カグノエ ー厭わしき貴方ー
@sangiy
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第1話
空は灰色の雲が覆い、時折吹く強い風には風花が舞っている。あと半月もすれば風花は重みを増して雪になるだろう。
大陸北部地域一帯を国土とする公国に、再び冬が訪れようとしている。
そんな日でも室内は暖かく、少し着込めばまだまだ火で暖を取る必要は無い。一年の3分の2を雪と共に過ごすがゆえに培われた知恵は、衣食住多岐にわたる。
皇居の一室。皇帝キリルは手にした書面から目を離し、ため息と共に徐に顔を上げた。幸い正面に居る人物と視線が合う事はなく、そのまま顔を背けて窓の外を眺める。
公国の政治の中心地である皇都スィニヤグラード 。街の中には、この国と共に歴史を歩んだ建物が今もなお数多く残って居る。
視線を遠くへ向けると、古典的な街並みが次第にガラス張りの建物群へと変わり、高層ビルがまるで城壁のように市街地を取り囲んでいる。
そのビルの間から見える森。ここから車で20分程度の場所にある1200エーカーに及ぶ自然保護区だ。
初代皇帝の眠る地でもあるため、連日敷地内を訪れる人の数は少なくない。
しかし万民に開かれているのは、敷地の入り口から皇墓でもある教会迄、それも全体の3割に満たない。
あの土地の殆どが皇族ですら理由無く近づけない禁足地なのだ。
何世紀も前からずっとそうだった。
だからキリルは、そういう物だと思って育った。しかし歳を重ね、世の中を知り、政治を学んでいく中で否応なく、あの土地が普通ではない事を認めざるを得なくなっていった。
前皇帝ダニール、キリルの父があの土地へ脚繁く通っていた事は有名な話。月に一度は必ず皇墓教会を訪れており、歴代の皇帝達の記録を遡っても稀な事だった。
だからダニールの皇太子時代の逸話も相まって、ある噂が囁かれ始めた。
ダニールは禁足地にアンシャールの災いを隠している。
アンシャールの災いとは、強力な力を有する「星」の事を指しているようだが、中にはその星の宿主となった女とその子供のことだという話も耳にした。
星とはかつてアンシャールの一族が天から授かった力。人の心臓に取り憑き、宿主の命と引き換えに強大な力を貸与する。
本当に天から授かった力なのか、はたまた人が作った物なのか、今となっては謎ばかりの代物だ。
星に憑かれる事で、宿主は不老と長寿を手にするが、この二つは決して恩恵ではない。
宿主は星の力を熟知したその時から、老いる事がなくなる。そうなると大量の血を流すような重傷を負わない限り、命を落とす事はまずあり得ない。宿主の成長を止めて半永久的に生かしておけば、取り憑いた星はより長い間一人の宿主という餌を喰らい続ける事ができるからだ。
しかも宿主は星に命を喰らわれるにつれて、体が徐々に結晶化していく。そうすることで宿主が息絶えたとしても、星は結晶の中で次の宿主が現れるのを待つことができる。宿主と共に滅びる心配が無いのだ。
つまり結晶化は星の力を使うほど早くなる事を考慮して、星の力との共存を試みれば、宿主はその姿のま数百年は生き続ける事も不可能では無い。
ダニールが隠したのは、次の宿主を待つ結晶なのか、星の宿主なのか。
いずれにせよ所在を目視して検める為に常々禁足地に足を運んでいたのではないか。と、国民達は推測した。
しかしキリルはそうではないと思う。
一年前、皇帝の席を継いだからこそ分かる。
父は星の所在を確認する為でも、皇太子時代の思い
異質な何かを皇居に寄せ付けない為に、自らが赴いていたのだ。
キリルは窓に向けていた顔を室内に戻し、正面に立つ不気味な目をした男を眺めた。
一方の目は鉱石のタンザナイトを彷彿とさせる青。もう片方は本来白い部分が黒く、瞳はルビーのように赤い。上着を纏っているが、しなやかな筋肉質の体つきをしているのが分かる。目の色を除けば、耳目は申し分ない部類だろう。
近衛兵の軍服に良く似ているが、彼の着ている物の方が色調が暗く、装飾には金糸が織り込まれている。
