小話 リアンのお悩み相談室



 リアンは信者たちの懺悔(悩みごと)について話を聞くため懺悔室へ向かっていた。

 聖堂内にある小さな部屋で、格子の入ったパネル越しに信者たちが日々抱え込んでいる罪(悩みごと)を聞いて赦すのが仕事だ。



(嗚呼、大変。来るのが遅れてしまったわ)


 遅れてしまった理由はただ一つ。

 この国唯一の聖女・シンシアとお風呂の攻防で時間が掛かってしまったからだ。


 今日は事前にロープを張っていたおかげで彼女に逃げ切られる前に捕獲するができた。その後はお風呂場まで連行し、他の修道女の手を借りてなんとか身体を清めることができたのだが、既にもう身体はへとへとだ。


 懺悔室に到着して急いで中に入ると、幸いまだ人はいなかった。

 椅子に座ったリアンは肩に手を置いて首を鳴らす。


(はあ。私ももういい歳だから、若い子の体力にはついていけないわね)


 ふうっと小さく溜め息を吐いていると、早速向かいの部屋に誰かが入ってきた。

 室内は薄暗く、パネルの格子の幅が広いためはっきりと相手の顔は見れない。


 リアンは相手が椅子に座るのを確認してから、穏やかなお声で話しかけた。



「精霊女王と精霊のみ名において――あなたの罪を告白してください」


 リアンが告げると相手の方も同じ内容を口にする。


「精霊女王と精霊のみ名において――わたくしの罪を告白します」


 声質からして十代半ばの女性と推定される。リアンが「どうぞ」と話すよう促せば、女性は気後れしているのか少々躊躇いながらもゆっくりと話し始めた。




「わたくしには誰にも言えない悩みがあるのです。それは、好きな人がいること。兄妹は知っていますが両親はまだ知りません」

「そうですか」


 貴族の令嬢に多いのだが、ここを恋愛相談室と思っている人が一定数いる。


(うーん、ここは罪を告白する場であってお悩み相談室ではないのだけれど。貴族令嬢という立場を考えれば、気軽に誰かに打ち明けられないものね。私が話を聞いて少しでも気持ちを楽にさせなくては)


 話を聞くに身分違いの恋だろうとリアンは推測する。

 アルボス教会の修道女としていろんな教会を転々としながら務めてきたが、身分違いの恋で悲しい運命を辿った恋人たちをいくつも目にしてきた。


 きっと今日来た彼女も、心に秘めた想いを誰かに話をしてどうすれば良いのかアドバイスを求めに来たのだろう。


「希望を捨ててはいけません。一先ず、ご両親に探りを入れてみてはいかがでしょう? その相手をご両親がどう思っているのか聞き出すのです」

「あ、両親は彼との結婚は絶対に喜んでくださいます。だって、軟派なお兄様の親友でありながらとっても有能な人ですから」


 相談者の女性は「彼は容姿も素敵なんです」と続けた。


「銀色の髪は月光のごとく美しく、黒曜石のような瞳はずっと見つめていたくなるほど神秘的。数年前までは眼鏡をしていらっしゃらなかったのですけれど、重要なポストに就いてからは片眼鏡をするようになってその姿がまた、はあぁぁ……とっても素敵な人」


 パネル越しに熱気と甘い吐息が聞こえてくる。


 リアンは苦笑するしかなかった。悩み相談ではなく、ただの惚気だったのだろうか。

 そう思った途端、今度は重苦しい溜め息が聞こえてきた。


「ですが、どんなにアプローチをかけても彼はちっとも振り向いてくださらない。というか恋愛に興味がない仕事馬鹿というやつなんです。多くの人の生活を支える立派な仕事をしていらっしゃるのですが、自分のことはいつだって二の次三の次で……」

「それはなかなか難攻不落なお人ですね。アプローチは一体どのようなことを?」


 尋ねると、女性が胸を張るシルエットが見えた。


「良い奥さん大作戦を決行しましたの! 彼の健康を想ってわたくしが育てた野菜を送りましたわ。この間はお手製青汁を持っていきました!!」


 リアンは目が点になった。

 いや、それは何かズレていないだろうか。


 相手の胃袋をがっしりと掴むためにお手製料理を作る令嬢はそれなりに存在する。普段料理などしない身分のある令嬢が、自分のためにわざわざ作ってくれた手料理……。それに心揺れ動く殿方は多いと聞く。


 しかし、いくらお手製だからと青汁を持って行くとは予想に反して斜め上の行動だ。



(野菜、青汁……なんだか聞き覚えのあるフレーズね)


 リアンは備え付けテーブルに手を置き、人差し指をトントンと叩いて考え込む。

 やがて頭の中で鮮明にある人物が浮かび上がり、ハッとなった。


(まさか、相談者って……フォーレ家のフレイアお嬢様っ!?)



