ノンレムの街
蒼乃
中学1年生①
行ったことなんてないはずなのに、何故かどことなく既視感を覚える街並み。
遠くにはずっと前に見たことがあるシンデレラ城によく似たお城。
「あそこ何があると思う?」
そう言って隣に立つ彼女はそのお城を指差しながらこちらを見た。
自分より少しだけ背が高く、顔は小さく、肌の白い綺麗な顔は大人っぽく、サラサラの髪を耳にかけた彼女はフワッと微笑んだ。
「行ってみよう!」
彼女は楽し気にこちらの手を取って歩き出す――。
「暇そうだね」
突然聞こえた声にビクッとして、右斜め後ろを振り返る。教壇にいたはずの
「……何すか?」
「
遠藤はふふと笑って机の上の答えを書き込んだプリントを覗き込んだ。
「寝てないよ。そもそも真面目な生徒は授業中寝ないんだよ」
「だからだよ」
まるで自分が真面目な生徒じゃないみたいに遠藤はそう言った。
「早いね。もう解き終わるなんて」
「まぁ……正解かは分かんないけどね」
「ここ間違ってるよ?」
「え、嘘?」
「うん、嘘」
いたずらっぽく笑う遠藤をムッとした顔で見る。そんなことは意に介さず、
「簡単だった?」
遠藤はプリントを手に取り確認しながら訊ねる。
「う~ん……、まぁ、そこまでは難しくはなかったかなぁ?」
遠藤は〝ふ~ん〟と言いながら確認し終えたプリントを机に置く。
「じゃあ今度からもっと難しくするか」
「……いや、もうホントに凄く難しい問題でした。全然答えが分からず――」
「嘘つくな。退屈そうに窓の外眺めてたくせに」
遠藤は少しだけ微笑みながらこちらをジト目で見る。見透かされるような視線に思わず顔が背いた。
「退屈そうでは……」
「それとも何か悩みでもある?」
遠藤の言葉に内心少しだけドキッとする。それをおくびにも出さないように気を付けながら至って平然とした顔で答える。
「そう見える?」
「見えない」
「失礼な」
「あるの?」
遠藤はクスクスと笑いながら訊ねた。
「それはあるでしょ。学校だるいとか、宿題多いとか、祝日少ないとか」
「悩みなの、それ? まぁでも、そのくらいの時期って色々なことが少しずつ見えるようになって、悩みとかも結構出てきたりするよね。私も結構色々なことで悩んだなぁ」
「先生中学生の時期あったんだ」
「おい」
遠藤の反応にふふっと笑った。
「こう見えても十年前くらいは中学生だったんだぞ? だから、何かあったらいつでも相談してよ。一応この学年だと一番年齢が近いわけだし」
「じゃあ宿題減らして。あと祝日増やして」
「それは無理。そもそも祝日は私なんかじゃどうにもならない」
溜息をつくと遠藤はこちらの反応を見てふふんと鼻で笑った。
「ていうか、寝てる生徒他にいるよ?」
教室を見渡せば机に突っ伏したり、頬杖をついたりと思い思いの姿勢で寝息を立てているのが何人かいる。
「問題解かせるってなるとこうなっちゃうよね」
遠藤は呆れたような顔で夢の中へ旅立った生徒たちを眺めた。いつものメンバーに加えて比較的真面目な女子さえも旅立っている。
「仕方ないでしょ。五時間目なんてこんなもんでしょ。それに意外とみんな解き終わって寝てるんじゃない?」
「そもそも解き終わったら寝ていいってことでもないんだけどね。それに
遠藤が呆れた目を向けた斜め前の席で気持ちよさそうに眠る野球部の柴田の寝息がこちらまで微かに聞こえる。確かにずっと頭が机と近い位置にあったから、おかげで黒板がよく見えた。
「まぁでも、学生ってこんなもんじゃない? みんな眠いんだよ」
「確かにねぇ。成長期だしね。私の時も寝る子はいたし」
「先生は寝たことないの?」
遠藤は自信満々に胸を張って答えた。
「一回もない!」
「……そんなドヤ顔することでもないけどね」
「よく言うよ」
まるでよく寝ている奴みたいに遠藤はフッと笑いながらこちらを見た。そして、斜め前の柴田の机をトントンと叩いてから他の眠っている生徒のもとへと歩いていく。机をノックされた柴田はゆっくりと起き上がって遠ざかる遠藤を確認するとそのまままた机に突っ伏した。
