第31話 世論誘導システム会社「V」

 政府の防衛戦略会議が下河原総理も出席した中で開かれた。「孤高の党」本部で開かれた極秘の会議だった。

 

 世界中で起きている戦争、紛争の現状と分析、日本への影響についての報告が防衛省の担当者からあった後、ミサイル発射基地の建設、迎撃ミサイルの整備、戦略的ドローンや武装ロボットの開発など軍備拡張の具体的な進め方について確認された。

 

 ハイブリッド戦争には欠かせないサイバー攻撃、情報操作、世論誘導のシステム作りについての討議には時間がかかった。サイバー空間では数年前から各国間で事実上の戦争が始まっている。ハッキングなどさまざまな形でのサイバー攻撃と、防御システムの作動が日々、水面下で繰り広げられている。日本は防御システムの構築は時間をかけてきたが、攻撃面は大幅に遅れていた。下河原政権になって以後、攻撃面の研究、開発が一気に進んだ。今後も研究にあたる外郭団体やサイバーセキュリティを名目とした企業の設立を促進していくために、予算を大幅に増やすことになった。情報操作についての議論の時には、内閣府顧問でスピード・アップ社社長の河野と、取締役の岸岡が説明役として会議に参加した。

 

 岸岡は、原稿さえあれば、ボタン1つでネット空間を通して世界のすみずみまで瞬時に情報が行き渡るシステムを独自に開発、進化させていた。政権内では、「岸岡システム」と呼ばれ、先進国の情報を取り扱う担当者からも注目されるようになっていた。政権の広報・宣伝活動に利用されているが、炎上ネタやフェイクニュースの拡散を通しての世論操作にも密かに使われている。

 

 国内の世論対策を主な業務とする情報コントロール企業「Ⅴ」社は2カ月前に密かに設立され、岸岡が代表に就いた。「Ⅴ」社は、全国各地にネットに詳しい10万人の協力者を配置。ソーシャルメディアボックスを巧みに使いながら、テーマを絞って企業や人への攻撃を繰り返したり、政府に都合のいいコメントを拡散させたりして世論を操作している。

 

 防衛戦略会議が終わった後、下河原が岸岡を党本部の執務室に呼んだ。

 「『岸岡システム』は独創的で実効性があると好評のようだな。他国の情報担当大臣から俺のところまで問い合わせが来る。システムの技術を巨額の値段で買い取りたいと言ってくるがストップをかけている。政治的な活用方法を考えているところだ」

 「情報の伝達はスピードが命です。秒の闘いで雌雄が決します。『Ⅴ』社でもシステムをフルに利用していきます」と岸岡は言った。


 「俺が将来大統領になってすべての実権を握れば、日本は核を保有して世界でも有数の軍事大国になる。すでに核保有については『ノース大連邦』など複数の専制国家との間で協力態勢を築きつつある。世界に向かって発言力を強める国際的リーダーになるのだ。核兵器に関して、まだまだ国民にアレルギーが残っている。そこを逆に利用して、核攻撃を受けた場合の地獄を国民に知らせるんだ。そして、それを回避できるのは自ら核を保有して、核保有国と対等な立場で交渉にあたることしかないという思想を植え付ける。反対派には、なりすましで偽コメントを拡散させて混乱に追い込む。『Ⅴ』社が先頭にたってやってくれ」。下河原総理は言った。

 

 「「すでにV社はフル回転しております。ところで核保有に向けての準備は進んでいるのですか」と岸岡が聞いた。

 「鮫島が中心になって極秘に核兵器の開発を進めている。スーツケースに入る小型のものも完成まじかだ」。紺色仮面を被る鮫島次郎は得体の知れない男だ。しかし、兵器の開発に限っては驚異的な集中力を発揮する。

 「鮫島さんは天才ですね」

 「薄気味わるい奴だが、好き勝手にやらせている。個人の研究所もあいつの言う通りの場所に作ってやった。必ず成果を出す奴だから自由にしてやっているんだ」

 「なるほど、わかりました。私に与えられたミッションも完遂できるように、早速とりかかります」

 

 「なるべく早く進めてくれ」。下河原はそう言うと、気になっていたことを聞いた。

 「大神由希の行方はつかめたのか。河野に探るように言っていたのだが」

 「残念ながらつかめていないようです」

 「あの女は、機密事項でも何でも、どこから探り出してくるのか確実な情報を入手して、ぶっぱなしてくる。たまらんのだ。政府批判を繰り返す頭でっかちの評論家連中は何ら怖くない。特段、規制をする必要はなく、放っとけばいい。だが、大神のような現場主義でファクトで攻めてくる記者はやっかいだ。蓮見の助言もあってしばらく泳がしているうちに雲隠れしてしまった。河野に追跡の役割を担わせたが、あいつはだめだ。詰めが甘い。民警団総会の時もそうだ。大神はバイトに扮して来ていたらしいじゃないか。とっ捕まえる絶好のチャンスだった。わざと逃がしたのではないかと思えるほどだらしない」。下河原は河野から民警団総会で大神を取り逃がした顛末について報告を受けていた。

 

 「河野さんと大神は婚約していた仲ですからね。河野さんは気持ちがやさしい。大神への未練がまだ残っているのではないでしょうか。本気で追い詰めることができないのかもしれません」

