カグノエ ー双子ー

@sangiy

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第1話

分厚い雲に覆われた灰色の空。ひらひらと舞い降りてくる風花が、木立の影に身を潜める彼の黒いコートをうっすらと白くしていく。ブーツも上着もすり抜けてきた冷気によって、息をするたびに体の内側が震える。それでも彼は、まるで茂みの一部であるかのように身動きひとつせず、下方に広がる有刺鉄線の奥をスコープ越しに見つめ続ける。

黒のファーに縁取られたフードから除く金糸の髪は、毛先が息で凍りつき、白い肌には静脈が浮き上がっている。


ーー雪は好きじゃない。


寒くて、痛くて、惨めで、なにもできなかった記憶ばかりが甦る。

思わずスコープを構えていた腕を下ろして、露になった翠の瞳をきつく閉じる。疲れも相まって目蓋の周りに広がるじわりとした感覚が溜息を誘った。

すると暖かいものがそっと手を包み込む。

目を向けると、彼の手を握る少女というには大人びていて、女性と云うには瑞々し彼女が、いつものように温厚な笑みを浮かべて、弾むような声音で言う。

「ねぇラーク。帰る前にさ、ここのスパに寄っていきたいなー。きっとあったかくて気持ちいよ。それからね、エステも受けてお肌もきれいにしちゃってさー。」

「奇遇。俺も同じこと考えてた。全身冷えかたまって死にそう。」

ラークは握られたのとは逆の手で彼女の頭をそっと撫でる。

「それからね、お買い物もできたらいいな。来たときに見たフォックスファーのベスト、まだあるといいね。」

「そうだな。」

「私が買ったら貸してあげるから、ラークが買ったら貸してね。」

「2着あったらアーナの分も買ってやるよ。」

「本当に?嬉しい。そしたらお揃いだね。」

アーナは頭に置かれたラークの手も掴むと、リズムをとるように何度も上下振る。

「早く帰るためには、ちゃんとお仕事しねーとな。」

上機嫌のアーナをやんわりとなだめて、ラークは再びスコープを覗く。

するとアーナはラークの体を抱えるように腕を回して、その肩に頬を押し付けた。

「任せて、私目もいいから見逃さないよ。」

「知ってる。」

まるで四本足の生き物のように密着した二人は、狩りの前の獣のように息を殺して柵の向こうを凝視する。

程なくして、柵の中に軍服を着た数人が現れ、高官らしき男と共に建物の中へと入っていった。

そして、ラークは手元のスイッチを押す。

「さぁ走れー。」

途端にアーナはラークから離れて、跳ねるような足取りで雪の坂を降りていく。

「その辺岩場だから気を付けろよ。」

着々と離れていくアーナの背に呼び掛けながら、ラークも後に続く。

ラークの警告など意に返さず、アーナは雪が薄くなった岩場もステップを踏むように軽快に降りてしまった。

降り立ったところで振り替えってラークに向かって両手を伸ばす。

「私雪も得意だもーん。」

「それも知ってる。」

ラークが自身に向かって伸ばされている腕を掴んだとき、背後で閃光が煌めいた。

直後大爆発と共に、轟音と熱風が吹き荒れる。

丘に遮られていたとはいえ、爆風の勢いは凄まじく、木々をなぎ倒さんばかりだ。

ラークはアーナに覆い被さるように抱き込んで、雪を巻き上げた暴風が過ぎ去るのを待った。

辺りが静まり、顔をあげたラークは溜め込んでいた緊張を吐き出すように、深々と息を吐く。ようやく仕事を終えられた。

ラークにしがみついていたアーナは、クスクスと笑いだす。

「任務完了ー。」

アーナの頬を撫でながら、ラークもふぁわりと笑みを浮かべる。

「あぁ、帰ろう……。」

嬉しそうに頷くと、アーナはラークの脇をすり抜けて背後に回り込む。

「ねぇ、おんぶしてー。」

ラークの首もとに腕を回そうとするが、身長差のせいでうまくいかない。

「今?もう少し足元がましになってからな。」

嫌がりも呆れもせず、さも当たり前の事のようにラークが言うと、アーナは喜んでラークの腕に絡み付いた。猫がするように、ラークの腕に何度も額を擦り付ける。ラークはその頭を愛し気に撫でながら帰路を歩き始める。

その時、突然地面が陥没したかのような衝撃が走った。ただ一度だけ、しかし2メートルは落下しただろうと錯覚するような衝撃だった。

ラークは勿論、アーナも顔を上げ、互いに張り詰めた様子で周囲を睨みつける。

「ラーク……。」

敵がいるのだろうか、それもかなり厄介な……。アーナは今までに無く声を落として、ラークに目を向けずに問いかけた。周囲に目を凝らし、感覚の全てで危険を捉えようと試みる。ラークも同様に辺りを警戒しながら、呟くように答えた。

「いや……。近くじゃない。」

そしてズボンのポケットから端末を取り出すと、横目で画面を確認する。画面は平常通りで、時間と日付を示しているだけだ。

「今の仕事とも関係無さそうだ。とりあえず市街地まで戻ろうぜ。」

やや緊張をほぐして、アーナをなだめるように告げる。アーナは相変わらす警戒したまま、コクりと頷いた。ラークはアーナの手を引きながら、雪の中を歩いていく。

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