そんな光景に少し笑いながら机に頬杖をついて窓の外を眺める。
悩みというほどのものではない。ただ、少し気になる程度のことがあるだけのことだ。
最近眠っている時によく見る夢で、自分が毎回同じ街にいるのだ。
その街はどこか既視感を覚える街並みをしている。行ったことのあるお寺みたいな場所があったり、近所にある公園によく似た公園、よく行くショッピングモールみたいな建物があったりと、自分が見る夢だから当然ではあるのだが、自分の記憶に基づいた街が夢の中で作られている。そして、この街の最大の特徴がおそらく街の中心地にあるであろう大きなお城。近くで見たことがないから断定はできないが、あれは多分シンデレラ城だと思う。つまり、あそこには夢の国があるのかもしれない。夢の中に夢の国があるというのは何とも不思議な話ではあるのだが、気になっているのはこの街のことではない。
その街で行動を共にする女の人。この人が謎なのだ。
普通、夢に出てくるのは自分の身近な知り合い、もしくはテレビで見たことのある芸能人なんかも出てきたりするが、とどのつまり、自分がその姿を、声を、ある程度の人となりを認識している人が出てくるはずなのだ。もちろん知らない人も出てくることはあるが、ドラマとか映画のエキストラみたいな感じの人ばかりで会話を交わすことなんて滅多にないし、会話を交わした知らない人が次に見る夢に出てくることなんてなかったと思う。
それなのに――だ。
自分は彼女のことを知らない。知り合いでもなければ、テレビで見たという記憶もない。知らない人のはずなのに、彼女はよく自分の隣にいる。
自分より背が高いし、大人っぽいから多分年上で、制服っぽいブレザーを着ているから多分学生。だけど、そのブレザーはこの辺で見たことがない。あんな綺麗で印象的な顔にも一切見覚えがない。
一体彼女は誰なのだろうか――。
答えなんて知るわけがない雲を見つめる。のんびりと揺蕩う姿を眺めていると欠伸が出る。
「はーい! じゃあ、プリントの答え合わせするよ!」
教壇に立った遠藤は手をパンパンと鳴らした。その音を合図に眠っている生徒たちはゾンビの如くゆっくり体を起こした。真面目な生徒は目を軽く擦ってから遠藤を見据え、柴田をはじめとしたいつものメンバーは再び机を見据えてそのまま落ちていく。
遠藤はそんな〝いつものメンバー〟を見て呆れたように一瞬だけ笑う。そして、黒板に問題の番号だけを書いて生徒を指名すると、指名された生徒は面倒くさそうにしたり、きびきびと立ち上がったりと各々それぞれの反応をしながら黒板の方へ歩いていく。
自分の前の席では起こされた柴田が慌てた様子で隣の女子にプリントを見せてもらっている。ふと黒板の端に立つ遠藤と目が合うと遠藤はニヤリと笑いながら肩をすくめた。
最後にようやく柴田が黒板に答えを書き終わり机に戻ると、
「はい、じゃあ一緒に確認していくよー!」
遠藤は笑顔で生徒を見渡し、答えの解説を始めた。
また出た欠伸を合図に前の席で背筋をしゃんと伸ばして頷きながら黒板と遠藤を見ている
真面目な生徒は授業中に寝ないのだ。
「じゃあな、
手を振るクラスメイトに手を挙げ教室を後にする。部活に向かう男子生徒やキャッキャと会話を楽しむ女子生徒、生徒と話しながら歩く教師で溢れた廊下の隙を縫うように歩いてようやく下駄箱にたどり着く。
「おせぇよ、アキ」
こんなところでするはずのない声に驚いて見ると、前髪を真ん中で分けているサッカー部の
「え……⁉ お前部活は?」
「辞めた」
碧はそう言ってスニーカーへと履き替える。
「辞めた? なんで?」
上履きからスニーカーへトントンと履き替えながら碧を見る。
「モテないから」
「……モテるためにサッカー部入ったのかよ」
浅はかな思考に呆れながら碧の横を歩いて昇降口を出ると野球部やサッカー部が元気にグラウンドで走り回っている。つい最近まで碧もあの中に混ざっていたのに。
「ほら、モテる奴って大体サッカー部じゃん?
