第44話 愚かな王太子【★ざまぁ回】



 ミカが親・麒麟きりんの暴走を止めた、一方その頃。

 ゲータ・ニィガ王国の辺境へと、オロカニクソ王太子はやってきていた。


「はぁ……」


 オロカニクソ王太子の目の下には、くっくりとクマが浮かんでいる。


「オロカニクソさまぁん~♡」


 オロカニクソの腕にしがみつくのは、小柄で、胸だけがやたらとデカい女、【木曽川キソガワ こごみ】。


 異世界から召還された、聖女スキルを持つ女だ。

 

「コゴミ。すぐに【お役目】を果たしてくれないか?」


 今回オロカニクソたちがやってきたのは、ゲータ・ニィガの辺境の土地、カーター領。


 魔物がうろつく大森林と、ゲータ・ニィガとの境目の領地だ。

 ここで、こごみは魔物よけの結界を張ることになっていた。


「あれ、ちょーつかれるからぁ、いやなんですけどぉ~」

「……コゴミ。頼む。結界を張ってくれ」


 こごみには伏せているが、実はかなりの村や町から、クレームが入っているのだ。

 町や村を守る結界がきれても、前のように、すぐ聖女が来てくれなくなったと。

 

 民達は口々に、『前の聖女は』と言う。

 前の聖女は、問題が起きるとすぐに対処してくれた。


 仕事ができるいい人だったのに、どこへ行ってしまったのだと。


 そういったクレームが、毎日のように、山のように届く。

 そのクレーム処理に負われて、オロカニクソは最近まともに寝れていないのだ。


「じゃーあー、仕事したら、高級エステに連れてってくれますぅ?」


 ……この女は仕事をさぼりまくるくせに、やたらと要求してくるのだ。


 聖女がいなくなると困るので、仕方なく、彼女のご機嫌を取っている。


 ……ミカは、違った。

 あの偽物の聖女は、グチグチ文句を言いながらも、ちゃんと責任を持って仕事をしていた。


 ……だが、この女はミカと比べて仕事が、圧倒的にできない。


 不満を言うばかりで手を動かさない、目を離すとすぐにサボる、そして……何か問題があっても報告せず放置する。


 ……最初、オロカニクソはこごみの見た目の良さに惚れていた。

 だが、彼女の素行の悪さ、性格の悪さを目の当たりにするつど、彼女に対する恋心は失せていったのだ。


「……エステにでもなんでも連れてってやる。だから、結界を張ってくれ」

「はぁい……めんどー」


 文句を言いながら、森の入り口へと移動。


「じゃあ、いっきまぁす……」


 こごみがしゃがみ込んで、祈る。

 祈ることで、聖女スキルが発動するのだ。


 彼女がしているのは、聖女スキルの一つ、【聖結界】の構築。

 こごみが目を閉じて祈ると、彼女の背中に翼が生える。


 かつて伝承では、聖女は祈ることで聖なる結界を【一瞬で】構築したという。


「うーん……うーん……」


 1時間、2時間……。

 3時間……。

 そう、遅い。こごみの結界構築速度は、あまりに、遅いのだ。


 オロカニクソはイライラさせられている。


(なぜ結界を構築するのに、こんなに時間がかかるのだ!?)


 オロカニクソは思う。


(ミカは、一瞬で結界を作っていたぞ!)


 オロカニクソはミカが結界を作っていたところを、見学したことがある。


 彼女には聖女スキルはなかった。

 代わりに塩を使って、ぱらぱらと地面に蒔きながら、奇妙な魔法陣を作っていた。


 すると魔物が寄りつかなくなったのだ。

 

(コゴミはどうしてこんなにも結界を作るのが遅いのだ!)


 答えは単純明快。

 こごみのレベルが、低いからだ。


 確かにこごみには強大なスキルを持つ。

 だがただ強い力を持っているだけだ。


 それを、今まで一切使ってこなかった。

 それゆえに、スキルを扱うレベルが低く、結果、力の発動に時間がかかるのである。


 ミカはスキルに頼らず結界を作っていたので、構築がスムーズだったのだ。


「ぐー……がー……ぐー……」


 なんと、こごみは結界を構築してる最中に、寝だしたのだ。


「コ、ゴミぃいいいいいい!」


 オロカニクソはこごみに近づいて、声を荒らげる。


「お役目の途中でなに居眠りしてるんだ!?」

「えー? 居眠りなんてしてないですけどぉ?」

「ふざけるな! 貴様が居眠りしてしまったせいで! 結界が消えてしまったじゃあないかっ!」


 こごみが構築途中だった結界は、綺麗さっぱり消えている。

 スキル発動中に眠ったのが原因だ。


「今すぐ結界を張りなおせ!」

「えー……今日は疲れたってゆーかー……乗り気じゃないってゆーかー?」


 ……駄目だ、この女……ゴミすぎる。

 オロカニクソは頭を抱える。


「ミカはこんなんじゃなかった……」


 ミカは仕事に対するモチベーションは低かった物の、与えられた仕事を淡々と、そして確実にこなす女だった。


 仕事中に居眠りしてるという報告を受けたことは一度も無い。


 結界構築を途中で投げ出したなんて聞いたことがない。

 ……それが、聖女の【普通】だとおもっていた。


 でも……間違いだった。

 ミカが特別仕事ができて、こごみは特別仕事ができない女だったのだ。


(選択を誤った……! くそっ! なんて馬鹿なことをっ!)


