最後の怖い話

 いきなり訪れた山の合宿所最終日、太陽が沈んでから施設のグランドで本格的なキャンプファイヤーがマジで実施された。生徒全員が学校指定の服で集まって派手に燃える炎を囲み、定番のレクリエーションを実施する。これが中々面白い。

 今はバースデーチェーンという非言語ゲームが終了して、自由にコミュニケーションする時間だ。姿が分からなくても、一緒に過ごしてみれば人間性が見えてきてあとはノリでどうにでもなる。


 ある程度色々な生徒と話したが、結局はグループメンバーに落ち着く。隣にはミホと天草先輩が次の合宿所はどんな所になるんだろうねと、楽しそうに話してて割って入るなよという会話の空気感だが、浮くのも嫌だしなんとか混ざる。


「結局来ないっすね、コモケー」

「そうだね。大会のスクリムが本格的に始まって余裕ないみたいで」


 練習試合の毎日なのに、俺らと遊ぶ時間割いてくれてるの悪い気がしてきた。合宿期間内で大会に集中しないといけないのは大変そうだが、せっかく一緒のグループになったんだからゲーム以外でも仲を深めようぜとは思う。

 色々考えていると、透明人間が次々とどこかへ向かっていく。天草先輩も話を切り上げて離席しようとしたから、呼び止めた。


「天草先輩、どこいくんすか?」

「超つまらない、イベントの準備」


 ニヤリとした笑顔が思い浮かぶような声を残して、暗闇に消えていく。隣のミホはというと、スマホでバシバシ写真を撮りまくっていた。


「次行くなら海がいいなあ、海!」

「五月に海は寒いだろ」

「きーちゃん、写真一緒に撮ろ撮ろ」


 お手本のような誘い方に、敗北を味わう。こんな場を用意されても、俺は天草先輩に写真を撮りませんかと頼めなかった。昨日あんな事あったから、想像力がエグい状態で青春の一枚なんて、とてもじゃないが撮れません。つらいです。


「ほら、火を背にして入ってよ」

「へいへい」


 雑念無くミホと肩を並べて、パシャリ。それをミホから送って貰って確認するが、逆光なのに顔が暗くなってなくてよく撮れてるな。

 最近の加工技術を指で堪能していると、パンパンと生徒の注目を集める手叩きが聞こえてきた。越前先生がニコニコ顔でキャンプファイヤーの前にいる。


「さぁ皆さん……今から肝試しをしますよ〜。おどかしてくれるのは、透明人間の生徒さんです」


 面白そうに先生が言った後「バレバレじゃん」と言うミホの呟きに、俺も瞬きで同意する。どこからびっくりさせてくるのか丸分かりの肝試しは、リアクションが難しすぎるだろ。幸い、辺りが真っ暗だからロケーションで恐怖をかさ増しする事は出来るが。

 説明では、今残っているグループメンバーの二人で一緒に山を歩くらしい。相方のミホに肩をツンツンされる。


「きーちゃん」

「お?」

わたしでごめんね、なんか」


 気を使わせてるじゃねえか。肝試しなら天草先輩と行きたかったのは本音ではあるけど、自分を下げる様な事まで言わなくていいだろ。


「そんな事ねーって。お嬢様と一緒とか、守ってやりたくなるわ」

「ふっ、何から守ってくれるの?」

「恐怖心……くらいなら」

「なにそれ。じゃあ、頼りにしちゃおうかな」


 ミホがピタッと俺の隣に並んだ。キャンプファイヤーの光に後押しされながら順番が来て、スリルが透けて分かる森へ懐中電灯を手に歩き始める。ここから脅かしてくるんだろうなと察してしまう気配はともかく、虫の鳴き声や木の葉が揺れる音がそれなりに薄気味悪くしてて肝試しらしくなってきた。


「ミホ〜、ちゃんとついて来てるか?」


 しばらく歩いて声をかけると、スッと腰あたりのブラウスが伸びた。後ろからミホに服を掴まれてるみたいだ、控えめに。


「足元見えないから、掴ませて」

「ご自由にどうぞ」


 女子に頼られて強気がイキり出す。そのまま進んでいくが、この先にある木の影から気配がめッちゃくちゃする。来るよな、来るよな、と察しつつ近付くと野太い声と共に白布を被った透明人間の生徒が飛び出す。うお、と軽いリアクションしか出来なかった。


