湖の主②

 火の準備ができたタイミングでリンドが近づいてくる。


「時間もちょうどいいですし、昼食にしましょうか。すみませんが、汚れた服を洗っている間にこれを焼いていてもらってもいいですか」


 そう言ってリンドは大きめの草にくるんだ肉の塊を私に見せる。ブロック状に切り取られた肉塊は私の顔くらいはありそうなほどだ。


「わかりました」


 受け取るとズシリと重い。ぱっと見は牛肉みたいだけど、妙な弾力があって少しだけ気持ち悪い。けど、鮮やかな赤身に、素人目でも脂がのっているとわかるお肉は正直言って美味しそうだった。


 これがさっきまで私たちを襲っていた魔物の肉なんだ。と考えるたらなんとも言えない気分になるから深く考えずに、私は調理の準備に取り掛かる。


 ルルーベルに火の番を任せて車に向かい、まな板と包丁、それから焚火台を持って戻る。


「ルルーベルくん、これでお肉を薄く切り分けてもらえる?」

「はい、任せてください」


 まな板と包丁をルルーベルに渡して、私は地面で直焼きになっている焚火を台へ移す。

 火を調整しつつ、上に網を置いて、そこにルルーベルが切り分けてくれた魔物肉を乗せていく。


 しばらくして、肉の焼ける良い匂いが漂い始めた。牛肉よりは淡白で、あっさりしていそうな香りだ。強いて言うなら鶏肉に近いかもしれない。


 じっくりと焼いて、味見してみようと一切れ齧ってみる。


 うーん、しっかりと肉の味。肉汁が広がる、というよりは暴れるような感覚に近いかも。なんていうか、弱肉強食の味がする。

 不味いわけじゃないんだけど、ちょっとこれは、そのまま食べるの、私にはキツイかな。

 塩と胡椒を振ってもあまり変わらなさそうだし、醤油とかは……あんまり合わなさそう。ポン酢とかあればよかったんだけど、流石に持ってきてないし、他に調味料は。


 と、そこでばっちり合いそうな物があることを思い出す。もう一度車に行って、目当ての調味料を取り出した。


「じゃーん、焼き肉のタレ~」


 焼いた肉と言えばこれしかない。人数分の紙皿も用意して、私は焚火台の元へ戻ると肉を切り終えたルルーベルが見張りをしてくれていた。


「見ててくれたんだ。ありがとう」


 お礼を言って焼き肉作業を交代してもらう。そうしてもう一度、肉を一切れ取って今度は焼き肉のタレにつけて食べてみた。


「ん~! 美味しい!」


 さっきとは打って変わって整えられた肉の味は程よくに私の味覚を刺激して胃の中へと流れていく。

 やっぱり焼肉のタレは偉大だ。ただひとつデメリットを上げるなら、白いご飯が欲しくなることかな。


「ルルーベルくんも食べる? それともまだお腹空かない?」

「いえ、いただきます」


 隣で物欲しそうに見ていたルルーベルに、新しい紙皿へタレを入れて渡してあげた。

 一口サイズに切り取った肉をタレに浸し、パクリと口に放り込めば、彼の端正な顔が驚嘆の表情に染まる。


「わっ! これ凄く美味しいですね! いったい何の調味料なんですか?」

「んふふ、企業秘密」


 意味深く笑ってみせたけど、本当の所は私もよくわからない。ホント、なんでこんなに美味しいんだろうね。


 それからは肉を焼き、焼き終わった肉を切ってもらい、つまみ食いを挟みながら渡された肉を焼き切った。


「おおっ、いい具合に焼けてますね」

「あ、リンドさん……ッ!」


 ちょうどリンドたちも体を洗い終わったようで、声に振り返れば、そこには逞しい肉体たちが並んでいた。


 外套もなく、シャツ一枚の上半身は鍛え上げられた筋肉でピチピチになっている。しかも、何人かはシャツすら着ていない。


 筋肉フェチというわけじゃないはずなんだけど、現代日本じゃ早々拝めないイケメンマッチョ集団という光景に、否応なしにドギマギしてしまう。


「任せっきりですみません。いただいてもいいですか?」

「は、はい! どうぞ、どうぞ!」


 若干、挙動不審になりながら私はタレと肉を配っていく。出来る限り騎士たちを意識しないように心がけるも、チラ見えする肉体に顔が熱くならざるを得なかった。


 ここまで男の裸体に耐性がないとは自分でも思ってなかった。周りにいるのは冴えないオジサンばっかりだし、海やプールも数年行っていないからかな。


 いや、これは考えようによってはラッキーなのかもしれない。イケメンマッチョ集団に囲まれながら食事なんて、私の場合はもう二度と体験できないと思うし。お金を払えば別だろうけど。


