第61話

「社長、冴木峻様がお見えです」


「通してくれ」


「かしこまりました」


琉は峻を社長室に迎えた。


「何かご用でしょうか?」


「雫を迎えに来た」


「この前雫自身の意思でそちらに帰ったはずですが?」


「とぼけるのもいい加減にしろ」


「もし、そちらの元にいないのなら、もう諦めた方がいいのでは?」


「そうなる様に仕向けたのはそっちだろう」


琉は不敵な笑みを浮かべた。


「変な言いがかりは迷惑だ、お客様のお帰りだ」


峻は握り拳を作り、怒りを露わにした。

だが、証拠があるわけでもなく、引き下がるしか術は無かった。


峻は途方に暮れていた。

スマホを置いて行ったので私と連絡が取れない。


「雫、どうして、俺の言う事を信じられない」


峻はどうしたら私に会えるか考えた、そこで思いついたのが、産婦人科の検診だった。


「確か今度の検診は今週の金曜日だったな」


その頃私は、琉のマンションにお世話になっていた。


「雫、今日冴木峻が会社に来たよ」


「えっ?」


「相当焦っていたよ」


ふっと鼻で笑って答えた。


峻、ごめんなさい、ごめんなさい。

私は心の中で何度も繰り返した。


「雫、明日は帰りが遅くなる、大人しく待っていてくれ」


「明日は産婦人科の検診があるので、出かけて来ます」


「わかった」


なんかちょっと寂しかった。

もうすこし興味を示してくれてもいいのにって思った。

峻は自分の子供じゃないのに、チビちゃんに興味を示して、忙しい中検診に一緒について来てくれた。


「峻」


私は心の中で何度も峻の名前を呼んだ。

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