私たちの未来がこんなに残酷で、無理ゲーなはずがない!出荷不可避な世界を生き残る方法

Bom-🧠寺

1話 2000年と一緒に終わったらしい

「見て、トーヤだ。またランキング入りしてる」

「インディーズでほぼ毎回急上昇にいるの凄いよね」

「格好良いし、歌も独特っていうか」


 スクランブル交差点、真正面のビルに映されるトレンドを彩るアーティスト達。

 その全てが人間であった時代は自分が生まれるずっと前の話で、曽祖父の代で幕を閉じたという。


「新曲も買おう」

「ライブ行きたいなぁ、なんで小さい箱でしからないんだろ。倍率えぐいんだよねえ」


 今取り上げられているのは人気急上昇、注目のアーティスト。

 インディーズバンドのベース兼ボーカルを務めるトーヤだ。

 アンシンメトリーの紫色の髪に赤い瞳の美少年。整った容姿と、低く力強い歌声のギャップが若い世代にヒットし、メディアで彼を見ない日はない。


「あーあ。噛まれたいなぁ、あの牙」


 友人達が、うっとりと見つめる口元には鋭利な牙が光っていて、サブカル系のファッションにマッチした沢山のピアスが開けられた耳は尖っている。

 そう――大画面で人々を虜にするアーティスト、トーヤは人間ではない。


「吸血鬼のどこが良いのよ」

「出た、真由紀みゆきのナイトウォーカー嫌い」


 ナイトウォーカーと呼ばれる種族がこの世界には存在する。

 文献によればこうだ。

 ――………神秘の世界が、雲の真裏に隠れ、人の世に溶け込んでいた頃の話。

 残酷で気まぐれな神秘の住人達。

 空は理不尽の繰り返しで彩られ、恵みや、時には罰として地上へ降り注ぐ。

 人々は己の明日をただ祈るのみ。

 運良く生き延びたものだけが命の秒針を進めるのだ。

 さて、それを政治家に振り回される現代社会と変わらないと主張するものもいるが、答えは否である。

 神話の世界には、現代とは比べ物にならない程の格差があったと言えよう。

 考えるまでもない。強大な存在に剣で挑むことの無謀さを理解することに、知恵の実は不要だ。

 ちっぽけな我々は蹂躙されるのが関の山である。

 ――話を戻すとしよう。

 物陰に隠れ、天に怯えて暮らすばかりの、運良く生き延びた我々の選択はこうだ。

『剣を捨て、筆を取る』

 つまり、理不尽を逃れ生き延びた神秘を物語――神話と題することにより、曖昧だった境界線を明確に引こうとしたのである。

 神秘という理解し難い、強大な存在に名前を付けることで物語に封じてしまおうと、縛ってしまおうと神話を生み出したのだ。

 それが効いたのか否か、真偽は定かではない。それすらも今となっては神話の世界である。

 だが、事実として一定の時代から神秘の影は歴史から消えているのだ。

 お伽噺とだとか、迷信だとか、そう扱われた時代があった。

 今はそれが答えと言えよう。

 ――さあ、我々が暮らす現代社会ではどうだろうか。

 科学が神秘を否定し尽くし我々人類が最も栄えた時代を迎えてもなお、彼らは依然として神話の住人であったはずだ。

 全てを解明し、現象に名前をつけることにより世界を手中に収めた我々人類は、歴史の通り長きに渡り世界の支配者として君臨し続けることとなったが――最も大きな、忌むべき過ちを起こすその日。

 神話は現実となった。

 2000年が終わりを迎えようとする頃、勃発した幾度目の世界大戦は、我々が生きる現代社会を形成するに至った悲劇である。

 かの大戦は、我々の生み出した――神話から身を守るための狭い箱庭を焼いて行った。これまでに起きたどんな争いよりも、激しく、醜く、夥しい死体の山とともに――地獄を生み出した。

 まさしく、地獄である。

 比喩ではない。

 自ら箱庭、境界線を焼き払い――あちら側を呼び寄せたのだ。

 ――自業自得の結末である。

 かくして彼らは神話というラベルを、境界線ごと破り捨て、再びその存在を我々に知らしめた。

 ……真の支配者とは誰であるかを、夜と共に告げたのだ。


「ってね? 彼らはずっと近くにいた。文献にもあるのよ!」

「ああもう、何回も聞いたよそれ。

 締めは人間の世界は人間だけで完結すべきものなの! でしょ?」

「今更無理じゃない? バグだってあたしらどうにも出来ないんだしさ」

「っていうか、お祖父ちゃん世代だって人間だけの時代知らないじゃん。日本は鎖国してたから遅かったけど」

「あ、バグといえば駆除隊のヒューゴ! この前見ちゃった!」

「うそ! 生で!?」

「お兄さんなんだよね、トーヤの。

 笑った顔が似ててさぁ」


 つい何世紀前まで人間のものであった世界は、ナイトウォーカーと呼ばれる種族と共存する場所となった。

 文献のとおり、再び世界へ姿を現した彼らと人類は一度は争ったものの、結果は現状を見れば分かるだろう。

 闇に隠れることをやめた彼らは人類をきりの良い数まで減らし、堂々と己の領地を確保して国を築き上げた。

 今でこそこうして受け入れられている彼らはその昔、恐怖の対象であったのだ。


優那ゆな、あんまり駆除隊の話で盛り上がると真由紀みゆき拗ねるからやめな。今日はこの子の合格祝いなんだから」

瑞葉みずはだって真っ先にトーヤ見つけたじゃん」

「でもすごいよね真由紀。警察官採用試験、今年の女子合格者一人だったんでしょ?」

「ありがとう、安佳里あかり。優那も、瑞葉もね」

「あれ、怒ってない?」

「ナイトウォーカーは気に入らないよ?

 でも、皆の気持ちが嬉しいし……まあ、わたしも少しは聴いてるしね」

「あはは、この前観た映画の主題歌よかったよねぇ」


 恐怖の対象に戻したり、争いあう関係に戻したいのではない。人間の領地にも彼らは遊びに来るし、わたし達が通っていた高校にも留学生としてやって来た女の子がいた。

 それでも、わたしは人間の世界は人間が守るべきものであると自分は信じているし、守れるものだと信じている。

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