ここ一年事あるごとに顔を合わせてはいるものの、つい先程知ったのだが、どうやらこの男はザルムというらしい。
ザルムは部屋のドアとキリルとの中間辺り、大体5メートルほど離れた場所に佇んでいる。
普段なら書面を渡したらさっさと帰るところを、今日はキリルが読み終えたのを見届けても尚ここに居る。
という事は、答えを待って居るのだろう。
「ザルムと言ったか……。悪いが、この答えは直ぐには出せない。一旦引き取ってはもらえないだろうか。」
ザルムは瞬き一つせず、淡々と答える。
「いいだろう。答えはいつ出す。」
「3日ほどくれないか。」
「3日……。待てなければその前に来る。」
そしてこちらの答えを待つこともせず、ザルムは踵を返して部屋を出て行った。
キリルは深く息を吐きながら、椅子の背もたれに沈み込む。
元々静まり返って居たが、ザルムが去った室内は一層、水を打ったように静かになった。
待てなければ……。手紙の差出人は気長じゃない。そういうことだろう。
悩んで居る時間など許されないという事か……。
先王ダニールが死去したのが一年前。位を継いだばかりのキリルが広大な土地の中心として采配を振るう事ができたのは、この手紙のお陰と言っても過言では無い。
父ダニールが生き絶えた日、禁足地からの使者・ザルムが最初の手紙を届けに来た。手紙の差出人はインペラトルを名乗り、恭しく悔みの言葉述べた後「助言」や「提案」と称して国政をどう動かすべきかをキリルに述べた。
手紙にはキリルの知らない貴族層の事や議会の動きも記してあった。だからインペラトルに言われた通りに事を進めれば意外なほどに全てがキリルにとって良い方向に事が進んでいった。
一年が経った今、キリルの統治下で政治を乱す事もせず国政は安泰している。
キリルは窓を開けて、再び保護区を眺める。あの土地に住むインペラトルという者。ここからでは屋敷はおろか人が住むような建物があるかどうかすら分からないが彼らはあそこにいるのだ。
何世代も前から。
今日に至るまで、何人もの皇帝達が決して争う事ができなかった。この国にとって、とても強い影響力を持つ者。それがインペラトルだ。
この国はインペラトルの意のままに動くしかない、皇帝はおろか、議会ですら傀儡に過ぎない。
これがこの、北の大国である公国の実態だ。
桟に腰掛けて窓の外を眺めていると、部屋のドアが叩かれた。徐に顔を向けると、程なくして一人の女性が入ってきた。
背は高くはないが小柄でもない。華奢な姿が一見か弱く見えるが、彼女はれっきとした軍人だ。公国親衛師団近衛小隊隊長ベロニカ、本人は主に皇帝の身辺警護にあたりながら、スィニヤグラードの警備はこのベロニカが統括している。
「あの者は帰路につきました。念のため部下に追わせています。」
彼女の報告を聞くと、キリルは再び窓の外へ顔を向けた。
「そうか。」
「奴は今度は何と?」
見た目は二十代半ばといったところだが、ベロニカはキリルと同年代、次期に40を迎えようとしている。彼女は星に憑かれているのだ。
ベロニカは訓練学校の時から腕を買われ、事あるごとに皇居に出入りしていた。皇太子であったキリルは式典の際に何度も彼女に警護してもらっている。要するに幼馴染なのだ。
だから彼女に尋ねられれば素直に答えてしまう。
「末の弟をアンシャールの姫と結婚させろとの事だ。」
彼女は目を見開いて言葉を詰まらせた。
そうであっても仕方がない。
この時代において政略結婚など馬鹿馬鹿しいにも程がある。仮にこの結婚が成立したとしても、ただの政略結婚とは一味違う。
かつては強大な力をもっていたアンシャールだが、今では北海の島国である神聖帝国領内の自治区でひっそりと暮らしている少数民族でしかない。しかし、それでも過去の栄華の影響力は強大で、だから自治区を得て古来の風習と尊厳を守られながら暮らしているのだ。
そんなアンシャールと公国が繋がるとなれば、神聖帝国とは今後穏やかな関係を続ける事は難しくなるだろう。その緊迫した状態を南の連邦政府がただ俯瞰している訳がない。
そうなれば、さらに南の内海以南の国家軍や首長連合も臨戦体制に入るだろう。
