星乞いのテレス
鏡餅 門松
星に願う
明星に乞う
星は綺麗だ。零した金平糖のよう。キラキラで、拾い集めるのが億劫な程たくさんあって。それでいてどこまでも遠い。ある時は人の営みを照らし、ある時は人の人生を占い、またある時は人の道標となった。
太古から人を包み込む星々に、人々は名前をつけようとした。文字通り星の数もあるというのに。
人々は寄り集まって、何十、何百と紡がれた研究によって、今ではこの星から肉眼でも見れないほど遠い星に名前がついた。
光の速度の関係で、僕達が今見ている星の瞬きは何千万年前の物の可能性もあるらしい。それほどまで遠いのに、僕達は手が届きそうだと思って、思わず手を伸ばす。届きっこない光に手を伸ばすのは、届きっこないバナナに手を伸ばす猿から何も変わっていないのかもしれない。
「おい! テレス! 何サボってんだ!」
「げ、先輩……」
やばい、見つかってしまった。
恐る恐る振り返れば、そこにはピエロメイクの上からもわかるほどにカンカンに怒った先輩が、逃げ道を塞ぐように立ち塞がっていた。
「またお前はこんな物置で本ばっか読みやがって! 少しは撤収の手伝いをしろ!」
「ごめんなさい……」
こういう時は謝っておくのが吉だ。言い訳をするとぐちぐちと長く文句を言われる。
ピエロメイクにピエロ衣装の格好からは裏腹に、まるでオーラのように怒りが見える。お客さんには絶対に見せられないな。
僕の謝りが通じたのか、暫く顔を下げていれば組んだ腕の中でトントンと規則的に動く彼の人差し指の動きが止まる。
「……ったく、お前はなぁ……いいか? お前はこの国で一番のサーカス団の団員になるんだ。知識も大切だが、意識を高く持て」
そう言うと、先輩は足早に扉の向こうの他の団員たちの元へ向かっていった。
先輩は愉快すぎる格好と仕事の様子とは裏腹に、とてもとても真面目な人だ。出来損ないで未だステージに立てぬ僕を、見込みがあるなんて言ってまだこのサーカス団に置いてくれている優しい人でもある。
最も、僕が度胸もないへっぴり腰の腰抜け野郎なのは事実だから、彼の見る目がないだけの話かもしれないが。
先輩はサボるななんて言っていたけれど、そもそも僕はまだ小さいから、片付けや事務なんてできっこない。荷物運びなんて以ての外。元々やることなんてないのだ。
だから、僕はこっそりとサーカステントを抜け出して、村の広場に座り込む。まだ明るい空が僕を茜色に照らす。人を喰らうバケモノみたいに大きな影が僕にピッタリと連れ添って、石畳に映る。星が見えるにはまだ時期尚早で、少し暇だが、サボって怒られるよりマシだ。
この村は国で一番の星々が見える場所だと聞いてから、ずっとここで星が見てみたかった。今までは都心部の方での公演しかしなかったから、街の光に負けてポツポツとした星しか見たことがなかったけれど、その少しの星々にさえこんなに魅了されているのだから。
本でしか見たことないような満天の星をみてしまったら。僕はどうなってしまうのだろうか。
空を見上げて暫く。夕焼けの茜色はやがて端から蒼くなって、薄紫色の明るい空から、濃紺色の夜を引き連れた月が際立ってくる、ゆっくりと、しかし刻一刻と移り変わる空。蕩けたチーズのような昼と夜の境界から、一番星がふつりと綺羅めく。
やがて濃紺は凝縮され暗い漆黒が顔を出し、いよいよ夜が本格的に始まってくる。それに対抗するようにより一層茜を強めた昼の縁に、諦めを諭すような明星が浮かぶ。
アレは宵の明星というものだろうか。都心でもみたことあるはずのそれはとても綺麗で、思わず目を引き止められる。
白く輝くそれはとても星とは思えぬほど大きくて、なんだか手を伸ばしたら届きそうで、思わず手を伸ばした。本当に届くとは思わないけれど、どうしても伸ばしたくなるものだ。それこそ、猿から何も進化していないような愚行だとしても。
手の隙間から覗く夜空が、大きくこちらに垂れているように見えた。
「……えっ……?」
とぷん。
夜に飲み込まれたって気づいたのは次の瞬間だった。
気がつけば、重力から解放されたようにふわふわと浮かんでいた、ような気がする。視界の端に居た木々や家々は消え失せ、まるで果がないのかと錯覚するような、いや、錯覚でもないのかもしれないけれど。とにかく黒く暗い闇に、キラキラと瞬く星々のような満天の光がこれでもかと敷き詰められている。まるで、星図のようにはっきりと。
ここはどこだろうと不安になる前に、足先に擽ったさを覚える。同時に一迅の風が頬を頬を擽り、ほうき星が真っ黒の空に薄いヴェールを貼り付ける。
意図せず上げたままの顔を見下げれば、満天の星たちはそのままに、僕は見知らぬ大地を踏みしめていた。
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