 オロカニクソは早々に、自分の過ちに気づいていた。

 だがもう遅かった。

 ミカは、雪山に捨てて、【死んでしまった】のだから。


「オロカニクソさまぁ?」


 ……はぁ、とオロカニクソはため息をつく。

 このゴミは駄目だ。

 ならば、次の【手】を使うまで。


「オロカニクソ殿下、ご報告があります」


 そのとき、部下がオロカニクソに近づいてきた。


麒麟きりんの赤子を、捕まえてきました!」

「おお! でかしたぞ!」


 オロカニクソの顔に、久方ぶりの笑顔が戻る。


「きりんって~?」

「……伝説の獣だ。聖なる力を持ち、邪を払う性質を持つという」


 オロカニクソは、早々に、このゴミ聖女が使えないものだと気づいていた。

 だから、次の手を考えていたのだ。


 聖女がだめなら、聖なる獣に頼る、と。

 部下に麒麟きりんを捕まえてこいと命令したのだ。


 とある情報筋(裏ルート)で、麒麟きりんの目撃情報を入手していた。

 部下に麒麟きりんを捕まえてくるように命じたのが数日前。


 そして、今日、見事に部下が麒麟きりんを捕獲してきたのだ。


「ほら! こっちに来るんだ!」


 他の部下が、鹿のような獣を引きずってくる。

 五色に輝く鱗を持つ、美しいそれは、まさしく神獣・麒麟きりんだ。


『ぴーー!』


 子どもの麒麟きりんの首には、ゴツい首輪がつけられていた。

 奴隷の首輪。どれ衣装から仕入れた特別な魔道具である。


 これを着けることで相手を奴隷にし、無理矢理言うことを聞かせられるようになるのだ。


『ぴー! ぴー! ぴ~~~~~~~~~~~~~~!』


 麒麟きりんの子どもは涙を流しながら、必死に逃げようとする。


「逃げるんじゃあない!」


 ぐいっ、と部下が鎖を引っ張る。

 麒麟きりんの体に電流が流れる。


『ぴ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!』


 ぐったり……と麒麟きりんの子どもがその場に崩れ落ちる。


「へー、これが麒麟きりんかぁ。で、オロカニクソさまぁ。こいつをどうするんですかぁ?」

「……貴様の代わりに結界を張らせる」


「えー、ほんとうにぃ~? やったぁ! アタシ楽できるぅ~」


 言外に戦力外通告をしたというのに、コゴミは自分が楽できるという解釈をしたようだ。

 まあもうこのゴミはどうでもいい。


「さぁ麒麟きりんよ! 聖なる力で、邪悪を払う結界を作るのだ!」

『ぴ、ぴー……?』


 オロカニクソの命令に、しかし、麒麟きりんの子どもは首をかしげるばかり。


 この子はまだ生まれたばかり。

 結界の作り方なんて知らないのだ。


 しかし、オロカニクソは、知らない。この子が赤ん坊であることを。


「どうした麒麟きりんよ! さっさと結界を張れ! 張らないか!」


 ばしっ! とオロカニクソは麒麟きりんをたたく。


「でないと、貴様を殺してしまうぞ!」


 殺すと言われ、麒麟きりんの子どもは、ついに我慢の限界がきてしまった。

 今まで以上の大きな声で泣き叫ぶ。


 ゴゴゴ……。


「な、なんだ!?」


 グラグラグラッ! と突然地面が激しく揺れだしたのだ。


「地震か!?」

『ぴ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~~!』


 麒麟きりんの子どもが泣いたことで、この子の持つ力が暴走してしまったのだ。

 

 大地震が発生し、地面が割れていく。


「うわあああああ!」「ひいぃいいい!」「地震だぁああああああ!」


 部下達、そして森近くの村の建物や村人たちが、その被害に巻き込まれる。


「どうして!? 急に地震なんて!?」


 ばきっ!

 近くの森の木々が倒れて、麒麟きりんの子どもを押し倒そうとする。


「まずい!」


 麒麟が死ぬともう結界を張るものがいなくなってしまう!


「誰かぁあああああ! 助けろぉおおおおおおおおおおお!」


 そのときだった。

 パシッ! と、誰かが倒れる木を支え、麒麟を守ったのである。


「なっ!? お、おまえは……!?」


 そう、そこに居たのは……。

 死んだはずの、聖女。

 長野美香、ご本人だった。


「間に合って良かった。君が、子麒麟ちゃんね。助けに来たよ」

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