ものがたり 5
山井
第五章 過ちと戒め 罪と罰 ① ロウツとキペ
うーん、どっかぁーんっ!
「「あーっはっはっはっは! 到っ! 着っ! だあぁぁーっ!」」
浮島シオンから
「うわっ、この無計画女っ! キミは破壊神かっ! まったく、靴脱いで入れとは言わないがせめて門扉くらいは開けて入れっ!
・・・あぁ、もうおしまいだ。もう名指しで大手配だ。長くなかったなぁ、ボクの人生。」
「ふふ、ダイハンエイは元気だね―」やら「オカシラがげんきだからだー」などとはしゃぐキペ・パシェの足元では静かな暗い液体になりつつあるハクがいる。
もはや家に帰るよりも土に還りたかったのかもしれない。
「あれ、着いたのニポ? そしたらごはんでも食べようか。ニポもお腹減ってるでしょ?」
アヒオたちを追い抜いて以降ちょこらちょこらとヒマ号に備えておいた干し練りはつまんでいたものの、茹でてスープと一緒に食べれば腹応えがある。
目的地に着いたのだから一息入れようというキペなりのやさしさだったのだが。
「何度も言わせるなホンワカ太子っ! 幻の理想郷でめでたく王座に就いて二度と今生の世に戻ってくるなっ! ったくなんなんだこの脳天気一家はっ!
ハっ! さてはボクが絶妙な構いっぷりを見せているからと度の越えた戯れに挑戦してみようって魂胆だなっ? イヤだぞボクはっ、そういうのは嫌いなんだからなっ!
・・・っておいっ! なんでみんなでそんな目をするんだっ!」
えー、だって活き活きしてるじゃん、みたいな顔がトライアングルフォーメーションで取り囲む。クールでドライが売りのハクも環境が変わると路線の変更を視野に入れねばならないらしい。
「「けけ、気遣いはありがたいけどねチペ、ベゼルが待ってるからとっとと片付けないとなんないのさ。そーだろっ、テンプっ!」」
とても極悪囚人を捕らえている場所とは思えないほど拓けた土地に声がこだまする。
三つ四つ監視棟こそあれ、畑や畜舎がほとんどを占めるそのコロナィでは思ったほどに混乱はなかった。
耕す白服の囚人は作業を続け、装備もしていない監視員が小走りに寄ってくるだけだ。
警笛も怒号もそこにはない。
「「うんっ。ね、ボロウさん、ベゼルはどこに囚われてるの?」」
そんな不思議な光景には違和感を覚えたものの、相手になるとすればせいぜい防具を纏った十数名程度の番兵くらいなのでいいかと思う。
とはいえやはり、黒衣の監視員の中に女子供や老人の姿があるというのはいくらなんでも不自然だ。
もっと厳重な警備が敷かれていると思っていたテンプたちとしては願ったり叶ったりだが、妙な座りの悪さは否めなかった。
「「この先の「ガツカフ」という大きな本棟にいるはずだよ。ただ棟には〔ろぼ〕では入れないし遥か昔の建造物だから壊すとベゼルを巻き込みかねないのでね、おれが一人で行くしかない。
ニポ、テンプ、君たちは監視員と番兵の侵入を防いでくれれば十分だ。」」
しかしやはりその緩慢な動き、生気のない淀んだ雰囲気は不気味に映る。
今は為すべきことを片付けるだけ、と勇む心さえ萎れてゆくようだ。
「「一人じゃ危険ですよボロウさんっ! 僕たちも行きますっ!」」
シオンでの熱気を浴びて日巡り一つのキペがそんな陰鬱な気持ちを撥ね退けるように声を上げる。
目を瞑れば耳で鳴るつい先日の残響が昂ぶらせてしまうのだろう。
「「ちょ、待てキペ君、「僕たちも」って何だ? ボクはイヤだからなっ!」」
完全に新メンバーとして迎えられたハクが切り返す。
ハク自体はこの地に何の用事もないから当然だった。
「「あんたも行くんだよ真っ暗ダンパっ!