「驚くの難しすぎだろ、この肝試し」


 共感を求めたが返事がない。キャンプファイヤーでは賑やかだったのに、なんでミホの奴さっきからこんなに大人しいんだ。


「怖い話、してもいい?」


 ミホからそう言われて、別に構わないけどと返した。びっくりしにくいから、怪談話で盛り上がろうってノリか。


「和泉沢ってさ、みんな女子生徒じゃん?」

「そりゃそうだろ」

「だから変な人に目付けられたり……とか、ありがちで」


 適当に聞いていたが、そこから声の雰囲気が違う。お互いの歩くペースも落ちた。


「この合宿来る前に、家の都合で遅刻した日があったんだけど。その時にわたし、変質者に鉢合わせたの」

「……」

「おじさんがズボン下ろして、こっち向いてさ」


 俺は服を掴んでいたミホの手を取っていた。すぐにこの話をとめてやらねぇと、いけない。


「もうやめろ。思い出していいもんじゃねぇだろ」

「大丈夫。素通りして終わったし、トラウマとかにはなってないから」


 懐中電灯で微かに見えたミホの顔と、俺に対する返事は確かに問題なさげだった。この空気感で思い出しちまったのか、ネタなのか全然分からないけど聞いてて気分が良いものじゃない。


「なんで今、俺にそんな話をするんだよ」

「怖がらせようと思って」

「怖いの意味合いが違うだろ。逆に心配するっての」

「以上、お嬢様は外見で苦労するって話でした〜」


 ミホは無理矢理話にオチをつけながら俺の手から離れて、前を歩き始めた。着ている和泉沢の制服と今のロケーションも相まって話のリアリティが強烈すぎる、心の状態を案じちまって仕方ないぞ。


「きーちゃんは凄いね、分からないものを素直に好きって言えるんだもん」


 心配を他所に、ミホは腰に手を組んで空を見上げながら言った。不思議と照れ臭さで、後頭部がむず痒くなる。

 社会に馴染んできた透明人間という多様性。俺だってまさか合宿で一目惚れするとは思わなかったけど、冷静に考えたら直線的過ぎるよな。だから男って単純だよね的な話をしてるんだろうけど、バカにしたニュアンスは全然感じられないから、隣に並んで褒め返そうと思った。


「ミホだって、凄い奴だろ」

「ん? どういう事それ」

「下ネタぶっ込んできたり、イメチェンしたり、ミホの全力で【一期一会】を楽しむ姿勢、本当凄えって思う」

「そうかな。規律にうるさい学校出れて、好き放題してるだけじゃない?」

「少なくとも俺は、ミホはいい奴だと思ってる」


 ミホがいるおかげで、俺は天草先輩を見失わずにいれてる。本心からの言葉に対して、「フフ」と心から笑う声が聞こえてきた。


「やっぱい奴は、報われて欲しいなあって思っちゃうよ」


 少し距離を取っていたミホはゆっくり近付いてきて、俺の前に立つ。夜中でも分かる、元気付けようとしてくれる眩しい笑顔だ。


「アマユユスに、好きって伝わるといいね」


 少し間を置いて「俺なりに頑張る」と心許ない返事をしてしまった。応援してくれるミホは再び肝試しに戻って先に歩き始め、懐中電灯を持ってる奴は後に続く。


「おい、ミホ……俺が先に」


 意気地なしの縮図を変えようと動いた瞬間、シッと柔らかい人差し指を唇に当てられた。この先の茂みに二人分の気配、透明人間が驚かそうと待ち構えてる。視点を落とすと、ミホの無邪気な表情が暗闇の中から覗き出る。


(逆に、びっくりさせてみない?)

(いいな、それ)


 ついつい、俺も同じ顔で返しただろう。意気投合してからは知らないフリをして気配に近付く、そして目配せでタイミングを合わせ、わーッと声を出してガチでビビらせた。

 透明人間の男子二人から「お前らの方が怖い」とお墨付きを貰って、その後はスタンプラリーのように、待ってる奴全員を驚かせに進む。


 ドッキリ成功してはミホとハイタッチをする愉快な肝試しをしたけど、何故か天草先輩にはゴールしても会えなかった。

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