キリルは深々と溜息を吐く。表情を曇らせるキリルの姿を見て、ベロニカはあえて微笑みながらキリルへ歩み寄る。
「差し支えなければ話してください。それも私の仕事です。」
◆◆◆
皇帝に手紙を渡し終えて、皇宮を出た。いつもなら星の力を使うところだが、何故か今日はそのま歩くことにした。5分程度かけて門まで辿り着くと、寄せ口に車が一台停車いている。車両の端にドライバーと思しき男が立っていて、ザルムを見るなり後部座席のドアを開けた。訝しく思いつつも、男が来ている服は皇帝の近衛兵のもので胸元には皇帝の親衛隊を示す勲章がある。つまりベロニカの差金という事だ。ならば、このもてなしは受けるべきだろう。ザルムは車に乗り込んだ。
20分ほど車に揺られ、指示していないのに保護区の中の皇墓教会の前に着いた。
というのも、単にここが車で入ることのできる最奥だからだ。保護区はそのほとんどが禁足地で、唯一ある門から教会までしか立ち入る事が許されていない。
森を有する長閑な公園の中に佇む、荘厳な様式の教会。ここには敬虔な思想の国民や観光客、都市の喧騒から離れたい人々が連日訪れている。
ザルムが車から降りると、車はあっけないほどに、すぐさま走り出していった。車が教会の前の広場を一周して、来た道を戻り始めたのを確認して、ザルムは教会の入り口へと足を運ぶ。
石段を上っていると、参拝を終えた数人が階段を降りてきた。皆ザルムの事が見えていないかのように、横を通り過ぎていく。
階段を登り切り、開け放たれた扉をくぐる。
中には10人ほどの人々が祭壇の彫像を眺めたり、その足元に跪いたり、あるいは椅子に座って祈りを捧げたり、それぞれの時間を過ごしている。
入り口の近くで佇んでいると、一人の青年と目が合った。彼はスィニヤグラード市の職員で清掃業者の手配や観光客の出入りを監督している。ここには常駐の司祭は居ないので、建国記念日や初代皇帝ゆかりの日取りに国教会本部から司祭を招くのも彼の役目だ。
青年はザルムを見るなり目礼すると観光客達に向かって声を張り上げた。
「この後修繕工事の業者の調査が入ります。恐れ入りますが、ご退館をお願い致します。」
観光客達は徐ながら教会を出て行く。最後の一人を見送ると、青年も外に出て、そっと扉を閉めた。
言葉を交わした事など無く、挨拶を二、三度したかしないか程度の間柄だ。それでも青年の方はザルムが一体どういう立場の人間なのか概ね理解しているのだろう。
しばしの間、閉じられた扉を眺める。再び開く様子はないのでザルムは教会の奥へと歩き出した。左右に並んだベンチと懺悔台の間を抜けると、その先に荘厳な彫刻が載った祭壇がある。彫刻は公国の創成期にまつわる獣と聖人、祭壇の下に眠る初代皇帝伝承に準えて造られたものだ。
祭壇の前は円形のホールになっていて、見上げれば10メートルの吹き抜けになっている。
そのホールの手前でザルムは跪いた。そして長年参列者に踏まれて、擦り切れた床の石をそっと撫でる。それから、獣のように暗く鋭く変化させた親指の爪で、人差し指の先に数センチの切り傷を作ると、溢れ出した血を数滴、石の隙間に染み込ませた。再び床を撫でると、しばしの目を閉じて物言わぬ相手と対話する。教会の中は静まり返り、ザルムの息づかいすら響きそうだ。
「ずーと聞かないようにしてたけど、あんたそんところで何してんの?」
静寂の中で、あえて高く発しているが滑らかな声音が響いた。それが誰の声なのか、ザルムも良く知っている。だから慌てることもなく、ゆっくりと目を開けはしたものの、相手に顔を向けることもしない。
「知ってどうする。」
「別に。ただ気になるだけよ。わざわざ教会を貸し切って、祭壇でも無い床を撫で回しているなんて、どう考えたって不審者だもの。」
声はザルムに近づきながらそう言った。そして真横で立ち止まると、跪くザルムを見下ろす。
しかしザルムは跪いたまま、中々次の言葉を発しない。
「なんとか言いなさいよね。」
やや苛立ちを含んだ声が降ってきて、ザルムは溜息をついき、やむなく口を開いた。
