広い・狭い
二十人くらいが余裕で入るエレベーターだが、表示とか何もないせいで、上がってるのか下がってるのかよく分からない。一分くらい待っていると、ゆっくり停止して重い自動扉がガコッと開いていく。
目の前に暗い色が見えてきたが、一歩踏み出した瞬間、生徒全員が【青】に飲み込まれた。俺もあぶくように声が出る。
「すっげえ……」
そこは天井と壁全てが円形ガラス張りの水族館だった。小さい魚がいっぱい泳いでるだけじゃなくて、エイやウミガメまでいる。水のインパクトに誰もが漂っていただろうけど、気配が視点を一気に集める。透明人間の生徒と合流だ。
「お疲れ。北水さん、ミホノセキ」
私服の天草先輩とジャージのコモケーと対面して、凄いところに来たねと話す。この感じだと海の近くにある合宿施設なのか、ネット繋がる山も凄かったけど、想像を軽く超えてきたな。
「海底にいるみたい……」
的確な言葉に引っ張られてミホを見ると、天井に広がる海を陸に憧れる人魚姫のように眺めていた。でも分かる、本当に水中にいるような空間だ。色々な水族館に行ったが、ここが一番デカくて幻想的かもしれない。
職員の施設説明を聞く限り、このだだっ広いフロアは共用のリビングって奴らしい。前の合宿施設にはそんな所は無かったけどなと、泳ぐ小魚を目で追いかけていたらニコニコ顔の越前先生が登場して中心に立った。
「部屋はグループ毎に分けられています……。先ずは、荷物を整頓して下さい」
越前先生がメガホンで指示を出して、生徒達は各々決められた部屋へ向かっていく。いつもの四人で案内されながら行った先には、時間でオートロックがかかる強固なドア。
中に入ってみると、まず視界に飛び込んできたのが左右に置かれた二段ベットだけど、めちゃくちゃ狭くて一人通れるくらいのスペースしかない事に度肝を抜かれた。これ完全に格安で泊まれる、ドミトリースタイルじゃないか。
「ん? え。これがウチらの部屋ぁ⁉︎」
身動きが取れないもんだから、コモケーは理解に苦しんでいた。設備が完璧だった前回に比べて、四人分のキャリーケースが入る床下収納とベット以外なんもないぞ。と、いうことはつまり——。
「俺の寝床は、どこだ?」
ワンチャン雑魚寝かと思った。が、二段ベットが左右二つとなると、どう考えても四人割り振るには丁度いい。本当に、マジで、男女共用だ。
「きーちゃんは
「そうみたいだな」
ミホに言われてベットを見ると、下段に俺の名前が印刷されたプレートがあった。おいおい、ひとつ屋根の下どころか一枚板の下だぞ。仕切りはロールカーテンだけとか、プライバシーが貧弱クラスだ。
「PCはーッ⁉︎ モニターはーッ⁉︎ ゲーミングチェアはぁああーッ⁉︎」
隅でコモケーが阿鼻叫喚してる。寝床がこれなら風呂とトイレはどうなる、探しに動くとすぐそこにあった。嫌な予感は見事に的中、便器と風呂と洗面所が超狭いフロアに収まっている。
「ガチのユニットバスか……」
「うわー。これちゃんと、使い方取り決めないと絶対トラブるよ」
背後から覗き込んだ天草先輩が、参ったような反応を示した。至近距離なのに緊張しなくなるくらい、生活環境のゲストハウス化に全て持ってかれてる。
「北水さんはドミトリー初めて?」
「家族旅行で男女共用使いましたね。俺らが気ィ使えば大丈夫じゃないすか?」
「そうだね、ミホノセキとコモケー優先で決めていこうか」
なんか自然に男同士っぽく意気投合してる。感覚からの根拠でしかないけど、実際天草先輩は着替えとか遠慮する必要が無いような気がするんだよな。問題はやっぱ、女子と確定してる後ろ二人か。ここは俺が話を引っ張ろう。
「とりあえず、着替えとか……ルール決めますか」
「ウチは透明だし、北水に風呂と着替え覗かれても困らないけどね〜」
「世間のイチャモン的に俺が困るんだよ!」
「まあまあコモケー。今の世の中、厄介だからさ」
天草先輩の的確なフォロー。ネット社会に理解あるコモケーだ、意図を汲んでくれたような態度を示してくれてる。
「女の言い掛かり一つで、男全体が被害被るやつでしょ〜。やった奴が悪いのに面倒臭いね〜」
正直言って俺は、女子と同室だぜヒャッホイなんてなれない。実態調査で変な事してみろ、お触り一つ、覗き見一つでネットワークのおもちゃにされ続ける。気を付けてるのに冤罪なんて勘弁してくれ。
四人で話し合って、着替えは一人に対して全員退室の形を取り、風呂と便所は順番で利用出来るようにその都度報告と、ルール付けが決まっていく。元々、ミホの訪問とかコモケーの部屋でサムバとか毎晩あって女子との同室慣れはしてるし、決め事さえあるなら問題ない。
「他に、こうして欲しいとかある?」
天草先輩が個人的な希望を募ると、勢いよくコモケーが挙手をした。
「は〜い! お風呂場の床に飛び散るから、北水は便座上げてトイレ使うな〜!」
「母さんみたいな事言いやがって。座ってすりゃあいいんだろ、座ってすりゃあ」
「なら問題な〜し! 花笠は⁉︎」
「えッ。んー……大丈夫、かな?」
ミホは流されるように意見しなかった。話し合いのノリ的に、この中で一番ドミトリーがキツそうなのはミホだろうな。お嬢様学校となると男女相部屋なんて機会ないだろうし。でも俺との接し方を考えれば、別に大丈夫そうか。
「じゃあ、これからよろしくね」
天草先輩のまとめで四人での暮らしがスタートする。最先端の水族館リビングに対して、激ショボ生活空間という何処に向かってるか分からない透明学生合同合宿。残り十五日くらいになったけど、予想できない毎日が続きそうだ。
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