第17話 北上 白夜の独白・中
屋敷の前に血まみれの愛娘が横たわっていた。戦場でたくさん見てきたからわかる。潰れ、一切力が入っていないあの姿。もう、、、、、、助からない。
「ああ、ああ、ああ、ああああああ!」
誰に向けたらいいかわからない。この憤り。ああ、これは憎悪だ。義務でも使命でもない。私情で人を殺したいと思ったのはこれが初めてだった。心に蓋をして、散々人を殺した癖に。それでもワシは殺したい。誰を?傷は新しい。まだ近くにいるであろう犯人?それとも、あと少し早く駆けつけてやれなかった父親失格の自分自身か?
「あらあら、英雄様でも取り乱すことがあるのね。なるほど、劇的な状況にあるほど強さは増す。それと本物は年も取らないっと。」
突如として背後に女の気配。だがもういい。英雄らしくする必要ももうない。ワシは右こぶしを大きく振りかぶって
「
朧_ワシの異能を行使する。叩きつけたその力を鋭い刃に変え女を斬った。が、手ごたえが無く振り返ると誰もいなかった。幻影だったのだろうか?そんなことより、動かなくなった娘をもう一度見る。最初、吐血だと思ったそれは出血だった。指からの。それが口元に付着していたのだった。そして、指の先を見ると血文字でこう書いてあった。
「おとうさん、むすめを、、、おねがい。あいしてる。」
着物の袖、そのふくらみは丁度新生児ほどの大きさで、
「ああ、ああ、あああ。」
涙で前が見えない。憎しみ、悲しみ、後悔、そして一人じゃないという安堵。全部だ、ぐちゃぐちゃになった顔。ワシの胸中はそれ以上だった。この子を守ろう。そうしてワシはこの子_北上 鏡子の祖父になった。
「ここまでが、ワシが英雄と呼ばれた所以と、鏡子との関係性だ。」
さすがに一時間も話し続けるというのはきつい。
「はい、おじい様。」
「ありがとう。」
よくもこんなに成長してくれたものだ。ははは、年を取るのはいかんな。体が若いままでも涙腺だけは脆くなる。目頭にたまった雫をぬぐい、相手方の疲労具合を見て
「それで、話を続けるが、」
大戦が終わり、ワシが鏡子の世話をしながら遺品整理をしている頃。小さな訪問者が現れた。軍服。警戒。一挙手一投足を見逃さない。
(服従か?抹殺か?どっちにしろ脅迫だろう。)
「お爺さん。北上 白夜であってますよね。私は神林 瞳と言います。あなたを軍部に連れてくるようにと言われてきました。」
これが目の前にいる女_
腰に手をやったかと思うといきなりの発砲。早打ちにしても精度が高すぎる。とはいえ
「バカか、貴様は。」
人生の三分の一は戦場にいたのだ。姿の見えない狙撃手に狙われる日常。殺気があれば回避はたやすい。そのまま手に持っていた箒を、地面をこすりながら振り上げ、煙幕にする。そしてそのまま側面に回って、掌底を叩き込んでしまいだ。
「はっ!!」
縮地で距離を詰め踏み込みの勢いそのままに突き出した右手。わき腹を狙ったそれだが当たったのは手だった。
「英雄は伊達じゃないと。異能を使われていたら負けていましたよ。」
軍服にかかった砂埃を払いながら、はははと笑う彼女から敵意は感じなかった。
「なら私の異能は?聞かれてませんがお答えしますよ。因果律が線として見える、そういう能力です。対象を選んでそれと関連するものしか見えないのが弱点です。今は対象を私にして発動していました。」
それでワシの攻撃を読んだということか。確かにタイマンで相手の破壊規模が大したことなければ強力だ。だが、なら
「なぜ、それをワシに教えた。」
「このままだと範囲攻撃で私が八つ裂きにされていたからですよ。あなたはそれができる人間だ。ただの保身ですよ。」
スラスラと出てくる彼女の言葉は事実だ。実際、ワシは拳を腰に引き寄せ正拳突きを放ち、異能を行使しようとしていたのだから。
「それで、最後に言うことはあるか。」
「相場では遺言ですが、私からは提案を。」
彼女は大胆不敵にも、、、いや言葉を選ばないなら図太くも
「私の部下を預かってくれませんか。軍部とは協力という形にして。きっと熟考してもそこが落としどころになると思いますよ。」
と言い切った。その瞳を一切曇らせることなく。
「はぁ、仕方ない。それでいい。」
ワシの根負けだった。そうしてワシは創立する羽目になる。今の治安維持隊、その前身となる北上塾を。この問答が今の火種になるなんて誰も思わなかった。
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