ここであたいらに逆らってどう逃げるつもりだい? 〔ろぼ〕ナシのあんた一人で切り抜けられると思ってんのかい?」」
確かに身を護る黒刀はあるが振り回し続ける体力がない。まして馬もない状況ではこのコロナィからひと気のある村までたった一人で逃げ切れるかは火を見るより明らかだ。
「「・・・ちっ、ケガさえしてなければ」」
「「それを救ってやったのはどこのどなた様だったかねーっ?」」
きひひひひと笑うニポの後ろで機体調整するパシェもうししししと笑う。
「「悪いようにはしません。それにハクさんは強そうだし、でもなにより戦のようにはならないと思うんです。」」
そこでふぅ、とハクは大きく息を漏らす。
根拠もへったくれもないのに根負けしてしまうのは愚かなほどまっすぐな視線のせいだろうか。
「「・・・ふん。借りはこれで返したということにしてもらうぞ、まったく。」」
そう話がまとまる頃にはダイハンエイ・カクシ号共にガツカフの正面へ辿り着いていた。
「すまないねキペくん。しかし『ファウナ』の護衛長が味方とは心強いな。」
ものすごく渋々だったが「はいはい」とキペに倣って正面玄関にハクも降り立つ。
「はぁーあ。で、これ全部が牢獄ってことかいボロウ君?
ところで居所くらいは分かるんだろうねぇ?」
中に足を踏み入れてすぐ、小さく区切られた部屋の加工の跡が目に付いた。
ロウツ以前から使われていたものがロウツの代になってより多く収容できるよう改築されたのだろう。
「いや、わからない。ここまで増えていたとは思わなかったな。手分けして探すとしよう。」
あくまで得られる情報が口頭であったため見取り図やら収容人数やら番兵・監視員の数やらは乏しかったようだ。
「え、あの僕、闘えませんよ? それにベゼルさんってヒトを知らないし。」
正面からすぐ二階への階段と東西に分かれた廊下が暗く続いている。
それぞれの木戸には四角い覗き窓があり、その奥に設えられている格子の先で囚われていることは伺えた。さりとて開けて入ることはできても格子の外し方など見当もつかない。
練れなかった作戦がここへきて急停止といったところか。
「あ、そうだね。えと、ベゼルは小柄な色黒のラグモ男だよ。拷問を受けていると思われてるけど今現在はどうだろう。
シーヤという内通者がココの専属主任医法師なので会えばわかるはずだ。
それとあの格子はおれたちの武器でなんとでもなる。ガツカフに収監される罪人はすでに逃げ出す手段を奪われた者たちだけだから。」
腰に差していた脇差をキラリとやり片目を瞑るボロウ。
いうまでもなくキペの「武器」とはアヒオからもらった指投げ刃ではなく、赤目からもらったナコハの手槌のことを指している。
「はぁ。シーヤという医法師のことは承知した。だがこの部屋数をしらみ潰しじゃ間が持たないぞ?」
番兵と監視員を凌げても統府直轄である以上、武力による鎮圧を選択されれば兵団がごっそりやってくるのは時間の問題だ。
一方こちらは救って逃げて隠れる段まで持ち込まなければならない。
できるだけ多くの時間の確保が絶対条件となる。
「テンプ、と呼びかけてくれ。彼の名前で呼ぶと出たがる者たちが「自分だ」と言い張るだろうからね。しかしベゼルなら異なる反応を示すはずだ。
さ、行こう。おれはこちらへ行く。見つけたら直ちに救出して〔ろぼ〕へ。
外からでもすぴーかで声を張れば中に届くし、そうなれば残りの者は即時撤退だ。」
有無を言わさず走らせるボロウは東に、キペとハクは西にテンプの名を呼びかけて探し始めた。
「ん、これは部屋の名か?・・・古代文字のようだが・・・しかしどいつもこいつも。」
おれだー、やら、ここだー、がボロウの読みどおり「テンプ」の呼びかけにこだまする。「異なる反応」が何かは分からずとも消去法は適用できそうだ。
「あの、ハクさん。ありがとうございます、手伝ってくれて。」