碧はその2人がいるであろうグラウンドを眺めた。
「あれは顔が良いんだよ」
「ならなんで俺はモテないんだよ」
「鏡見てきたら?」
「殺すぞ?」
碧の反応にアハハと笑う。碧は溜息を1つ吐いて、
「サッカー部入ればモテると思ったのにさぁ……、練習はキツイし、朝練あって早起きしないといけないし、土日は練習だ、試合だって全然休めないし……。なのに、その癖一切モテないし! よく9月までやったと思うわ」
そんな元サッカー部の碧の横をイチャイチャしながら歩く男子生徒と女子生徒。碧はその様子に舌打ちをし、
「リア充が……!」
今すぐ爆発させそうな勢いで2人の後ろ姿を溢れんばかりの妬みを込めた視線で睨みつけた。
「モテたいの? 彼女が欲しいの?」
「モテた上で彼女が欲しい」
「欲張りか。モテるのはまぁあれだけど」
「あれって言うな」
「彼女だったら作れば良いじゃん」
「そんな簡単にできたらサッカー部なんて入ってねぇよ」
碧は不貞腐れたようにまた溜息を吐いた。
「だって別に彼女が欲しいなら誰かに告白すればいいわけだし」
「告白してもOK貰えなかったら付き合えないだろうが」
「全校生徒1人ずつ告白していけば誰かはOKすんじゃない?」
校門を出ると丁度ランニングをしている男子テニス部とすれ違う。
「じゃあな、碧!」
男子テニス部の集団の中の一人が朝木に向かって軽く手を上げた。碧は〝おう〟と手を挙げ再びこちらを見る。
「あのなぁ、そんな誰彼構わず告白してるような奴と付き合う物好きいると思うかぁ?」
「碧みたいに飢えてる女子もいるかもしれないじゃん」
「〝飢えてる〟言うな! それに……もう俺には心に決めた人がいるんだよ」
碧はフフフと不敵に笑う。
「あっそ……んでさぁ――」
「おい! 話題変えんな! 気になるだろ、誰か」
「いや別に」
「気になれよ! 親友の恋路を!」
「誰か知った所でどうしようもないじゃん。ただただその人見て〝あぁ碧の好きな人だ〟って碧の顔がちらつくだけだし」
「そこはそれとなく俺の良いところ言うとか……なんか色々あるだろ」
「良いところ……良いところ?」
「首を傾げるな。スッと出せ」
「……優しい?」
「うん……まぁ、よし。ありきたりだけどな。次は5個くらいスッと出せるようにしとけよ? これ宿題な」
「増やすな、宿題を」
「……それにアキはキーパーソンなんだよ」
碧は真剣な顔でこちらの両肩をガシッと掴んだ。
「キーパー、ソン……?」
「変な所で切るな。そうだ! なんてったって――」
「あ、結城君! また明日!」
男子テニス部の後を追うようにランニングする女子テニス部の集団がやって来た。その中にいる
「それで……」
碧は遠くなるその集団を見つめている。ここまで分かりやすい反応も中々ない。
「……心に決めた人って女テニの誰かね」
碧はまだ女子テニス部の集団の方を見ながら〝そう〟と呟いて、
「そしてお前と同じクラス」
こちらの顔を真っすぐ見た。
「……一体誰だろうなぁ。思い当たらない」
「嘘つけ。お前のクラスの女テニ1人だけだろ」
碧はようやく帰り道へと歩き出す。溜息をつきながらその横に並ぶ。
「はいはい、樋口さんね……はぁ、これから樋口さんの顔見る度にお前がちらつくのか」
話すとき若干変な気持ちになりそう。話す機会そんなないけど。
「いや、めちゃくちゃ可愛いって話はもちろん聞いてたし、見たこともあったんだけど、夏休みにテニスやってる所見てドキってしてさぁ……そこからずっと気になってるっていうかなんというか……」
碧は少し照れながら聞いてもない経緯を話した。
「ふ~ん……あっそ」
「もうちょっと興味持て」
「樋口さんねぇ……あの人凄いモテるんでしょ? 告白されたって話してるのよく聞くし」
碧は悔しそうに顔をしかめながら答えた。
「あぁ。この学校でおそらくナンバーワンにモテる。だから熾烈な戦いよ。お前のクラスにも狙ってる奴絶対いるぞ?」
