第18話 古竜(狐)を舎弟にする



「運動したらお腹すいたな」

「ワタシもお腹がペコちゃんっすぅう~!」


 もうすっかり駄女神はいつもの口調に戻っていた。

 庭先に伸びてる眷属(吹雪丸)がいるというのに……。


「フェルマァ、子フェンリルちゃんズも起きてるし、みんなで朝ご飯にしよっか」


 料理長キャロちゃんに皆分の食事を……と思ったのだけど。


「すげええ! 朝食ビュッフェっす!」


 ログハウスの庭先に、テーブルが置かれてる。

 そして、テーブルの上には和洋、さまざまなら料理が皿に盛り付けられていた。


「まさか、人数が多くなるのを見越して、ホットサンドから、ビュッフェに切り替えたの……?」


 料理長キャロちゃんが、親指を立てる。

 うちの眷属は皆優秀で大変よろしい。


「最後の朝にビュッフェ~! うれぴー!」


 駄女神がお皿に料理を載せていく。

 ん……? 最後の朝? どういうことだろうか。


 と、そのときである。

 子ギツネ状態の吹雪丸が目を覚ました。


『は! わしは一体……む? なんじゃおぬしら……?』


 ふぇる太、ふぇる子がフンフンフン、と吹雪丸の匂いを嗅いでる。


「みー!」「みゅー!」


 ふぇる太、ふぇる子が、吹雪丸の尻尾を……ぱくっ、と口に含んだのである。


『ふぎゃー!』


 逃げ出す吹雪丸を、ふぇる太たちが追っかけ回す。


『くるな! 【おいしそう】じゃない! 尻尾は食い物じゃない! こら!』

「やめなさい、二人とも」


 母親であるフェルマァが見かねて、ふぇる太、ふぇる子を持ち上げる。


「食べる価値もありませんよ……聖女様にケンカを売ってきた、愚か者の肉なんて……」


 フェルマァそーとー、お冠のようだ。


『ふん! ……む? これは……』


 吹雪丸がテーブルの上に乗っかる。

 そこは、和食ゾーンだ。


『な、なんじゃ……この、黄金の衣につつまれし、物体は……?』


 吹雪丸が興味を示しているのは、いなり寿司だった。


「これは、おいなりさん」

『お、おいなりさん……』


 いなり寿司を手に取って、口に入れる。


「うんっ、おいし!」


 じゅわっ、と甘みが口の中に広がっていく。

 少しお酢が混ぜてあるシャリとの相性抜群だ。


「フェルマァ、あなたも食べる?」

「あ、はい! あ、こら! ふぇる太! ふぇる子! 暴れないの!」


 子フェンリルやんちゃ組(ふぇる太、ふぇる子)が、母親の腕の中でジタバタしてる。


 元気な子フェンリルたちは、まだまだ母親の手を焼いてる。


 これじゃ、母親はゆっくりご飯を食べられない……か。


『な、なんじゃ……』

「いなり寿司、食べてみたい?」

『い、いやぁ~? 別にぃ~?』


 吹雪丸はいなり寿司に興味津々だ。

 さっきからチラチラ、私の持っているいなり寿司を見てるし。


「分けてあげてもいいよ」

『ほ、ほんとかっ!』


 そう言って、私はいなり寿司を一個手に取る。

 そして、吹雪丸に渡す。


『あむっ! もぐもぐ……う、うまぁああああああい!』


 ぶんぶんぶん! と吹雪丸が尻尾を振る。


『こんな美味なる馳走、食べたことないじゃぁ!』


 やはりキツネはおいなりさんが好きなようだ。


「もっと食べたい?」

『うむ!』

「じゃあ、仕事して」

『は? 仕事……?』


 私はフェルマァから、ふぇる太とふぇる子を受け取る。


「ふぇる太、ふぇる子、このキツネが遊んでくれるって」


 ぱっ、と私はふぇる太達の手を離す。


「みー!」「みゅみゅみゅー!」


 ふぇる太達は吹雪丸を追いかけ回しだした。


「お母さんがご飯食べてる間、その子らの面倒見てあげてね。そしたらまたいなり寿司あげる」


 吹雪丸が逃げる。

 子フェンリル達はその尻尾を追いかけていった。


「さ、フェルマァ。シッターが子供達の面倒見てる間に、朝ご飯たべよ」

「しったぁ……?」


「子供の面倒見てくれる人のこと」

「なるほど……いると便利ですね」


 フェルマァは狩りに行く必要もあるし。

 この子達の面倒見てる間は、自分のご飯も食べられないし……。


 そのときだった。

 ピピピピピピピピッ……!


「あ、自分のスマホっす」


 一心不乱に朝ご飯を食べていた、駄女神がスマホを手に取る。

 駄女神がこの世の終わりみたいな顔をする。


「……もう、天界へ戻らないといけないっす」


 天界とは神の住む世界のことだ。


「自分、有給を使って地上にきてたんすよ。で、もう有給終わりなんで、帰るんす……」

「神に有給なんてあるんだ……」


「はいっす……はぁ……次の休みは一〇〇年かぁ……」


 ……神、ブラック企業すぎやしないか……?