廊下を挟んで並行に連なる部屋を覗きながら、ハクの背中に礼を言う。
扉を開けずとも覗き窓から目を遣れば大概が同じ「反応」を示すので手間はほとんど掛からなかった。
「手伝わされてるだけだから気にしなくていい。それにキミには見事に命を拾われたんだ、ボクまで同じ言葉を返さなくちゃならなくなるねぇ。
ま、これでも責任ある立場だから割愛させてもらうが。」
このばか正直な青年に、しかし初めて会った時のような疑念も軽蔑もなくなっていた。
自分でも気付いていたのだ、己が変わってきたことに。
「はは、そうですよね。ハクさん、偉いヒトですもんね。」
こんな場面での脳天気には救われるな、そう皮肉に笑ってみるも、内心では確かな実感としてそう感じていた。
「偉くはないさ。偉そうにしているだけだ。それも仕事みたいなものだからねぇ。」
偉そうにしなければならないのなら今だってそう繕うべきだった。
やがては敵になるかもしれない『ヲメデ党』の党員に本音をこぼさなければならない理由などどこにもないなのだから。
「ふふ。シクロロンがあなたを連れたわけがなんとなくわかりま・・・ぬぁっつ!」
ようやく端に辿り着いて二階へ、と思っていたところに地階への道まで現れてしまったからたまらない。
どちらを行くにしても今度こそ単独行動が求められてしまうからだ。
「よし、キミが行くんだキペ君。ボクは地下が嫌いなんだよキペ君。」
イヤな予感がするので拒むハク。
『ファウナ』であれだけ地下通路を活用しておきながらよく言えたものだと思うがマジメなキペはそれを鵜呑みにする。
ハクは裏切り者というより薄情者なのだ。
「あ、そうなんですか。じゃあ僕が行きます。」
薄情者だが今回ばかりは「ホントごめん」と心でハクも呟いてしまう。
騙せば騙せるヒトの正直さに胸が打たれないわけではないらしい。
「うわー、火燈りも飛び飛びで暗いなぁ。まいっか。・・・えっと、テンプーっ!」
陽明かりのあった一階よりさらに暗い牢獄でも反応はどれも変わりなかった。
とはいえあまりに暗い上よく響くので、「おれだー」と叫んでいない者がどの部屋にいるのかはひと部屋ひと部屋覗いて確かめねばならない。
「あぁー、さっきのヒトとかずっと黙ってたけどあれはどうなのかなぁ。
ってうわっ!
・・・あれ? あの、扉あいてますよ?」
両側面の部屋を見て回り、あとは東の上り階段だけのところでぱっかり開いたドアに出くわしたから声を掛けちゃうキペ。
しかしキペの声がその部屋の住人に向けられたものだと分かるや否や、先ほどまできゃんきゃん騒いでいた声が途端に止んだ。
なんとなく、ベゼルくさい。
「暗足部?・・・いや、それより貴公は今「テンプ」と呼んではいなかったか?
すまないが入ってきてくれぬか。なに、危害は加えぬ。」
特別扱いなのか、火燈りが灯されたその部屋ではなんと牢の格子まで朽ち落ちていた。
その奥で腰掛ける背の高いユクジモ男でも、かがめば無理なく出られるはずだ。
「あの、・・・はい。あのそれより、出られるのに、出ないんですか?」
ベゼルを探せ、キペ。
「出られるのに出ぬのだ。ふくく。わかりきったことをわざわざ尋ねるとは。
ここを訪れた者たちの誰とも似つかぬな。ふくく。」
長所の欄に「好奇心が旺盛」と書く者とはつまり「注意力が散漫」ということだ。
「気になったから・・・ごめんなさい。あの、あなたはベゼルさんですか?」
小柄な色黒のラグモ族だとほんのちょっと前に言われたはずなのに忘れている。
そう。注意力が散漫だからだ。
そしてそれは、好奇心が旺盛ということでもある。
「謝ることはない。そして私はベゼルではない。
・・・そうか、ベゼルは囚われたのか。
貴公らはベゼルを助けに来たのだろうか? 外で大きな音が聞こえたのだが。」
あちゃー、やっぱり迷惑掛けちゃってたんだー、と反省するキペ。
「はい、そうなんです。って、あの、ベゼルさんのこと知ってるんですか?