「へぇ……」
女子テニス部がランニングした方向を一瞬見やってから、碧の肩に手を置く。
「ドンマイ」
碧は手を振り払うように肩を動かした。
「慰めるな! はえーよ! まだ告白すらしてないんだから!」
「だってめちゃくちゃモテるんでしょ? だったら彼氏の1人や2人くらいいるだろ」
「普通彼氏は2人いちゃダメなんだよ。それに樋口さんに彼氏がいないことは確認済みだよ。つい最近も3年のそこそこイケメンの奴に告白されたけど断ったらしいし」
「それって別に好きな人がいるとかじゃないの?」
「……その線もあるのか」
碧はハッとした表情を浮かべた。
「……ドンマイ」
「だから慰めるな! いや、でも多分大丈夫……な気がする。
「山瀬? 樋口さんの友達?」
碧は一つ頷いてから答える。
「樋口さんの幼稚園からの幼馴染み」
「男?」
「女」
「まぁ……同性が好きって可能性もあるか」
「なんで俺にとってノーチャンの方に持っていこうとするんだよ。とにかく、俺は樋口さんを狙う!」
碧は政治家みたいに力強く頷いた。
「だから、頼んだ!」
そしてこちらの肩にポンと手を置いた。
「樋口さんにお前の良いところ言えってか」
「それもだけど、まずは連絡先」
「は?」
碧は何も言わずまた力強く頷く。
「樋口さんの?」
「それ以外何があるんだよ」
碧はさも当然みたいな表情を浮かべる。
「なんで? 知らないの?」
「もちろん」
「じゃあ、その山瀬さんに教えてもらえばよくない?」
「いやぁ、そうしたかったんだけどさ、樋口さんに彼氏がいるかって聞く時につい〝俺の友達が気になってるらしくて……〟って〝俺は興味ないんだけど感〟出しちゃってさぁ」
碧は頭をポリポリ掻きながらへへと笑った。
「なんだ、その感は。聞けばいいだろ、別に」
「そんなの俺ダサいじゃん。〝なんだ、結局こいつがトモのこと気になってるじゃん〟って思われて」
「もうその時点で十分ダサいけどな」
「うるせぇ」
碧は顔をプイッと背けた。その様子にふっと笑ってしまう。
「まぁ、だから頼んだ」「無理。やだ」
「早ぇよ。頼むって! そこをなんとか!」
碧は両手を合わせて拝むようにこちらを窺うように見ている。
「だって俺もそんな喋ったことないし」
「さっき手振られてたじゃん。んで、お前も振り返してたじゃん」
「手振られたら振り返すでしょ」
「アイドルか、おめぇは。マジ一瞬殺意芽生えたわ」
「そんなんで殺意芽生えさすなよ」
「なぁ、頼むよ? 今度ラーメン奢るからさ?」
「えぇ……」顔をしかめる。
「替え玉していいから」
「う~ん……」首を小さく傾げる。
「チャーシューご飯もいいぞ?」
「いや……」首を小さく横に振る。
「餃子と唐揚げもつける!」
「……ここまで嫌がってるのに諦めるっていう選択肢はないのか?」
分かれ道に差し掛かったところで立ち止まり、碧の方を向いた。
「ない! お前がやるって言うまで永遠に言い続ける。お前の家までついて行ってまでも言う」
「うわ、めんどくさ」
「それくらい本気なんだよ、俺は」
「だったら山瀬さんに聞けよ」
「それは無理」「なんでだよ」「とにかく頼む!」
碧は目をギュッと瞑ってこちらへ向かって両手を合わせた。こうなると碧は折れることはない。言い続けられるのも嫌だから仕方ない。
「分かったよ……、やるよ」
溜息交じりに言った言葉に碧の顔は花が開いたかのようにパッと明るくなった。
「ありがとう! マジでありがとう! 流石親友! 愛してる!」
こんなに響かない〝愛してる〟も中々ない。
「じゃあ頼んだぞ! じゃあな!」
そう言って碧は手を挙げ、ウキウキとした様子でルンルンと歩いていった。
面倒くさいことを引き受けてしまったと溜息をつきながらトボトボと家へ足を進めた。
ノンレムの街 蒼乃 @AO_sansho
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