雨降る日に……
星河琉嘩
彼女の場合
ポツポツと雨粒が窓を濡らす。その様子をただ見てる私は、途方に暮れていた。
「どうしよう……」
ポツリと呟いたその言葉がやけに耳に届く。たまたま入った喫茶店。そこはとても雰囲気がよくて居心地がいい。だからなのか、長居してしまった。
(居心地良すぎて長居してしまったわ)
その間に雨が降りだしてしまったのだ。頼んだ珈琲はもう空になっていて、時間をもて余してる。
出掛ける前はあんなにいい天気だったのに、急に雨雲が発生しあっという間に雨が降ってしまったのだ。
「はぁ……」
思わずため息が出る。本来ならここにはいない。
(やっぱり私は彼にとってそれだけの存在……)
待ち合わせ場所に彼は来なかったのだ。やっとの思いで声をかけて友達になった。そこから少しずつ距離を縮めていった……と思っていたのは私だけだったのかも。
「雨、止みませんね」
声をした方を見ると喫茶店の店主がそこにいた。片手にお冷やのピッチャーを持って優しい顔で微笑んでた。
「珈琲のおかわりいりますか?当分やみそうにありませんから私からサービスさせていただきます」
「えっそんな……っ!サービスなんてお気遣いしていただかなくともちゃんとお金払います」
「いいんですよ。こんな雨の日はお客様はいらっしゃらないですから」
「すみません……」
店主はにっこりと笑い、珈琲カップを下げて新しい珈琲を入れてくれた。店主の気遣いに胸がいっぱいになる。特に今日みたいな日は……。
(彼は……どうして来なかったのだろう)
珈琲カップを手に考えるのは彼のこと。約束をすっぽかされて帰ろうとした。でもそのまま帰るにも情けなくなってしまって街を歩いていた。
雨が降ってきてこの喫茶店に入った。雨がやむまでと入った喫茶店。よくよく店内を見るとどこか懐かしさが漂う喫茶店だった。カフェとはまた違う雰囲気の喫茶店はレトロな雰囲気でタイムスリップしたかのよう。店内はとてもキレイにされていて、その一角には大きな本棚が置かれていた。
「あの……本、好きなんですか?」
店主にそう尋ねるとにこっと笑って「ええ」と返事が帰ってくる。
「見ても?」
「どうぞ。ゆっくり読んでいってください」
ここにあるのは店主の書物なのだろうか。いろんなジャンルの書籍が置いてある。その中の一冊の本に惹かれ手に取る。
「雨降る日に……」
タイトルを口した私に店主は恥ずかしそうに微笑みながら「私の本です」と言った。
「え?」
「自主製作で作った本なんです。子供の頃から作家になることを夢みていたんです」
「そうなんですね」
私はその本を手に窓際の席に戻る。店主の書いたという本はとても優しい本だった。読み進めていくと、心がぽっと温かくなるような、私も人に優しくしたくなるようなそんな本だった。
(彼がなんで来なかったかなんてもういいや)
そう思える一冊だった。
パタンと本を閉じた頃には一時間は過ぎていて、外の空模様も雨雲がなくなり光が射し込んでいた。
「上がりましたね」
優しい顔で笑う店主が私を優しく包み込む。
そうだ。その店主のような一冊だったんだ。そこにいるだけで優しくなる。そこにいるだけで温かくなる。そんな文章だった。
「あの……、この本、素敵でした。心が温かくなるような優しい本でした」
「ありがとうございます。そう言ってくれると嬉しいです」
「また読みに来てもいいですか」
「いつでもいらして下さい」
にっこりと笑う店主にまた会いたい。そう願った。
カラン……!
喫茶店の扉を開けて外に出る。眩しいくらいの青空がそこには広がっていた。
「もう、彼のことは忘れよう」
自分に言い聞かせて私は歩き出した。
雨降る日に…… 星河琉嘩 @ruka0421
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