第13話
「お兄ちゃん。もう火止めていいんじゃない?」
色羽の言葉にハッとしてようやく意識が現実に帰ってきた。
蒼空の体感では数秒ほどフリーズしていた感覚だったが、一体どのくらい呆けていたのだろうか。
鍋の方を見るとカレーはグツグツと沸騰していたので、あわてて火を止める。
「お兄ちゃん反応分かりやすいねー」
「…………どのあたりから見てた?」
「私今日友達と一緒に図書館で勉強しててさー。図書館から帰るあたりからかなー」
つまり色羽は今日の出来事の一部始終を最初から見ていたことになる。
蒼空は恥ずかしさのあまり顔が熱くなっていくのを感じた。
「お兄ちゃん顔真っ赤だよー。まぁ、今日ヒナちゃんと手繋いで帰ってたときほどではないけどね~」
「色羽!」
からかってくる色羽に耐えかねて、つい大きな声を出してしまう。しかし、今自分の鏡を見たら顔は茹できったタコのように真っ赤なのだろうとソラは思った。
「悪かったって。そんな怒んないでよお兄ちゃん。でも、やっぱりお兄ちゃんはからかい甲斐があるなぁー」
色羽はソファの上で笑い転げながら答える。
「でも、私ヒナちゃんがお姉ちゃんになってくれたら嬉しいなー。あっ、アヤノちゃんでも私嬉しいよ?」
色羽の発言は無視して、食器棚からラウンド型の皿を取り出し、炊飯器からご飯をよそう。
「私二人とも実のお姉ちゃんみたいに思ってるからほんとにお姉ちゃんになってくれたらすごく嬉しいなーって思うんだ。私ヒナちゃんとお兄ちゃんお似合いだと思うんだよねー。どう?お兄ちゃん?」
「でも、七草さん付き合ってるんでしょ?」
色羽のからかいに対して思わず勢いに任せて言ってしまい、しまったと思ったがもう遅かった。色羽は陽菜や彩乃ととても仲がいい。だから、陽菜が付き合ったということを知っていてもおかしくない。色羽の方を見ると先程までの笑みとは打って変わって、驚いたような表情をしていた。
「それどこで聞いたの?」
色葉は真剣な顔で蒼空に問いかける。ここまで真剣な顔をした色羽を見るのは久しぶりかもしれない。だが、何かがおかしい。いつもの彼女なら「私聞いてないよー」とか「えっ、そうなの?」といった反応を返すはずだ。蒼空がなんと返そうか悩んでいると、色羽は神妙な顔をして尋ねてきた。
「もしかして、お兄ちゃんポストの中身見た?」
「なにそれ?」
そう言えば、ここ数年ほど郵便受けの中身は確認していないような気がする。しかし、色羽は何故そんなことを聞いてくるのだろうか。
「中身確認したわけじゃないんだ……」
そう言って、彼女はブツブツと独り言を呟いている。
「また誹謗中傷の手紙とか?」
「いや、そういうわけじゃないんだよねー……」
色羽は歯切れが悪そうに言った。
「ほんとにお兄ちゃんさっきの話どこで聞いてきたの?」
色羽は真剣な眼差しで蒼空を見つめる。なんと返そうか迷っていたが、ここにきてようやく考えがまとまった。
「いや、七草さん可愛いし彼氏くらいいそうだなーって勝手に僕が思ってただけだよ」
本当は翔から聞いたと正直に言おうかとも思ったのだが、まだ色羽には伝えないほうがいいような気がした。
特に理由は無い。
色羽は蒼空の返答を聞いた後、張り詰めた糸が切れたかのようにソファに倒れ込み、大きくため息を付いた。
「やっぱ、お兄ちゃんはヒナちゃんが絡むと急に頭が全く回らなくなるね。それに、彼氏いるかもな―って女の子と手繋いで帰るのヤバよ、お兄ちゃん」
「言い返す言葉もございません……」
あれは陽菜がやったことで……などと言い訳しようとも考えたが、色羽の言っていることは正しいので口には出さなかった。言い訳したところで言い負かされるのがオチだ。
「あーあ、お兄ちゃんと話して無駄に心配したせいで私疲れちゃった。私そろそろ寝るね。おやすみ」
色羽はそう言うと、眠そうにあくびをし、そのまま自室帰ろうとする。
だが、ふとなにか思い出したのか足を止めた。
「あっ、聞いてるとは思うけどヒナちゃんが日曜一緒に遊ぼうってさ。その日に限って風邪引いて休まないようにねー、お兄ちゃん。それじゃ、おやすみ」
そう言うと、彼女は今度こそ自室に戻っていった。リビングに残された蒼空は冷えてしまったカレーを再び火にかけた。
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