 ここは眼福と拝みながら食事を楽しもう。そう気持ちを切り替えたら、意外にもすぐに慣れてしまった。


「いやぁ、ヤカタさんの作る料理はどれもひと味違って旨いモノばかりですね」

「特別なことは何もしてないです。調味料をちょこっと加えてるだけなので」

「そのちょっとが凄いんじゃないですか。旅の間、ずっとヤカタさんの料理を食べていたら、下が肥えてしまいそうですよ」


 いや、本当に称賛されるようなことはしていないんだけれども……昨日の味噌汁もケチったし。


 なんとなく罪悪感が芽生えそうだったので、私は話題を変えることにした。


「気になってたんですけど、あの魔物はここに置いて行くんですか? それとも回収する人たちが来るまで見張るんですかね」

「待機でもいいですけど、損害もほとんど出ませんでしたし、食事を終えたら出発しようかと思っています。回収部隊が来るまで一日もかからないはずなので、魔物除けさえ炊いておけば問題ないので」


 そうか、ここまでなら馬を飛ばせば半日くらいで来られるんだ。


「巡礼については急ぐ必要はないと言われてますが、魔物の素材は出来るだけ早く街まで持って行きたいですから」

「やっぱり劣化とかするんですね。でも、それなら全部ウェルガムに持って行けばいいじゃないでか?」

「これから向かうフェルシアは魔導具造りが盛んな街なので、残りの素材も最終的にはそっちへ輸送されることになるんですよ。ただ、最近は魔物の動きも活発化していて素材が不足しているらしいので、持って行ける分は持って行こうかと」


 はぇ~、色々と都合があるんだ。しかも、聞いてる感じだとフェルシアはこの国での魔導具生産の中心部っぽい。


 もしかしたら車も見てもらえたりするかな。みんな車のこと魔導具だと思ってるし。

 いや、流石に無理か。それに、下手に触られて壊されても困るから、あんまり触らせない方がいいかも。でも、傷や凹みくらいなら直してもらえないかなぁ。


 私がフェルシアについて考えている間に食事は終わったようで、リンドから片づけをするように号令が出た。


 火を消して、焚火台や肉を切るのに使った器具を軽く湖で洗ってから車に積み込む。


「リンドさん。私もいくつか素材を積んで行きましょうか? まだ結構、余裕がありますので」

「本当ですか! それは助かります」


 旅の中で何もできない身なので、役に立てそうなことはやろう。

 そう思っての申し出だったのけれど、すぐに後悔することになった。


「では、これをお願いします」


 と、渡されたのは1m近くありそうなブヨブヨの肉塊だった。水で洗ったから表面上は汚くないけど、持ったときの感触が気持ち悪くて、思わず全身に鳥肌が立ったほどだ。


「え、えっと、これは……?」


 嫌悪感を必死に隠しつつ、リンドに聞いてみる。


「これはガブトースが魔子を溜める器官です。これだけ大きい物はメチャクチャ貴重なんですよ! なので、運搬するのに一番安全そうなヤカタさんの魔導具で運んでもらえればと」


 ニッコリと爽やか笑顔で言われてしまっては断りようもない。というか、そんな貴重な物を任せてもらってもいいんだろうか。まあ、持ち逃げした所でどうしようもないのは事実なんだけど。


 とりあえず、リンドから渡された魔子を溜めるという器官をクーラーボックスに詰めて(中身は全部出した)他に鱗や牙なんかの素材を積めるだけ積み込んで、私たちは出立した。

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愛車と共に異世界で 猫柳渚 @nekonagi05

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