僕(ボク)のラストリゾート

不労つぴ

プロローグ

「おや、お坊ちゃんとお嬢ちゃん達。見ていきませんか」


 夕暮れの薄暗い寂れた商店街の路地裏から掠れた声が聞こえてきた。

 ソラたちは足を止め、声のする方を見る。


 声がした方を見ると、暗い路地裏に青いクロスの敷かれた小さなテーブルが置かれていた。


 そこに1人の老婆がキャンプ用の折りたたみ椅子に座っていた。

 老婆は紫色のローブのようなものを身にまとっており、顔は見えなかった。


「どうしたの、おばあちゃん?」


 陽菜ひなが好奇心に駆られて一歩踏み出す。

 だが、それを彩乃あやのが素早く陽奈の腕を掴み、引き止める。


「ちょっと陽奈!こんなのどう見ても怪しいじゃない。構ってないで早く行くわよ」

「えー」


 陽菜は少し残念そうな声を上げた。


「お代はいりませんよ」


 老婆は不気味な笑みを浮かべた。


「何せ、そこの白髪の坊っちゃんにとっては意味の無いものでしょうからね」


 老婆がソラを指さし、「クククッ」と低く笑う。


「おい、蒼空そら。あの婆さん、お前の知り合いか?」


 かけるが眉をひそめ、ソラに耳打ちする。

 だが、ソラは静か首を横に振った。


「ボクの記憶が確かならココだと初対面だよ」


 ソラは老婆に向き直り、穏やかな口調で話しかける。


「だよね? おばあちゃん」


 老婆はゆっくりと頷いた。


「えぇ。そのとおりですとも。私はお坊ちゃんお嬢ちゃん方とは初めて会いました」

「……何よそれ。こんなのに付き合っている時間がもったいないわ。いきましょ」


 彩乃は呆れたようにため息をつき、この場を後にしようとする。


「お嬢ちゃん、お坊ちゃん方からは死の香りがします」


 老婆の突然の宣告に、4人は一斉に足を止める。


 その場の空気がピキッと張り詰める。

 それを知ってか知らずか、おかまいなしに老婆は続けた。


「それも並々ならぬ強い香りです。特に――」


 老婆は陽菜とソラを交互に指差し、ニヤリと微笑む。


「特に、そこの可愛いらしいワンピースのお嬢さんと……白髪のお坊ちゃん」


「おい、婆さん」


 翔が一歩前に出て、ドスの利いた低い声で老婆へ警告する。


「何が目的か知らねぇけど、言っていいことと悪いことの区別はつけろよ」

「私もバカと同意見。正直言って不愉快極まりないわ」


 彩乃も険しい顔で老婆を睨みつける。


「蒼空、陽菜。こんな人の言う事気にしなくていいわ。さっさと行きましょ」


 二人は老婆に踵を返し、この場を後にしようとする。


 陽菜は彩乃に手を引かれながらも、困惑と好奇心の入り混じったような表情で老婆を見つめていた。


 そんな中、徐ろにソラは老婆の前まで近づき、静かな声で話しかけた。


「ねぇ。おばあちゃんは秘密を何でも教えてくれるんだよね」

「おや、よくご存知で」

「昔、知り合いから聞いたことがあってさ」


「おい、ソラ!何やってんだ。もう行くぞ」


 翔がソラに声をかけるが、ソラは微動だにしない。


「ボクは目的を達成できると思う?」


 老婆はソラの問いかけにすぐには答えなかった。


 長い沈黙の後、重々しく答えた。


「……正直に申し上げますと、かなり厳しい。――いえ、ほぼ絶望的と言ったところでしょうか」

「……やっぱりそうだよねー。ありがと、おばあちゃん」


 ソラは小さく息を吐いた。

 そして、老婆の元をゆっくりと離れ、ポカンと立ち尽くす3人のもとへ戻った。


「坊っちゃん」


 老婆の声に対し、ソラは振り返る。

 老婆は深くローブに包まれた姿のまま、静かに語り始めた。


「あなたの旅路は終焉を迎えようとしています。けれど、それはあなたの願う結末とはかけ離れたものになるかもしれませぬ」


 老婆は一瞬言葉を置いた。


「それでも、坊っちゃんは運命に勝つおつもりなのですか?」



「ボク――タカナシソラは勝てなくても、きっとは勝つよ。ボクは僕を信じてるからさ」


 そう言うと、幼馴染たちの方へ歩み寄った。

 3人は皆困惑気味な表情を浮かべていた。


 翔がソラに尋ねる。


「お前の言ってたことってどういう意味なんだ?」

「…………また今度ね」


 そうは言ったものの、そんな機会はきっともう無いだろう。

 ソラは内心そう思った。


「坊っちゃん」


 老婆の声が再び響く。

 ソラはもう振り返らなかった。


「ご武運を」


 ソラは振り向かず、そのまま歩き出した。

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