真瀬先輩

 五月十一日


「イチッ、ニッ。イチッ、ニッ」


 かけ声を出しながら、俺たちは体育館を走っている。

 バドミントン部の練習はこのランニングから始まる。


 あの日以降といっても二日しか経っていないが、久美子さんとは会っていない。


 当然だ。怪しすぎるし、こちらから会いに行く理由もない。

 最悪、クミコ教(仮)に勧誘されるかもしれない。


 侑希には事情を正直に話しておいた。

 侑希は「怪しいな」などと反応しつつも、美人と関われた俺を羨ましがっていた。


 多分、侑希は宗教勧誘にまんまと入ってしまう人間だ。

 美人相手なら。


「今日は二年生対三年生のシングルスのゲームを行うぞ」


 いつものメニューをこなすと、顧問の進藤先生が指示を出した。

 ちらほらと部員たちの間から「マジかー」などの声が聞こえてくる。


「三年生は最後の大会だから全員出す……なんてことは絶対にしない。

 実力が全てだ。

 だからこそ三年生は二年生と試合して危機感を持ってもらう。

 二年生はチャンスだと思って、全力で打ち込んでやれ」

「もう組み合わせって決まってますか?」


 部長の松永先輩が質問した。


「勿論だ。

 昨日の夜にAIにランダムで決めてもらった」


「いや、似合わねー」と侑希が反応した。

 部員たちに笑いの渦ができる。


 俺も吹き出してしまった。


 いや、本当似合わない。


「とにかく、今日からの部活は気を引き締めていけよ。

 対戦表作ったから、確認しておくように」


 ホワイトボードに貼り付けられた対戦表を次々と覗き込んでいく。

 俺は少し待ってから、対戦相手を確認した。


 対戦相手は……。


「真瀬先輩か……」

「ついてねぇな、絋汰」

「クソ、ポンコツAIめ……」


 後で進藤先生にどのAI使ったか教えてもらおう。

 粗大ゴミに出してやる。


 真瀬ませ琉珸りゅうご先輩は男子バドミントン部の副部長だ。

 男らしいイケメンで身長は俺より少し高いくらい。


 そして、この先輩は……バドミントンが超強い!


 スマッシュ、カット、ヘアピンなど、どの技術をとってもずば抜けているばかりかトリックショットも使いこなす。

 瞬発力やジャンプ、無尽蔵のスタミナもあり、おまけに判断も優れている。


 この世に存在しちゃいけない人だ。


 そんな化け物と今から試合。

 かなり緊張している。


「去年県四位にどれだけやれるか見ものだな」

「粘り強く戦うだけだ」

「まぁ練習なんだし、ミスを恐れずにやってこい」

「その前にお花摘んでくる……」


 緊張しすぎたせいか、おしっこがちびりそうになった。

 しっかりしないと。







 トイレから戻ると、真瀬先輩がコートでシャトルを使って遊んでいた。


 これが強者の余裕ってやつか。


「準備は大丈夫か?絋汰」


 真瀬先輩が笑いながら声をかけてくる。

 念入りにトイレは済ましてきたので問題ない。


「大丈夫です。いつでもやれます」


 はっきりと返事をする。

 真瀬先輩は得体のしれない笑みを浮かべると、シャトルを俺に渡した。


「じゃ、始めるか」


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