 「お前がなんとかしろ。大神は今でも取材で街中を出歩いているようだが、完璧な変装をしているらしい。以前から大神の周辺にいて特徴を知っている人物は河野を除けばお前ぐらいしか思いつかん」

 「任せてください。必ず見つけ出します」

 「なにか手だてがあるのか」

 「大神は、根っからの記者です。真相究明という言葉に強く反応する。どんなことでも真相を突き止めようと躍起になる。追いかけている情報が目の前にでてくると、いてもたってもいられなくなる。必ず動き出します。今は大阪の毒物混入事件にこだわって追いかけているようです。民警団に狙いを定めて取材をしているようなのでエサをばらまきましょう」


 「毒物混入事件は夏樹の死で終わったと思ったが、まだ取材を続けているのか。しつこい奴だ。なんとかしないと本当に真相を突き止められてしまうかもしれない。そうなったらやっかいなことになる」

 「背景については詳しくは知りませんが、早めに見つけ出して手を打ちましょう。それと、大神と連絡を取り合っていると思われる人物がうちの社にいます」

 「誰だ、そいつは」

 「伊藤楓です」

 「伊藤楓か。この前、河野とテレビ局の執務室に一緒に来た。父親に似て好奇心が旺盛ですばしっこく動き回っているようだな。すぐにとっ捕まえて大神の居所を吐かせろ」

 「いや、伊藤楓は吐かないでしょう。というか、大神の居場所までは聞かされていないと思います。しばらく泳がせましょう。尾行をつければ大神と会う現場を押さえることができます。その後、大神を尾行して、『虹』のアジトを見つけて反乱分子を一網打尽にしてしまいましょう」

 「そんなにうまくいくのか。アジトについては警察庁警備局に専門のチームをつくって当たらせている。いくつかは発見して爆破したらしいが、最高幹部は不在だった」


 「妙案があるのでお任せください」

 「わかった。任せる。褒美はなにがいいんだ」

 「褒美?」

 「ほしいものがあれば言え。なんでもくれてやる」

 「世界をまたにかけたネットメディア企業を設立したく思っています。予算をつけていただければ、独裁政権樹立へも貢献できるかと」

 「企画案を持ってこい。予算案もつけてな。満額回答してやる。とにかく大神由希を捕らえろ。殺しても構わん」

 

 「河野さんにはこのことは言っておいたほうがいいでしょうか」

 「言わなくていい。あいつはあいつで勝手に動いている。別に協力して動くこともないだろう。俺は明日から1週間、東南アジアの国々を回る予定だ。この間に確実な成果をあげろ」

 「わかりましした」


■次回は、「地図は、『東の軍艦島』だった」

  

     ★      ★       ★

小説「暗黒報道」目次と登場人物           

目次

プロローグ

第一章 大惨事

第二章 報道弾圧

第三章 ミサイル大爆発 

第四章 孤島上陸

第五章 暗号解読 

第六章 戦争勃発 

第七章 最終決戦

エピローグ


主な登場人物

・大神由希 

主人公。朝夕デジタル新聞社東京社会部の調査報道を担 当するエ ース記者。30歳独身。天性の勘と粘り強さで' 政界の不正を次々と 暴いていく。殺人集団に命を狙われる中、仲間たちが殺されたりして苦悩しながらも、「真相の究明」に走り回る。

・下河原信玄 

内閣総理大臣、孤高の党代表。核武装した軍国主義国家を目指す。

・後藤田武士 

国民自警防衛団会長。元大手不動産会社社長。大神の天敵。


★朝夕デジタル新聞社関係者

・橋詰 圭一郎 

東京社会部調査報道班記者。大神の1年下の最も信頼している相棒。

・井上 諒   

東京社会部デスク。大神の上司で、大神と行動を共にする。

・興梠 守   

警察庁担当キャップ。


★大神由希周辺の人物

・河野 進

「スピード・アップ社」社長。下河原政権の広報・宣伝担当に就任。大学時代の大神の先輩で婚約者だった。

・岸岡 雄一

「スピード・アップ社」のバイトから取締役へ。子供の時から「IT界の天才」として知られる存在。

・伊藤 楓

インターネット会社「トップ・スター社」を創設した伊藤青磁の長女。大神に憧れて記者になる。

・鏑木 亘

警視庁捜査一課警部補。夫婦とも大神のよき理解者。大神が時々夜回りに通う。

・永野洋子

弁護士。大神の親友でよき相談相手。反社会的勢力の弁護を引き受けることもある。

・田島速人

永野の夫で元財務官僚。総選挙で当選し、野党「民自党」副代表になる。


★下河原総理大臣周辺の人物

・蓮見忠一

内閣官房副長官。元警察庁警備局長。報道適正化法(マスコミ規制法)制定の責任者。        

・鮫島 次郎

内閣府特別顧問兼国家安全保障局長。下河原総理の指示で、最新鋭のミサイルとドローンの開発にあたる。いつも紺色仮面を被っている。

・江島健一

民警団大阪代表から、民警団本部事務局長になる。

・香月照男

民警団員。精鋭部隊入りを目指している。


★事件関係者

・水本夏樹

スーパー美容液を売るマルチ商法の会社経営者。会社倒産後、姿を消していた。

・水本セイラ

水本夏樹の一人娘。知能指数が際立って高い小学3年生で、謎の多い少女。

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