「帰りたくないっす! 自分、もうここのご飯やお風呂がなきゃいけていけないっす!」


「帰らないと怒られるんでしょ?」

「そうっすけどぉ……うう……帰りたくない……また来たい……」


「また有休使ってくれば?」

「もう有給ないっす……」


「あ、そう……じゃあ一〇〇年後ね」

「いやぁ! いやっすぅ! この楽園に一〇〇年これないなんてぇ!」


 すると……駄女神が子ギツネを見た。

 そして、にちゃあ……と笑う。


「吹雪丸。こちらに来なさい」

『はっ! 極光神様!』


 吹雪丸が駄女神の前へとやってきて、お座りする。

 その尻尾にふぇる太とふぇる美が噛みついていた。


「あなたを、今日から長野 美香様の、守護者に任命します。彼女の眷属となって働きなさい」

「『………………はい?』」


 守護者? 吹雪丸が?


『神よ! 何を申しおられるのじゃ! わしは極光神様の眷属です!』

「ええ。ですが、今日から眷属を兼務してもらいます」


『嫌ですじゃ! わしは極光神様に忠誠を誓った身! 他の神に仕える気などありませぬ!』


 さらっと神扱いされてるな私……。


「長野 美香様はワタシにとって大事な御方。怪我でもされてはこまります。あなたが彼女のそばにいて、守護しなさい」

『し、しかし……』


「これはお願いではなく、命令です。わかりましたね?」

『…………………………はい』


 吹雪丸は非常煮やそうな顔をしながら、しかし、こくんとうなずいた。


「ということで、美香様、吹雪丸をよろしくっす」


 野菜眷属や、フェルマァたちがいるから、もう眷属は足りてる。


「ペットシッター欲しいって言ってたじゃあないっすか。こいつ使ったらどーっすか?」


 ふぇる太たちは今もなお、吹雪丸の尻尾をはむはむしてる。

 こいつに子フェンリルちゃんたちを任せれば、フェルマァの仕事が楽になる。


「ペットシッター……悪くない」

「でしょー! ってことで、吹雪丸をよろしくっす!」


「でもなんで急に、吹雪丸を私に?」

「吹雪丸はワタシの部下っす。部下の仕事っぷりを確認するのも、上司であるワタシの勤め!」


 吹雪丸ぶかをここにおくことで、駄女神がここへ来る大義名分ができるわけか。


 有給ではなく、仕事の一環として、ここに遊びに来るつもりだ。

 だ、駄女神すぎる……。


「あんたこんなことしてたら、いつか、上の神とやらに怒られるよ……?」


 ただでさえ、全知全能インターネットのこと黙ってるのに……。


「大丈夫大丈夫! 絶対バレないっすよ!」


 本当かなぁ?


「ちゅーわけで、ワタシはこれで帰ります! 美香様! また!」


 駄女神は煙のように消えてしまった。


「で、吹雪丸。あんた今日からここで務めることになったわけだけど」

『…………神の命令じゃ。仕方ない。煮るなり焼くなり好きにせい!』


 キツネは私にまだ敵意を抱いてるようだ。


 これからいちおう一緒に暮らしていくわけだし。

 ギスギスするのって嫌だ。


「はい、これ」


 私はお盆にたんまりと、いなり寿司を乗っけて、吹雪丸の足下に置く。


「仕事の報酬。ふぇる太たちの面倒見てくれたでしょ?」

『………………よいのか?』


「うん。食べて、どうぞ」

『………………いただくのじゃ』


 ぱく、と吹雪丸がおいなりさんを食べる。

 ぶんぶん! と尻尾を振る。


『うーまーいーのじゃーーーーーー!』


 涙流しながらいなり寿司食べてる。

 気に入ってくれて何よりだ。


「フェルマァ、今日から眷属になった吹雪丸よ。仲良くしてあげてね」

「…………聖女様が、そうおっしゃるのでしたら」


 すっごく嫌そうだったけど、いちおう、私の言うことは聞いてくれるみたい。


『吹雪丸と呼ぶな。それは、神が与えし名前じゃ』

「じゃ別の名前で呼ぶね。あんた、性別は?」

『女じゃ』


 女に吹雪丸とか付けてたのか……あの駄女神……。

 性別確認してないなこりゃ。


 私は《眷属になろう》アプリを立ち上げる。


「じゃあ、あんたは今日から【ペットシッター・ぶぶき】で」


 かっ……! と吹雪丸、もとい、ふぶきの体が光り出す。


 みるみるうちに大きくなっていき……。


「人化!? ばかな! こんな高等スキル持ってなかったのに!」


 お尻からは9本のキツネ尻尾が生えてきた。


~~~~~~

ふぶき

【種族】九尾の狐

【レベル】900

~~~~~~


「どうやら、聖女様が眷属にしたことで、吹雪丸は妖狐から九尾の狐へと進化したようですね」


 ふぶきが「信じられぬ……!」と驚いてる。


「我が神より名前を与えられたときでさえ、存在が進化しなかったのに……!」


 駄女神は魔物進化させられないの……?


「何者じゃ、おぬし……?」

「単なる世捨て人ですけど」


「貴様のような【人】が、居てたまるかぁ……!」

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