「この下に敬愛する人が居る。」
「この下って……。」
どう見てもただの、長年踏みつけられて擦り切れた畳石の一枚だ。
ザルムは徐に立ち上がり、横目で声の主を見やる。
長い髪を肩から流し、美しく化粧を施した耳目の整った顔に困惑の色を浮かべている。市内を歩いていれば誰もが振り返るであろう美貌を備えた彼は、シャームという。
「前皇帝ダニールの妻だ。皇妃の地位を捨て辺境の地に隠れ住んでいたが、未来永劫万人に踏みつけられらようにとこの場所に埋葬された。」
「そんな、仮にも妻だった人に対してあんまりだわ。」
シャームはいつもは他人を嘲笑うように振る舞っているが、案外情に厚いところがある。特に権力が理不尽な暴力を振るう事には敏感だ。
ここは前皇帝の名誉のためにも、補足しておくべきだろう。
「それを指示したのはダニールではない。」
そう、前皇帝は彼女を愛していた。だから彼女が懇願するまでもなく望みを叶えようとしただろう。もしもあのまま前皇帝の横に彼女とその子供が居たのなら、今頃キリルと共に国政を担って居ただろう。しかしそう成らなかった。それは他でも無く奴がいたから……。
「ナーディエルだ。」
「インペラトルが……。」
シャームは思わず目を見張った。インペラトルという存在に酔心しているきらいがあるから当然だろう。
「後世の誰かが祀り上げることの無いよう、卑しいものへと貶めるための措置だ。彼女の方が先に公国を裏切ったのだからやむを得ない結果だったのだろう。」
しばしの間、耳が痛くなるような静寂に包まれた。
亡き後にこんな仕打ちを受ける事になるとは、一体どんな事をしたというのだろうか。
尋ねるべきか。
しかし目の前の事実は、インペラトルがどれほど影響力を持つ存在なのかを物語っている。
これ以上は深入りし過ぎてしまう気がする。
シャームが爪を噛んで思案しているのを眺めながら、ザルムには疑問が湧いた。
「シャーム、貴方はわざわざ俺を小突きにきたわけでは無いだろう。」
するとシャームは弾かれたように我に帰ると、チラチラとザルムを見ながらもごもごと言葉を発する。
「お礼ぐらいは言わないと……と思って……ね。」
「何の礼だ?」
「この間の事よ。雪山で。ありがとう、助かったわ。」
ザルムはそんな事かと笑みをこぼす。
「あれもナーディエルの指示だ。礼ならナーディエルに言うといい。」
シャームは黙って頷く。
しかしまだシャームの視線は右往左往している。おそらく何か言いたい事があるのだろう。そして、
「ねぇ、イトワシの子って何よ。」
シャームよりやや背の高いザルムが不思議そうに見下ろしてくる。
「そんな事を聞く為にわざわざ来たのか?」
「そうよ悪かったわね。で、何なのよ。」
ザルムはしばし思案する。
一体どこから話したものか。
それはシャームがどの程度アンシャールのことを知っているかによる。
何故シャームがイトワシの子について尋ねてきたのか、それは数日前の事。
禁足地の奥深く、ナーディエルの宮での事だ。
まだ日付はが変わる少し前のこと。
ナーディエルが電気の光を嫌うため、広い室内を部屋の隅と机の上に置かれたランプの光だけで照らしている。
「随分ひどい有様だったそうだが、中々結晶化しなくて困ったそうだよ。」
ナーディエルは机の上に置かれた、鉄の蓋で厳重に密閉されたガラス瓶を指差す。瓶の中に、拳大の水色の鉱石が入っているのが見える。
「シャーム、気分はどうだい。」
「大分良くなりました。」
シャームはこの数時間前まで、酷い耳鳴りと偏頭痛に悩まされていた。原因はナーディエルの机に置かれた瓶の中のものだ。
星と呼ばれる古代の遺産。人の心臓に取り憑き、命を喰らう代わりに人知を越える力を貸与する。星は宿主の命を食らいつくすと結晶化して眠りにつくのだ。そうやって次の宿主が現れるのを待つ。
「鯨」と呼ばれる星の宿主が断末魔の叫びを上げるたび、シャームは耳鳴りと頭痛襲われた。シャームもまた星に憑かれており、経緯があって鯨と密接な関係にあるのだ。
「なら良かった。やはり水に絡む星はアンシャールでないと弊害が多いようだね。僕も勉強になった。」
