夫婦の未来を決めるのは、AIか、それとも人間か。

藤澤勇樹

第1話 エピローグ - 平穏な日常

佐藤麻衣子は、35歳の専業主婦だ。彼女の人生は、まるで静かに流れる小川のようだった。穏やかで、予測可能で、時折小さな波紋が立つ程度。麻衣子は、夫の洋介と二人で暮らす2LDKのマンションの窓辺に立ち、外の景色を眺めていた。


「ねえ、洋介。今日の夕飯、何がいい?」


リビングのソファでくつろぐ洋介に、麻衣子は振り返って尋ねた。37歳の洋介は、中堅の広告代理店に勤める会社員だ。彼の返事を待つ間、麻衣子は冷蔵庫からペリエを取り出し、グラスに注いだ。炭酸の細かな泡が、夕暮れの光に煌めいた。


「うーん、何でもいいよ。麻衣子の作るものなら何でも美味しいから」


洋介の言葉に、麻衣子は小さく微笑んだ。結婚して10年、二人の間には子供こそいないものの、お互いを大切にし合う関係は変わらなかった。


麻衣子は冷えたペリエを一口飲み、喉を潤した。炭酸の刺激が、彼女の思考をクリアにする。彼女は、母親から受けた結婚生活のアドバイスを思い出していた。


「夫婦は互いを支え合い、困難な時期を乗り越えるものよ」


母の言葉は、麻衣子の心の支えだった。彼女は、日々のコミュニケーションを大切にし、洋介との関係を育んできた。


キッチンに立ち、夕食の準備を始める麻衣子。まな板の上でニンジンを刻む音が、静かな室内に響く。窓の外では、夕暮れの街並みが徐々に灯りをともし始めていた。


「洋介、最近の仕事はどう?」


包丁を動かしながら、麻衣子は何気なく尋ねた。夫婦の会話は、こんな些細なやりとりから始まることが多かった。


「ああ、まあ普通かな。新しいプロジェクトが始まって、ちょっと忙しくなりそうだけど」


洋介の声には、少し疲れが混じっているように聞こえた。麻衣子は、夫の様子を気にかけながらも、それ以上は追及しなかった。時に距離を置くことも、夫婦のコミュニケーションには必要だと、彼女は考えていた。


夕食の支度が整い、二人はテーブルを囲んだ。いつものように、その日あったことを話し合い、たわいもない会話を楽しんだ。麻衣子は、この何気ない日常の幸せを噛みしめていた。


しかし、彼女はまだ知らなかった。この平穏な日々が、思いもよらぬ方向に進もうとしていることを。佐藤麻衣子の人生は、静かな小川から、予測不可能な急流へと変わろうとしていたのだ。

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