・・・じゃあニポのことも知ってるのかなぁ。」
ぴくん、となって薄暗い中から男は立ち上がりキペに近づく。
そこに殺気はなかったが、何か言い知れない圧力を感じて、でもそれを拒みたくなくてキペはその間合いを受け止める。
「・・・。すまない、その腰に提げているのは?」
ダイハンエイとの対決でもはや棒っ切れになってしまったタウロの手槌と、まだ原形を留めているナコハの手槌のことだ。
「あや、ダジュボイさんみたいなこと言うヒトだなぁ。・・・手槌です。あ、でもこれ武器じゃないですよ。工具なんですから!」
ニポからアヒオからボロウからみんなに「武器だ武器だ」と言われ続けていたものの、それは確かに鉄打ちの工具でしかない。
だがその独特の色みと肌身から離されない愛着が、その男に伝えられてきたいくつかの情報と絡まり合ってひとつの答えを導き出す。
「貴公が・・・タウロのところのシペか。
カロから聞いていた雰囲気とは違ってずいぶん逞しいように見えるな。」
なんとなくだが「シペ」と呼ぶあたりで「あーダジュボイさん経由から何か聞いてるんだな」とさすがのキペも思い至る。
「あらら、カロさんまで知ってるんですか。顔が広いヒトなんですね。ふふふ。」
互いに見知っているヒトが重なってきたので親近感が湧いてきちゃって緊張感をぶっ飛ばす。
そして至上命題のベゼル救出さえもぶっ飛ばす。
理想郷の王子はニクいほど自由だ。
「ふくく、本当におもしろい。
・・・不躾だな、せめて戸を叩くくらいはできるだろう。」
ん、なんのこっちゃ、と思って男の視線を辿って振り返ると戸の脇には豪奢な衣を纏ったホニウの老翁が一人、立っていた。
「ぬほうっ・・・え? あの、まさかベゼルさん?」
キペのパニックは奇跡と希望を呼び寄せる。
「ハイミン事変について尋ねようと思って来てみれば。ふふふ、確かに面白い者が訪ねていたな。」
白く長く伸ばされた髪とヒゲが高貴な印象を与える。
しかしその隻眼の男はいささかこの場にはそぐわなかった。
「シペ。・・・・・・く。これも定めだというのか。」
牢獄の男は憂うように声を落とし、そして奥の椅子に再び腰を下ろす。
「えっと、誰ですか?」
尋ねられるべきは自分だなどとは思いもしない男。だって僕が先にいてこの白髪のおじいさんが後から来たんだもん、みたいな感じで聞いているらしい。
そろそろ誰かキペを本気で叱った方がいいと思う。侵入者だから。
「ふふ、ついてくるがいい。問いにはそこで答えよう。」
ついてこい、と言われればついていくキペ。
そういう性格だからこうして様々な組織や時代の流れに翻弄されるのだ。
「ロウツよ。・・・・・・シペ、また貴公に、私は会いたいと思う。」
留めたい気持ちさえ途絶えてしまう男の、しかしキペに伝えた気持ちは感情から出たそのままの言葉だった。
そんな再会を求める声も虚しく、キペを従えるロウツは去り際の挨拶もなく部屋を出ていってしまった。
「あ、じゃあさようなら囚人さん。
・・・あの、ロウツさん? えっと、どこへ?」
先ほどこの地下牢へ来たものとは反対の東側から上る階段をついて歩く。
聞いていた内通者の名前とは異なるが、もしかしたらベゼルについて知っているのかもしれないという期待もあって無下にできなかった。
「そなたがジラウ博師の子にしてナコハの血を継ぐ、キペ=ローシェだな?」
確認はしたかったのだろう。
二子あるとされるローシェの子が両方手にできれば、片方に不都合が生じても保険が利くからか。
「・・・そう、ですけど。あの、ロウツさんは? 赤目さんの友だちか何かなのですか?」
ベゼル流れで両親の名を挙げるとなると浮かんでくるのは赤目だ。
ただ、赤目のような好印象を覚えないロウツにあまり信を寄せる気にはなれない。
「わたしはロウツ。教皇をしているのだが、ふふ、あの村ではよほど無名だったのだな。
赤目とはどうあれ、わたしはそなたの味方だ。
そしてそなたの力を是非とも借りたいと思ってな。」
辿り着いた階にも明りは乏しく、切れ切れに呻き声や粘度のある空気が足元から漂ってくるだけだ。
だからだろうか、そこにある血の気配にクラリとくる。
教皇だと名乗るこの男を訝る気持ちもベゼルを救う意志もあったはずなのに、心が戸惑うと、自分が自分から離れていく感覚に支配されてフラフラしてしまう。
抜け殻みたいにエレゼの後をついていった時のようだ。
「でも・・・僕は、ただの鉄打ちです。」
あの時はエレゼが妙な技でも使ったんだろうと思っていた。
だが、どうやらそうではないらしい。
この違和感は間違いなく体の内側から染み出しているものだったから。
「ああ。そなたのことはよく解っている。
さあ、案内しよう。・・・・・・そなたたちは下がっておれ。」
いつの間にか暗闇に潜んでいた男たちは言われたとおり影に下がった。
その胸には、[九影菱]が見て取れた。
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