25日の猶予があります。」
「ありがとう。全員、ウィリアム1人が合同訓練に行く。それでいいな?」
全員首を縦に振る。
「よし。それじゃあ今日は解散だ。各自仕事に戻れ。」
皆席を立ち部屋を出ていく。
「ウィリアム。ちょっといいか。」
「? どうかしました?」
「ロシアと日本は20年前、戦争をした。知っているな?」
「えぇ。日露戦争でしたか。日本が勝った...」
「ああ。ソ連側にも当時の軍人がまだいる可能性や父や友人を殺された兵士がいるかもしれない。くれぐれも....。うん、生きて帰ってこい。」
エリカはボラネクタイを外し、ウィリアムに渡す。
「これは私のお守りみたいなもんだ。絶対に返しにこい。」
「エリカさん...ありがとうございます!」
エリカはウィリアムのネクタイを外しボラネクタイを着ける。
「よく似合ってるじゃないか。落とすなよ。高いんだぞ、それ。」
ボラネクタイには大きなターコイズと綺麗な装飾が施されていた。
「任せてください!ちゃんと生きて帰ってエリカさんに頭を撫でてもらいます!」
「そうか。わかった。無傷で帰ってきたら撫でてやろう。」
エリカは微笑む。
「ほんとですか!?もう殴らないでくださいね!約束ですよ!!」
「ああ。約束だ。」
二人は吹き出してしまい、笑う。
「ハァ〜....全く....。....がんばれよ、ウィリアム。」
「....はい!」
ウィリアムはニコッと笑い、敬礼をする。
それに対し、敬礼で返すエリカだった。
(((早く付き合わないかな、この2人。)))
一方、イチャイチャする2人に早く幸せになれと部屋を覗きながら思う3人であった
God Save the Friday Knights. 思い出を喰う蟲 @Uta_T
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