 フォーレ家はリアンを保護してくれた公爵家だ。

 そのお礼としてリアンはフォーレ家の子供たちに代々植物を操る魔法を教えている。


 フレイアにそれを教えたのは三年前。植物や虫が好きな女の子で花と一緒に野菜まで育てるという、教え子の中では少々変わった子だった。


 そしてフレイアの好きな相手といえばアルボス帝国の宰相、キーリ・マクリルただ一人。

 リアンは頭痛を覚えてこめかみに手を当てた。


「……青汁を持って行った彼の反応は?」

「残念ながらいまいちでした」


 それはそうだろう、と心の中でツッコんだ。


「それでわたくしは悟ったのです。青汁は良くなかったんだと。このままでは私の株が上がりません」


 世間知らずのお嬢様とはいえど、一応常識はありそうな考察だった。

 リアンは安堵の息を漏らした。これならこちらがアドバイスしてもなんとかなりそうだ。


「次は何をお作りに? お忙しい人なら疲れがとれるような癒やしの料理……」

「もっとインパクトのあるものが必要だと思いまして、今度星を見上げるパイを作っていこうと思います!」


 リアンは天井を仰いだ。

 駄目だ……きっとこの人は料理を選ぶセンスがない。


 星を見上げるパイはインパクトは充分にある。だが、あれを見て食欲がそそられるかと問われれば答えは否。不気味な見た目で食欲は失せる。


 リアンは溜め息を吐くときっぱりとそれはダメだと答えた。


「いいですか、相手は多忙を極めるお人ですよね? それならば尚のことパイはいただけません。仕事をしながらパイを食べると欠片がパラパラと落ちる上に指にパイの脂分がついて紙にも移ってしまいます。そうなると、あなたの印象は最悪になりますよ」

「そ、そんな……ではどのようにすればわたくしは良いのでしょう?」

「手の汚れない食べ物を作ってください。例えばサンドウィッチはどうですか? それならあなたが作ったお野菜も挟めますし一石二鳥ではないでしょうか?」


 提案すると、フレイアがハッと息を呑むのが分かった。


「分かりました。では早速、サンドウィッチを作ってまいります! ありがとうございます!!」


 大きな音を立ててフレイアは椅子から立ち上がる。

 善は急げ、と息巻いて懺悔室を飛び出していった。部屋の向こうから乳母を呼ぶ彼女の声が微かに聞こえてくる。


「これで良かったのかしら……。あのお嬢様のことだからサンドウィッチを作っても変わった食材を挟みそうね」


 残されたリアンは肩を竦めると目を伏せた。

 フレイアに魔法を教えていた頃を思い出す。



 才能のあるカヴァスと違い、フレイアにはそれがなかった。植物をまったく操れなかったのだ。


 一部の意地悪な使用人からはフォーレ公爵家の落ちこぼれだと揶揄されていたとカヴァスが悔しそうに言っていたことをよく覚えている。


 しかしその一年後、フレイアはたゆまぬ努力を続けたお陰で植物を操る魔法をついに修得した。そして彼女に陰口を叩く者はいなくなった。



「忍耐力は人並み以上あるし、努力を惜しまない子だから相手にもその想いがいつか伝わると良いんだけど」


 リアンはフレイアを想いながら、ティルナ語で祝福の言葉を贈ることにした。




「――あのう、懺悔をしても宜しいですか?」


 今度やって来たのは中年の男性のようだった。もう中に入っても良いのか分からず、躊躇っているようだ。


「はい。もちろんですとも」

「ああ、それなら良かった……!」


 相手が椅子を引いて腰掛けるのが分かるとリアンは穏やかな声で話しかけた。



「精霊女王と精霊のみ名において――あなたの罪を告白してください」

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