ナーディエルは微笑むと、シャームは静かに黙礼する。
「さて、ではコノ鯨をどうするかだ。いつまでもこうしておくわけにはいかない。何故ならきちんと眠っているわけではないからだ。」
本来星は自然と結晶化をして外界から身を守る状態に入る。それを無理やり結晶化をさせたから、長期間餌がない状態は危険なのだ。
次の宿主を、麾下の中から選抜すれば良いのだが……。コレは憑く相手を選ぶ。
「丁度いい。」
ナーディエルは何事か閃いた様で、立ち上がるとザルムの側に歩み寄った。
「じきに皇弟殿下の結納がある。お前その時に星の民を一人引っ張ってこいよ。御三家に近い女の一人や二人、たぶらかすなんて簡単だろ。」
「どうだかな。」
ザルムはナーディエルを見ないまま呟くように言った。
その反応を楽しむ様にナーディエルは薄笑いを浮かべ、更にザルムへ詰め寄る。
「それか、イトワシの子でもいいんじゃないか?そうだそっちの方がいい。お前とおんなじ、厭わしい星の民ならこっちに引き入れるのも簡単だ。」
イトワシの子、厭わしい子……。
ザルムとそれが同じとはどういう事か。
シャームは横目で生け好かない黒髪の男をながめた。
星の民は本来白銀の髪に青い瞳、陶器人形のような容姿が特徴だ。
それがザルムはといえば、濃紺という表現がふさわしい黒髪だ。だから星の民であると言われてもいまいち信用しきれずに居た。
確かに片方の瞳は青く、シャームも羨むほどに白く透き通った肌をしてはいるが……。
だがもし彼の容姿とイトワシの子が関係あるのではないだろうか。
そんな見立てをしていると、ナーディエルから下がっていいと言われてシャームは執務室を出て行った。
シャームが去った後も、ザルムとナーディエルは話を続けていたようだった。
数日の間ずっと疑問を抱いていたのか、それとも思い出したから来たのか、兎に角シャームは「イトワシ」について尋ねるためにわざわざここへ来た。
ザルムはシャームを眺めて答える。
「キシャールの血が濃い子供の事だ。キシャールはアンシャールの対の者、星が生まれた大戦の戦犯とされている。」
「なんでアンタにそのキシャールの血が流れてんのよ。」
「アンシャールもキシャールも元は同じ民だ。一つの王家が二つに分かれ、アンシャールとキシャールという二つの王族が立っていた。やがて王家は対立し、大戦を引き起こし、一方は墜えた。そんな理解で問題ない。」
「ふーん、要は覚醒遺伝てやつね。それで悪者の血を継いでいるから厭わしく思われたってこと。」
「そういう事だ。」
ザルムは踵を返して扉へと歩き出す。
「まちなさいよ。」
まだ何かあるのだろうか。ザルムがシャームに向き直った。
「イトワシの子ってどっかに監禁でもされてるの?それかきつい仕事でもさせられてたりとかかしら。」
シャームはこんなにもイトワシに食いつくのか、そちらの方が疑問ではあるものの、ザルムは淡々と答える。
「イトワシとして生まれた子供は、贄の星を宿し、星のために生を尽くす。それだけだ。」
「それだけって、それが何なのか聞いてんのよ!」
「あぁ……、そう大した事じゃない。一生を扉の間で過ごし、日の入りと日の出に血を至高種たちに献上するというだけだ。」
「だけの事って……。」
シャームは先程見たのとよく似た表情を浮かべた。
「別になんて事はないさ、痛みなんてすぐに慣れる。後は静かに過ごして、生ある限り血を使って古き神々を宥めるだけだ。ここの仕事よりも楽なものだ。」
「楽って、そんな……。」
シャームは口紅を塗った唇もきつくむすんで、下ろした手を握りしめたまま黙り込んでしまった。
どうやら機嫌を損ねてしまったようだが、ザルムにはその原因が分からない。だから謝りようもない。
「聞きたいことが無くなったなら俺は行くぞ。」
そう言ってザルムは外に出て行った。
シャームはその背を眺めながら、一つ合点がいった。
どおりであの男とは馬が合わないわけだ。
考え方が違いすぎる。
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