第90話

「ここに座って」


由梨はベッドに座るように言われて、腰を下ろした。


健吾はゆっくりと顔を近づけた。


そしてそっと由梨の唇に触れた。


由梨はキョトンとしていた。


(大丈夫だったか)


健吾は拒絶される覚悟でいた。


でも由梨から発せられた言葉は以外なものだった。


「何でキスしたんですか、奥様に申し訳ないです」


「由梨が俺の奥さんだから何の問題もないよ」


「そうなんですか」


「うん」


健吾は由梨を抱ける日は来るのだろうかと落ち込んだ。


(もしかして俺もこともわからなくなるんだろうな)


健吾ははじめて恐怖を覚えた。


今まで生きてきて怖いと思ったことは一度もない。


いつも死と隣り合わせの世界で生きてきた。


そんな健吾が愛する由梨に誰と言われることが、怖くて仕方がないのだ。

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